正義のヒーローはオメガでした。悪の幹部に正体がバレて求愛されています

水凪しおん

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第1話「硝煙と甘い罠」

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 爆発音が鼓膜を揺らし、視界の端でコンクリート片が弾け飛んだ。

 土煙が舞う採石場のような荒れ地で、俺、焔カイは強化スーツの呼吸補助機能が限界に近いことを悟っていた。

 肺が焼けるように熱い。

 呼吸をするたびに、自分の内側から湧き上がる異質な熱が、全身の血液を沸騰させていくような感覚に襲われる。

「レッド! 大丈夫か!?」

 通信機からブルーの焦った声が響く。

 俺は奥歯をかみ締め、無理やり足を動かして敵の戦闘員を回し蹴りで吹き飛ばした。

「……問題ない。一気に片付けるぞ」

 強がってはみたものの、視界がぐらりと歪む。

 これは、まずい。

 戦闘による疲労じゃない。

 もっと根本的な、俺の生物としての欠陥が暴れ出そうとしている。

 ここは戦場だ。

 悪の組織「ネビュラ」が送り込んだ合成怪人と、俺たち「スターガード」が死闘を繰り広げている最前線だ。

 それなのに、俺の体は戦うことよりも、別の行為を求めて悲鳴を上げている。

 オメガバース。

 人類が男女以外に、第二の性を持って久しいこの世界で、俺は最も弱いとされる「オメガ」として生まれた。

 通常、ヒーローになるのは身体能力に優れた「アルファ」か、数の多い「ベータ」だ。

 発情期、すなわちヒートと呼ばれる生理現象によって行動不能になるオメガが、世界の命運を背負うなんて許されるはずがない。

 だから俺は隠してきた。

 強力な抑制剤を飲み、フェロモンを抑え込む特殊なインナースーツを着込み、誰よりも強くあろうと努力してきた。

 なのに、どうして今なんだ。

 薬が効いていないのか、それとも極度の緊張が周期を狂わせたのか。

 甘い匂いが、自分の体から立ち上るのを錯覚する。

 完熟した果実のような、あるいは脳を溶かす蜜のような香り。

 それが、分厚い強化スーツのフィルターさえも通り抜けていくような錯覚に陥る。

『グオオオオッ!』

 目の前で、巨大なカマキリ型の怪人が腕を振り上げた。

 鋭利なカマが、午後の日差しを反射してぎらりと光る。

 避けないといけない。

 分かっているのに、膝に力が入らない。

 体が鉛のように重く、指先がしびれて動かない。

「レッド!」

 仲間の叫び声が遠く聞こえた。

 死ぬのか。

 こんな、無様な姿で。

 カマが振り下ろされた瞬間、俺は目をつぶった。

 だが、衝撃は来なかった。

 代わりに聞こえたのは、金属同士が激しくぶつかり合う甲高い音と、空気が凍り付くような破砕音。

「……邪魔だ、虫けら」

 低く、底冷えするような声が頭上から降ってきた。

 恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 俺を殺そうとしていた怪人が、巨大な氷の塊に閉じ込められ、一瞬にして粉砕されていたのだ。

 キラキラとダイヤモンドダストのように舞い散る氷の粒。

 その中心に、漆黒のマントをはためかせて立つ男がいた。

 氷結将軍グラキエス。

 ネビュラの大幹部であり、俺たちスターガードにとって最大の宿敵。

 冷徹で、残忍で、これまで何度も俺たちを窮地に追い込んできた最強のアルファ。

 なぜ、敵であるこいつが、味方の怪人を攻撃したんだ?

 混乱する俺の前に、グラキエスがゆっくりと歩み寄ってくる。

 軍服のような意匠の凝らされた黒い戦闘服。

 顔の半分を覆う銀色の仮面の下から覗く瞳が、冷たく、けれどどこか熱っぽく俺を射抜いていた。

「な、ぜ……」

 俺は地面に這いつくばったまま、後ずさろうとした。

 けれど、体が言うことを聞かない。

 グラキエスが近づくにつれて、体内の熱が爆発的に跳ね上がる。

 本能が、彼を求めている。

 強烈なアルファのフェロモンが、俺のオメガとしての本能をこじ開けようとしていた。

 マスク越しだというのに、彼の匂いが分かる。

 冷たく澄んだ、冬の朝のような香り。

 それが俺の甘い匂いと混ざり合い、とてつもない安心感と興奮をもたらす。

「立てないのか、レッド」

 グラキエスが俺の目の前で片膝をつき、ひざまずいた。

 その動作は優雅で、まるで王子が求婚するかのように見えた。

 手袋に包まれた指先が、俺のヘルメットの顎部分に触れる。

「さわ、るな……!」

 精いっぱいの虚勢で手を払いのけようとしたが、俺の手は力なく空を切っただけだった。

 グラキエスは一瞬だけ怪訝な顔をし、それから口元を歪めて笑った。

 嘲笑ではない。

 どこか、楽しげで、それでいて慈しむような笑み。

「いい匂いだ。ここが戦場でなければ、その装甲を引き剥がして食らっていたところだが」

 耳元でつぶやかれた言葉に、背筋が震えた。

 バレている。

 俺がオメガであることが、こいつには完全にバレている。

 絶望で視界が暗くなりかけたその時、彼は自分のマントを外し、俺の体にふわりとかけた。

「隠してやる。今のうちに失せろ」

「……は?」

「次会う時まで、その体を誰にも触らせるなよ。それは俺の獲物だ」

 グラキエスはそう言い残すと、驚愕して固まっているブルーやピンクの方を一瞥し、一瞬で姿を消した。

 残されたのは、氷の冷たさと彼のフェロモンが染み付いたマントに包まれた、無様な俺だけだった。
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