正義のヒーローはオメガでした。悪の幹部に正体がバレて求愛されています

水凪しおん

文字の大きさ
3 / 16

第2話「氷の王の慈悲」

しおりを挟む
 スターガードの秘密基地に戻った俺は、誰とも言葉を交わさずにメディカルルームへ駆け込んだ。

 幸い、あの後すぐに抑制剤を追加で打ち込み、なんとか自力で帰投することはできた。

 だが、ブルーたちになんと説明すればいいのか分からない。

 シャワールームで冷水を頭から浴びながら、俺は壁に拳を叩きつけた。

「クソッ……!」

 情けない。

 敵に助けられるなんて。

 しかも、あろうことか敵の幹部に、オメガであることを悟られた。

 もしあいつがその情報を公開すれば、俺はヒーローとしての資格を失い、社会的に抹殺されるだろう。

「なんで……助けたんだ」

 グラキエスの言葉が、脳裏から離れない。

 『俺の獲物だ』

 あれは単なる独占欲なのか。

 それとも、もっと質の悪い気まぐれなのか。

 シャワーを出て、髪を拭きながら鏡を見る。

 そこには、情熱的な赤色を担当するリーダーとは思えないほど、青ざめた顔をした男が映っていた。

 自分の体が恨めしい。

 ただ、みんなを守るための力が欲しかっただけなのに。

 オメガというだけで、守られる側に押し込められる理不尽に抗いたかっただけなのに。

『カイくん、入ってもいいかい?』

 ドア越しに、長官の声がした。

 俺は慌てて服を着て、姿勢を正す。

「はい、どうぞ」

 入ってきた長官は、いつもの穏やかな表情ではなく、少し険しい顔をしていた。

 手には、俺があの戦場で持ち帰ってしまった黒いマントが握られている。

「これは、グラキエスのものだね」

「……はい」

「現場の映像を確認した。彼が君をかばい、怪人を倒したように見えたが」

 問い詰めるような口調ではないが、その瞳は真実を探ろうとしていた。

 俺は嘘をつくわけにはいかず、かといって全てを話すこともできず、唇をかんだ。

「俺にも……分かりません。ただ、気まぐれだったのかも」

「気まぐれで、自軍の戦力を破壊するかな」

 長官はマントをテーブルに置き、俺の目を真っすぐに見つめた。

「カイくん。何か、隠していることはないかい?」

 心臓が早鐘を打つ。

 長官は俺がオメガであることを知らない。

 入隊時の検査データは、裏ルートで手に入れたベータの診断書にすり替えてある。

「……体調管理が甘く、隙を見せてしまいました。それを見逃してもらった形になったこと、深く反省しています」

 俺は頭を下げた。

 これ以上の追及を避けるために、あえて自分のミスを強調する。

 長官はしばらく沈黙した後、小さくため息をついた。

「分かった。今日はゆっくり休みなさい。これからの戦いは、さらに激しくなるだろうから」

 長官が出て行った後、俺はテーブルに残されたマントに手を伸ばした。

 黒く、重厚な生地。

 手に取ると、まだ微かにあの冷涼な香りが残っていた。

 鼻を近づけると、体の奥が疼くような感覚に襲われる。

 これは、本能的な服従のサインだ。

 オメガが、強力なアルファに対して抱く、抗い難い帰属欲求。

 俺はそれを振り払うように、マントを部屋の隅にあるロッカーに押し込んだ。

 あいつは敵だ。

 人類を脅かす悪の組織の幹部だ。

 どんなに甘い言葉をささやかれても、どんなに俺の本能が彼を求めても、絶対に心を許してはいけない。

 そう自分に言い聞かせるけれど、あの時、ひざまずいたグラキエスの瞳に宿っていた奇妙なほどの真摯さが、どうしても忘れられなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

銀狼様とのスローライフ

八百屋 成美
BL
激務に心身を病み、逃げるように田舎へ移り住んだ佐伯湊。 ある雨の日、彼は庭先で銀色に輝く巨大な狼を拾う。 それは、人間に追われ傷ついた神獣、リュカだった。 傷の手当てをきっかけに、湊の家に居座ることになったリュカ。 尊大で俺様な態度とは裏腹に、彼は湊が作ったご飯を美味しそうに食べ、寒い夜にはその温かい毛並みで湊を包み込んでくれる。 孤独だった湊の心は、リュカの無償の愛によって次第に満たされていく。 しかし、平穏な日々は長くは続かなかった。

【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。 自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。 残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。 この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる―― そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。 亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、 それでも生きてしまうΩの物語。 痛くて、残酷なラブストーリー。

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

ヒートより厄介な恋をα後輩に教え込まれる

雪兎
BL
大学三年のΩ・篠宮湊は、何事も理屈で考えるタイプ。 ヒート管理も完璧で、恋愛とは距離を置いてきた。 「フェロモンに振り回されるのは非合理的」 そう思っていたのに――。 新学期、同じゼミに入ってきた後輩は、やたら距離の近いα・高瀬蒼。 人懐っこくて優秀、なのに湊にだけ妙に構ってくる。 「先輩って、恋したことないでしょ」 「……必要ないからな」 「じゃあ俺が教えますよ。ヒートより面倒なやつ」 余裕のあるα後輩と、恋に不慣れなΩ先輩。 からかわれているはずなのに、気づけば湊の心は少しずつ乱されていく。 これは、理屈ではどうにもならない “ヒートより厄介な恋”を教え込まれる物語。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。 行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。 異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?

オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない

子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」 家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。 無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。 しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。 5年後、雪の夜。彼と再会する。 「もう離さない」 再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。 彼は温かい手のひらを持つ人だった。 身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。

処理中です...