希少な『月魄のオメガ』だとバレたら、冷酷無慈悲な最強アルファに囚われ、契約の番として甘く激しく溺愛されています。

水凪しおん

文字の大きさ
9 / 16

第8話「すれ違う想い」

しおりを挟む
 僕の心が限界に達するのに、そう時間はかからなかった。
 決定的な出来事は、ある晴れた日の午後に起きた。

 その日も、瑠衣さんは友人らしき二人のオメガを連れてマンションにやってきた。そして、僕をリビングから追い出すと、三人で楽しそうにお茶会を始めた。
 居場所のなくなった僕は、自分の部屋のベッドの上で、膝を抱えて蹲っていた。
 彼女たちの甲高い笑い声が、壁を隔てていても聞こえてくる。その全てが、僕を嘲笑っているように感じられた。

『もう、嫌だ……』

 ここから、逃げ出したい。
 でも、僕にはどこにも行く場所がない。雫のことを考えれば、皇さんの元を離れるなんて、絶対にできない。
 がんじがらめの状況に、涙が滲む。

 コンコン、と控えめなノックの音。
「湊様。少し、よろしいでしょうか」
 ドアの外から聞こえてきたのは、高遠さんの声だった。

「……高遠さん」

 ドアを開けると、彼は心配そうな顔で僕を見つめていた。
「顔色が優れませんね。……瑠衣様たちのことは、お気になさらないでください」
 彼の言葉に、僕はただ力なく首を振ることしかできなかった。

「……少し、外の空気を吸っても、いいでしょうか」
 気分転換が必要だった。このまま部屋にいても、悪いことばかり考えてしまう。
「もちろん、構いませんよ。気分が晴れるなら、そこのバルコニーへどうぞ。私が付き添います」

 高遠さんに案内されて、僕はリビングの先にある広いバルコニーに出た。
 ガラスのフェンスの向こうには、どこまでも広がる青い空。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むと、少しだけ、息がしやすくなった気がした。

「……ありがとうございます、高遠さん」
「いえ。……湊様、あまりご自分を追い詰めないでください。戒吏様は、あなたのことを、本当に大切に思っておいでです」
 高遠さんの優しい言葉が、心に沁みる。
 この人は、僕の味方でいてくれるのかもしれない。そう思っただけで、少し救われた。

 僕が高遠さんとバルコニーで話している間、リビングでは瑠衣さんたちが何やら画策していることなど、知る由もなかった。

 その日の夜。
 仕事から帰ってきた皇さんは、いつもと様子が違った。
 挨拶もそこそこに、僕の腕を掴むと、荒々しい力でリビングのソファに突き飛ばす。

「いっ……!?」

 突然のことに、何が起きたのか分からない。
 見上げると、そこには、見たこともないほど冷たい、怒りに燃える金色の瞳があった。

「皇さん……? どうしたんですか……」

「とぼけるなッ!」

 怒声と共に、テーブルの上に一枚の写真が叩きつけられた。
 そこに写っていたのは、今日、僕が高遠さんとバルコニーで話している姿だった。
 ただ、その写真は、非常に悪意のある角度から撮られていた。僕が高遠さんにもたれかかるように見え、高遠さんが僕の肩を抱いているように見える、絶妙なアングル。まるで、恋人同士が睦み合っているかのような写真だった。

「これは、どういうことだ、湊。説明しろ」

 地獄の底から響くような、低い声。
 僕は、はっと息を呑んだ。
 やられた。瑠衣さんの、策略だ。

「ち、違います! これは……! 高遠さんと、少し話をしていただけで……!」

「話? バルコニーで、二人きりでか。随分と、親密そうじゃないか」

 彼の瞳は、嫉妬の炎で燃え上がっていた。僕の言葉なんて、少しも届いていない。

「俺というものがありながら、他の男と……しかも、俺が唯一心を許していた高遠と、密会か。湊、お前だけは裏切らないと信じていたのに。ずいぶんと、俺を舐めてくれたものだな」

「違うんです! 信じてください!」

 必死に訴えるけれど、彼は聞く耳を持たない。
 それどころか、僕の顎を強く掴み、無理やり顔を上げさせた。

「信じる? お前は、俺を裏切ったんだぞ。この、貞操のないオメガめ」

 その言葉が、僕の心を粉々に打ち砕いた。
 貞操のない、オメガ。
 彼は、僕をそんな風に見ていたのか。
 契約で縛り、金の鳥籠に閉じ込めて、結局は、アルファの本能のままに僕を疑い、蔑むのか。

 僕があなたを裏切るはずがないじゃないか。
 あなただけが、僕の全てなのに。
 雫を助けてくれた、あなたを。
 不器用だけど、本当は優しいあなたを。
 僕が、どれだけ……。

 喉まで出かかった言葉を、僕はぐっと飲み込んだ。
 言えない。言えるはずがない。
 僕が彼に惹かれ始めているなんて、そんなこと、絶対に知られてはいけない。
 知られたら、この人はもっと僕を支配しようとするだろう。僕の心まで、彼の所有物になってしまう。

 涙が、ぼろぼろと溢れ出す。
 違う、違うんだ。信じてほしい。
 でも、僕の口からは、嗚咽しか出てこない。

 僕の涙を見た皇さんは、一瞬、狼狽えたような顔をした。掴んでいた顎の力が、少しだけ緩む。
 けれど、それも一瞬のこと。彼はすぐに冷酷な表情に戻ると、僕を突き放すように言った。

「……もういい。お前の顔も見たくない。自分の部屋にいろ」

 その言葉は、僕にとって死刑宣告にも等しかった。
 信じてもらえない。彼に、拒絶された。
 ふらふらと立ち上がり、自分の部屋に向かう。その背中に、彼の冷たい視線が突き刺さっているのを感じた。

 ドアを閉めた瞬間、僕はその場に崩れ落ちた。
 胸が、張り裂けそうに痛い。
 僕たちの間にあった、脆く、儚い信頼関係。それは、こんなにも簡単に壊れてしまうものだったのか。
 彼が僕を信じてくれないのなら、もう、ここにいる意味なんてない。
 でも、どこにも行けない。

 暗い部屋の中、僕は声を殺して泣き続けた。
 心と身体が、バラバラになっていくような感覚。
 そして、僕の意識は、ぷつりと糸が切れるように途絶えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

若頭の溺愛は、今日も平常運転です

なの
BL
『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』続編! 過保護すぎる若頭・鷹臣との同棲生活にツッコミが追いつかない毎日を送る幼なじみの相良悠真。 ホットミルクに外出禁止、舎弟たちのニヤニヤ見守り付き(?)ラブコメ生活はいつだって騒がしく、でもどこかあったかい。 だけどそんな日常の中で、鷹臣の覚悟に触れ、悠真は気づく。 ……俺も、ちゃんと応えたい。 笑って泣けて、めいっぱい甘い! 騒がしくて幸せすぎる、ヤクザとツッコミ男子の結婚一直線ラブストーリー! ※前作『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』を読んでからの方が、より深く楽しめます。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。抱かれたら身代わりがばれてしまうので初夜は断固拒否します!

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。 しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです… 本当の花嫁じゃないとばれたら大変! だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

今からレンタルアルファシステムを利用します

夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。 ◆完結済みです。ありがとうございました。 ◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!

『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました

小池 月
BL
 大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。  壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。  加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。  大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。  そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。 ☆BLです。全年齢対応作品です☆

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

処理中です...