希少な『月魄のオメガ』だとバレたら、冷酷無慈悲な最強アルファに囚われ、契約の番として甘く激しく溺愛されています。

水凪しおん

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第9話「月魄の秘密」

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 冷たい床の上で、どれくらいの時間が経っただろうか。
 遠のいていた意識が、誰かに名前を呼ばれる声で、ゆっくりと引き戻される。

「湊様、湊様! しっかりしてください!」

 聞こえてきたのは、高遠さんの必死な声だった。
 薄く目を開けると、心配そうに僕の顔を覗き込む高遠さんと、その後ろで、見たこともないほど青ざめた顔で立ち尽くす皇さんの姿が見えた。

「……たかとお、さん……? すめらぎ、さん……?」

 掠れた声で呟くと、皇さんがはっとしたように我に返り、僕の体を軽々と抱き上げた。

「湊! おい、湊、聞こえるか!」

 僕を抱きしめる彼の腕が、微かに震えている。あんなに冷たく突き放したくせに、どうして、そんな顔をするのだろう。
 身体に力が入らない。頭がぼうっとして、熱い。息をするのも苦しい。

「すぐに主治医を呼べ! 急げ!」

 皇さんの怒鳴り声を聞きながら、僕の意識は再び暗闇の中へと沈んでいった。

 次に僕が目を覚ました時、そこは自分の部屋のベッドの上だった。
 窓の外は、もうすっかり暗くなっている。
 身体を起こそうとすると、ひどい倦怠感に襲われた。額には、冷たいタオルが乗せられている。

「……気がつきましたか、湊様」

 声がした方を見ると、ベッドサイドの椅子に、高遠さんが座っていた。その顔には、深い疲労の色が浮かんでいる。

「たかとお、さん……僕……」

「昨夜、お部屋で倒れているのを戒吏様が見つけられたのです。それから、ずっと高熱が続いて……」

「そう、でしたか……」

 昨夜の出来事が、断片的に蘇る。皇さんの怒り、絶望、そして意識を失ったこと。
 ああ、僕は、彼に愛想を尽かされてしまったんだ。

「……皇さんは?」

 恐る恐る尋ねると、高遠さんは少しだけ言い淀んだ。
「……戒吏様は、別室で主治医の先生と話をされています」
 その声には、何か僕に隠しているような響きがあった。

 僕が再び眠りに落ちて、また目を覚ました頃。
 部屋のドアが静かに開き、皇さんが入ってきた。その後ろには、白衣を着た初老の男性――主治医の先生だろう――もいる。
 皇さんの顔は、昨日見た時よりもさらに青白く、その金色の瞳には、深い苦悩と後悔のような色が浮かんでいた。
 彼はベッドに近づくと、僕の枕元に膝をついた。

「湊……すまない。本当に、すまなかった」

 絞り出すような声で、彼は謝罪した。
 何に対して謝っているのか、僕には分からなかった。僕を疑ったこと? それとも……。

「……君が、どれほど苦しんでいたか、俺は、何も分かっていなかった」

 僕が困惑していると、後ろに控えていた主治医の先生が、静かな口調で説明を始めた。

「水瀬湊さん。単刀直入に申し上げます。あなたは、ただのオメガではありません」

「……え?」

「あなたは、数百年ぶりにその存在が確認された、極めて希少な形質を持つオメガ……『月魄(げっぱく)のオメガ』です」

 げっぱく、のおめが。
 初めて聞く言葉だった。
 でも、その響きは、僕の心の奥底に眠っていた、遠い記憶の扉を叩いた。
 幼い頃、両親が僕のことを、そう呼んでいたような気がする。
『この子は、月の光をその身に宿した、特別な子だから』

「月魄のオメガは、その名の通り、月の満ち欠けのように繊細で、不安定な性質を持っています。そのフェロモンは、どんなアルファをも魅了するほど甘く強力ですが、その分、持ち主の心身にかかる負担も計り知れない。特に、強い精神的ストレスは、あなたの生命力そのものを削り取ってしまうのです」

 主治医の先生の言葉に、僕は呆然とした。
 僕が、そんな特別な存在?
 だから、両親は僕の素性を隠そうとしていたのか。

「今回、あなたが倒れたのは、過度のストレスによって、あなたの内なるオメガとしての性質が暴走しかけたためです。体内でフェロモンの生成が異常なレベルに達し、それが高熱となって現れた。……あと少し発見が遅れていたら、命に関わるところでした」

 命に、関わる、ところだった。
 その言葉に、皇さんの肩が大きく震えた。

「……俺の、せいだ」

 彼が、うめくように言った。
「俺が、お前を疑い、追い詰めたせいだ。瑠衣がお前に何をしているのかも知らず……愚かにも、あの女の嘘を信じかけた。俺が、お前を殺すところだった……!」

 彼の顔が、苦痛に歪む。
 僕は、初めて見る彼の弱い姿に、かける言葉も見つからなかった。
 ああ、そうか。だから、彼は謝っていたのか。
 写真の件は、高遠さんが全て説明してくれたのだろう。瑠衣さんの策略だったということも、全て。

「湊……。君の体質のことは、君自身も知らなかったのだな」
 主治医の先生が、優しい目で僕に問いかける。
 僕は、こくりとうなずいた。

「無理もありません。これほどの希少種ですから、文献もほとんど残っていない。私が気づけたのも、皇家に代々伝わる古い記録の中に、わずかな記述があったからです」

 先生は続けた。
「あなたの体質は、非常にデリケートです。何よりも、心の安寧が必要不可欠。そして、信頼できるアルファと番になり、精神的な繋がりを安定させることが、あなたの命を守る唯一の方法なのです」

 信頼できる、アルファ。
 その言葉を聞いた瞬間、僕と皇さんの視線が、絡み合った。
 彼の金色の瞳が、何かを必死に訴えかけてくる。
 後悔、贖罪、そして、それだけではない、もっと深く、切実な何か。
 僕の心臓が、とくん、と小さく鳴った。
 僕の命を守る唯一の方法。それは、皮肉にも、僕をこの鳥籠に閉じ込めた、この人と番になることだというのか。
 運命とは、なんて残酷で、意地悪なのだろう。
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