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第4話「獣人の子供たちと、雪のクッキー」
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食堂の大掃除を終えてからというもの、屋敷内の兵士たちの私を見る目が変わった。
最初は「王都から来た厄介なお荷物」という冷ややかな視線だったのが、「魔法が使えるすごい人」「意外と話せるいい人」という温かいものに変わっていったのだ。
胃袋を掴むのも大事だと思い、将軍が不在の昼時には、厨房を借りて簡単な軽食を振る舞ったりもした。前世のレシピを再現した「サンドイッチ」や「具だくさんのオムレツ」は、男ばかりのむさ苦しい職場では大好評だった。
そんなある日の午後。
私はグリーグ将軍に許可をもらい、城下町へ降りてみることにした。
護衛として、若くて元気な狼の獣人兵士、ロキがついてきてくれることになった。
「ジュリアン様、足元気をつけてくださいよ! ここの雪は深いですから」
「ありがとう、ロキ。でも大丈夫だよ」
私は将軍から贈られた、新しいブーツと防寒着に身を包んで歩き出した。どれも最高級の素材で作られており、驚くほど温かい。
城下町は、活気に溢れていた。
人間と獣人が半々くらいの割合で暮らしているようだ。露店には見たこともない魔獣の肉や、色鮮やかな冬野菜が並んでいる。
しかし、私が歩くと、周囲の空気が少し変わるのを感じた。
特に獣人の大人たちが、警戒心を剥き出しにしてこちらを見ている。
「……貴族の匂いだ」
「なんでこんな所に人間がいるんだ」
ひそひそ話が聞こえてくる。やはり、中央の人間に対する不信感は根強いようだ。
私は背筋を伸ばし、努めて笑顔で歩いた。ここで縮こまっていては、何も変わらない。
広場に差し掛かったとき、子供たちの賑やかな声が聞こえてきた。
雪合戦をしているようだ。人間の子供と獣人の子供が入り混じって遊んでいる。
その中に、一匹だけ輪に入れずにいる小さな獣人の子がいた。
白熊のような耳と尻尾を持つ、ふっくらとした男の子だ。彼は寂しそうに、雪を固めて何かを作っていた。
私は彼に近づき、しゃがみ込んだ。
「こんにちは。何を作っているの?」
男の子はビクリと体を震わせ、大きな瞳で私を見上げた。
「……うさぎ」
「へえ、上手だね。こっちは亀かな?」
「……うん」
警戒していた彼も、私が彼の作品を褒めると、少しだけ表情を緩めた。
私は懐から、布に包んだクッキーを取り出した。厨房で焼いてきたものだ。
「よかったら、食べる? 甘くておいしいよ」
男の子は鼻をひくつかせ、クッキーの甘い匂いに誘われるように手を伸ばした。
パクっと一口食べると、彼の顔がパァっと輝いた。
「おいしい!」
「よかった。もっとあるよ」
その声を聞きつけてか、他の子供たちも集まってきた。
「なになに? ずるい、僕も欲しい!」
「私もー!」
あっという間に、私は獣人の子供たちに囲まれてしまった。
モフモフの耳や尻尾が、私の周りで揺れている。
『か、かわいい……!』
前世からの動物好き、そして隠れモフモフ好きの血が騒ぐ。
私は持ってきたクッキーをすべて配り、彼らの頭を撫でたり、尻尾の付け根をかいたりしてあげた。子供たちはゴロゴロと喉を鳴らし、すっかり懐いてくれたようだ。
「お兄ちゃん、いい匂いがするー」
「雪みたいにきれいな匂い!」
子供たちは無邪気に私に抱きついてくる。
どうやら私のオメガとしてのフェロモンは、彼らにとって不快なものではないらしい。「雪の精霊みたい」と言われ、少し照れくさくなる。
その光景を、遠巻きに見ていた大人たちの表情も、次第に柔らかいものへと変わっていった。
「あいつ、貴族のくせに偉ぶらないな」
「子供たちがあんなに懐くなんて珍しい」
そんな声が聞こえてくる。
少しずつ、受け入れられ始めている手応えがあった。
ふと、広場の入り口に人影を感じて顔を上げる。
そこには、巡回中なのだろう、鎧姿のグリーグ将軍が立っていた。
彼は子供たちに揉みくちゃにされている私を見て、驚いたように目を見開いていたが、やがてその口元に、微かな、しかし温かい微笑みを浮かべた。
その笑顔を見た瞬間、私の胸が高鳴った。
怖い顔だと言われる彼が、あんなに優しい顔をするなんて。
それを知っているのは、もしかしたら私だけかもしれない。
そんな独占欲にも似た感情が芽生え始めたことに、私はまだ気づかないふりをした。
最初は「王都から来た厄介なお荷物」という冷ややかな視線だったのが、「魔法が使えるすごい人」「意外と話せるいい人」という温かいものに変わっていったのだ。
胃袋を掴むのも大事だと思い、将軍が不在の昼時には、厨房を借りて簡単な軽食を振る舞ったりもした。前世のレシピを再現した「サンドイッチ」や「具だくさんのオムレツ」は、男ばかりのむさ苦しい職場では大好評だった。
そんなある日の午後。
私はグリーグ将軍に許可をもらい、城下町へ降りてみることにした。
護衛として、若くて元気な狼の獣人兵士、ロキがついてきてくれることになった。
「ジュリアン様、足元気をつけてくださいよ! ここの雪は深いですから」
「ありがとう、ロキ。でも大丈夫だよ」
私は将軍から贈られた、新しいブーツと防寒着に身を包んで歩き出した。どれも最高級の素材で作られており、驚くほど温かい。
城下町は、活気に溢れていた。
人間と獣人が半々くらいの割合で暮らしているようだ。露店には見たこともない魔獣の肉や、色鮮やかな冬野菜が並んでいる。
しかし、私が歩くと、周囲の空気が少し変わるのを感じた。
特に獣人の大人たちが、警戒心を剥き出しにしてこちらを見ている。
「……貴族の匂いだ」
「なんでこんな所に人間がいるんだ」
ひそひそ話が聞こえてくる。やはり、中央の人間に対する不信感は根強いようだ。
私は背筋を伸ばし、努めて笑顔で歩いた。ここで縮こまっていては、何も変わらない。
広場に差し掛かったとき、子供たちの賑やかな声が聞こえてきた。
雪合戦をしているようだ。人間の子供と獣人の子供が入り混じって遊んでいる。
その中に、一匹だけ輪に入れずにいる小さな獣人の子がいた。
白熊のような耳と尻尾を持つ、ふっくらとした男の子だ。彼は寂しそうに、雪を固めて何かを作っていた。
私は彼に近づき、しゃがみ込んだ。
「こんにちは。何を作っているの?」
男の子はビクリと体を震わせ、大きな瞳で私を見上げた。
「……うさぎ」
「へえ、上手だね。こっちは亀かな?」
「……うん」
警戒していた彼も、私が彼の作品を褒めると、少しだけ表情を緩めた。
私は懐から、布に包んだクッキーを取り出した。厨房で焼いてきたものだ。
「よかったら、食べる? 甘くておいしいよ」
男の子は鼻をひくつかせ、クッキーの甘い匂いに誘われるように手を伸ばした。
パクっと一口食べると、彼の顔がパァっと輝いた。
「おいしい!」
「よかった。もっとあるよ」
その声を聞きつけてか、他の子供たちも集まってきた。
「なになに? ずるい、僕も欲しい!」
「私もー!」
あっという間に、私は獣人の子供たちに囲まれてしまった。
モフモフの耳や尻尾が、私の周りで揺れている。
『か、かわいい……!』
前世からの動物好き、そして隠れモフモフ好きの血が騒ぐ。
私は持ってきたクッキーをすべて配り、彼らの頭を撫でたり、尻尾の付け根をかいたりしてあげた。子供たちはゴロゴロと喉を鳴らし、すっかり懐いてくれたようだ。
「お兄ちゃん、いい匂いがするー」
「雪みたいにきれいな匂い!」
子供たちは無邪気に私に抱きついてくる。
どうやら私のオメガとしてのフェロモンは、彼らにとって不快なものではないらしい。「雪の精霊みたい」と言われ、少し照れくさくなる。
その光景を、遠巻きに見ていた大人たちの表情も、次第に柔らかいものへと変わっていった。
「あいつ、貴族のくせに偉ぶらないな」
「子供たちがあんなに懐くなんて珍しい」
そんな声が聞こえてくる。
少しずつ、受け入れられ始めている手応えがあった。
ふと、広場の入り口に人影を感じて顔を上げる。
そこには、巡回中なのだろう、鎧姿のグリーグ将軍が立っていた。
彼は子供たちに揉みくちゃにされている私を見て、驚いたように目を見開いていたが、やがてその口元に、微かな、しかし温かい微笑みを浮かべた。
その笑顔を見た瞬間、私の胸が高鳴った。
怖い顔だと言われる彼が、あんなに優しい顔をするなんて。
それを知っているのは、もしかしたら私だけかもしれない。
そんな独占欲にも似た感情が芽生え始めたことに、私はまだ気づかないふりをした。
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