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第5話「抑制できない熱と、紳士の誓い」
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その夜、異変は突然訪れた。
夕食を終え、部屋でくつろいでいたときのことだ。
急に体が熱くなり、息苦しさを感じた。視界がぐらりと揺れ、指先に力が入らなくなる。
「はぁ……っ、う……」
熱い。体の奥底から、どうしようもない衝動が突き上げてくる。
これは、ヒートだ。
オメガ特有の発情期。通常であれば、抑制剤をのんでいればこれほど急激に来ることはないはずだ。
しかし、環境の激変とストレス、そして何より――運命の番(つがい)かもしれないアルファ、グリーグ将軍のそばにいることが、私の本能を過敏にさせているのかもしれない。
私は震える手で薬箱を探ったが、手元が狂って水差しを床に落としてしまった。
ガシャン! という派手な音が響く。
「ジュリアン!?」
間髪入れずに扉が開き、グリーグ将軍が飛び込んできた。彼は私の部屋の異変を、あるいは私のフェロモンの変化を、敏感に察知したのだろう。
床にうずくまる私を見て、彼は息を呑んだ。
今の部屋の中には、私の甘いフェロモンが充満しているはずだ。普通のアルファなら、理性を失って襲いかかってきてもおかしくない。
「来るな……っ!」
私は涙目で叫んだ。
彼に襲われるのが怖いのではない。彼を、本能だけの獣に変えてしまうのが怖かった。
まだ、心の準備ができていない。こんな形で、彼と結ばれたくはない。
グリーグ将軍は扉の前で立ち止まり、苦しげに顔を歪めた。
喉に唸り声が絡んでいる。彼の中の獣が、目の前の獲物を求めて暴れているのが分かった。
だが、彼は踏みとどまった。
拳を血が滲むほど強く握りしめ、必死に理性を保とうとしている。
「……薬は、どこだ」
絞り出すような声だった。
「机の……引き出し……」
彼は息を止め、素早い動きで机に近づき、抑制剤の瓶を取り出した。そして水差しがないことに気づくと、自分の腰の水筒から水をコップに注ぎ、私に差し出した。
震える私の手を取り、薬をのませてくれる。
その手は熱かったが、決して乱暴なことはしなかった。
「すまない……俺が近くにいるせいで、誘発させてしまったか」
彼は悔しげに眉を寄せた。
薬が効いてくるまで、彼は私をベッドに運び、毛布をかけてくれた。そして、部屋の隅へ離れ、窓を開けて換気をした。
冷たい風が入ってきて、熱っぽかった頭が少し冷やされる。
「将軍……大丈夫、ですか?」
私がかすれ声で尋ねると、彼は苦笑いを浮かべた。
「正直、きつい。お前の匂いは……俺の理性を焼き尽くしそうだ」
直球な言葉に、胸がドキリとする。
「だが、安心しろ。お前が望まない限り、俺は指一本触れない。それが俺の誇りだ」
彼は真剣な眼差しで、私を見つめて言った。
「俺は、お前を大切にしたい。こんな本能の暴走ではなく、心を通わせて、お前に受け入れてもらいたいんだ」
その言葉は、どんな甘い愛の言葉よりも、深く私の心に刺さった。
彼は本当に、私という人間を尊重してくれている。
道具としてでも、ただの番としてでもなく。
「……ありがとうございます、グリーグ様」
初めて、彼を名前で呼んだ。
彼は目を見張り、それから破顔した。あの怖い顔がくしゃりと歪み、少年のように無邪気な笑顔になる。
「ああ。……ゆっくり休め、ジュリアン」
その夜、彼は私の部屋のドアの前で、一晩中警護をしてくれていたらしい。
翌朝、廊下でうたた寝をしている巨大な狼(獣化した彼だ)を見つけて、私は愛おしさで胸がいっぱいになった。
私はそっと、彼の毛皮に顔を埋めた。
「ありがとう……大好きです」
まだ眠っている彼には聞こえないように、小さくつぶやいた。
夕食を終え、部屋でくつろいでいたときのことだ。
急に体が熱くなり、息苦しさを感じた。視界がぐらりと揺れ、指先に力が入らなくなる。
「はぁ……っ、う……」
熱い。体の奥底から、どうしようもない衝動が突き上げてくる。
これは、ヒートだ。
オメガ特有の発情期。通常であれば、抑制剤をのんでいればこれほど急激に来ることはないはずだ。
しかし、環境の激変とストレス、そして何より――運命の番(つがい)かもしれないアルファ、グリーグ将軍のそばにいることが、私の本能を過敏にさせているのかもしれない。
私は震える手で薬箱を探ったが、手元が狂って水差しを床に落としてしまった。
ガシャン! という派手な音が響く。
「ジュリアン!?」
間髪入れずに扉が開き、グリーグ将軍が飛び込んできた。彼は私の部屋の異変を、あるいは私のフェロモンの変化を、敏感に察知したのだろう。
床にうずくまる私を見て、彼は息を呑んだ。
今の部屋の中には、私の甘いフェロモンが充満しているはずだ。普通のアルファなら、理性を失って襲いかかってきてもおかしくない。
「来るな……っ!」
私は涙目で叫んだ。
彼に襲われるのが怖いのではない。彼を、本能だけの獣に変えてしまうのが怖かった。
まだ、心の準備ができていない。こんな形で、彼と結ばれたくはない。
グリーグ将軍は扉の前で立ち止まり、苦しげに顔を歪めた。
喉に唸り声が絡んでいる。彼の中の獣が、目の前の獲物を求めて暴れているのが分かった。
だが、彼は踏みとどまった。
拳を血が滲むほど強く握りしめ、必死に理性を保とうとしている。
「……薬は、どこだ」
絞り出すような声だった。
「机の……引き出し……」
彼は息を止め、素早い動きで机に近づき、抑制剤の瓶を取り出した。そして水差しがないことに気づくと、自分の腰の水筒から水をコップに注ぎ、私に差し出した。
震える私の手を取り、薬をのませてくれる。
その手は熱かったが、決して乱暴なことはしなかった。
「すまない……俺が近くにいるせいで、誘発させてしまったか」
彼は悔しげに眉を寄せた。
薬が効いてくるまで、彼は私をベッドに運び、毛布をかけてくれた。そして、部屋の隅へ離れ、窓を開けて換気をした。
冷たい風が入ってきて、熱っぽかった頭が少し冷やされる。
「将軍……大丈夫、ですか?」
私がかすれ声で尋ねると、彼は苦笑いを浮かべた。
「正直、きつい。お前の匂いは……俺の理性を焼き尽くしそうだ」
直球な言葉に、胸がドキリとする。
「だが、安心しろ。お前が望まない限り、俺は指一本触れない。それが俺の誇りだ」
彼は真剣な眼差しで、私を見つめて言った。
「俺は、お前を大切にしたい。こんな本能の暴走ではなく、心を通わせて、お前に受け入れてもらいたいんだ」
その言葉は、どんな甘い愛の言葉よりも、深く私の心に刺さった。
彼は本当に、私という人間を尊重してくれている。
道具としてでも、ただの番としてでもなく。
「……ありがとうございます、グリーグ様」
初めて、彼を名前で呼んだ。
彼は目を見張り、それから破顔した。あの怖い顔がくしゃりと歪み、少年のように無邪気な笑顔になる。
「ああ。……ゆっくり休め、ジュリアン」
その夜、彼は私の部屋のドアの前で、一晩中警護をしてくれていたらしい。
翌朝、廊下でうたた寝をしている巨大な狼(獣化した彼だ)を見つけて、私は愛おしさで胸がいっぱいになった。
私はそっと、彼の毛皮に顔を埋めた。
「ありがとう……大好きです」
まだ眠っている彼には聞こえないように、小さくつぶやいた。
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