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第4話「氷の洞窟と一番の素材」
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白い魔獣――俺は彼を「シロ」と名付けた――の背に揺られること数時間。俺たちは氷柱が牙のように垂れ下がる巨大な洞窟の入り口に到着した。
シロはここまでだと言わんばかりに鼻を鳴らし、俺を降ろすと、雪原の方へと去っていった。
礼を言う間もなかったが、ポケットに残っていたクッキーを彼が消えた方向へ供えて、俺は洞窟へと足を踏み入れた。
内部は青白く発光する苔に照らされ、幻想的な雰囲気に包まれている。
肌を刺すような冷気の中、奥へ進むと、広い空間に出た。そこには、ガラスのように透明な水を湛えた泉があり、その中央にある小島に、黄金色に輝く稲穂が揺れていた。
『幻の雪米』だ。
だが、小島への道はない。冷たい水を泳いで渡るしかないのか? この水温では、数秒で心臓が止まってしまうだろう。
「誰だ、我が聖域を侵す者は」
凛とした声が洞窟内に響き渡る。
泉の水面が泡立ち、そこから人の形をした水の精霊が現れた。透き通るような青い肌、水流でできた髪。美しいが、その瞳には明確な敵意が宿っている。
「わ、私はルエンといいます! そのお米を、少しだけ分けていただきたくて……」
「米だと? 愚かな人間よ。これはただの食料ではない。聖なる供物だ。力なき者が触れれば、その魂ごと凍りつくぞ」
精霊が手を振ると、水面から鋭い氷の矢が無数に生成され、俺に向けられた。
逃げ場はない。だが、ここで引くわけにはいかないのだ。
「力なら、あります! 俺は料理人です。その米を、世界で一番美味しく炊き上げることができます!」
俺の言葉に、精霊はピクリと眉を動かした。
「美味しく、だと? ……ふん。口先だけなら何とでも言える。ならば試してやろう。私が納得する料理を作ってみせよ。ただし、使えるのはこの洞窟にあるものだけだ」
氷の矢が消え、代わりに調理台のような氷のテーブルが出現した。
試練だ。
俺は周囲を見回した。あるのは冷たい水、氷、そして岩場に生えている数種類のキノコと苔だけ。肉も魚もない。調味料は、リュックに残っているわずかな塩のみ。
絶望的な状況。だが、俺の心は不思議と落ち着いていた。
制限があるほど、料理人は燃えるものだ。
俺は岩場のキノコを摘み取り、香りを確かめた。ナッツのような芳醇な香りがする。苔はわずかに塩気を含んでいる。
これならいける。
俺は氷のテーブルでキノコを刻み、苔とともに泉の水で煮込んだ。火は携帯コンロの残り少ない燃料を使う。
低温でじっくりと旨味を引き出し、最後に塩で味を調える。
完成したのは、見た目は地味な透明なスープ。だが、そこには極寒の地で生きる植物たちの生命力が凝縮されていた。
「どうぞ」
「……見た目は貧相だな」
精霊は疑わしげにスープを口に運んだ。
その瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。
「……なんと」
冷え切った体に染み渡る、優しく、深い味わい。派手な味付けはないが、素材本来の個性が調和し、一つの音楽を奏でているようだ。
「温かい……。何百年もこの冷たい水の中にいて忘れていた、陽だまりのような温かさだ」
精霊の目から、真珠のような涙がこぼれ落ちた。
彼女は微笑み、小島へと続く氷の橋を架けてくれた。
「持っていくがいい、料理人ルエン。お前のその手は、凍てつく心すら溶かす魔法を持っているようだ」
俺は深々と頭を下げ、黄金の稲穂を収穫した。
手の中でずっしりと重いその米は、確かに温かさを帯びているように感じた。
一つ目の素材、入手完了。
だが、俺は知らなかった。この洞窟の外で、近衛騎士団のマントを翻す人物が、俺の足跡を追ってきていることを。
シロはここまでだと言わんばかりに鼻を鳴らし、俺を降ろすと、雪原の方へと去っていった。
礼を言う間もなかったが、ポケットに残っていたクッキーを彼が消えた方向へ供えて、俺は洞窟へと足を踏み入れた。
内部は青白く発光する苔に照らされ、幻想的な雰囲気に包まれている。
肌を刺すような冷気の中、奥へ進むと、広い空間に出た。そこには、ガラスのように透明な水を湛えた泉があり、その中央にある小島に、黄金色に輝く稲穂が揺れていた。
『幻の雪米』だ。
だが、小島への道はない。冷たい水を泳いで渡るしかないのか? この水温では、数秒で心臓が止まってしまうだろう。
「誰だ、我が聖域を侵す者は」
凛とした声が洞窟内に響き渡る。
泉の水面が泡立ち、そこから人の形をした水の精霊が現れた。透き通るような青い肌、水流でできた髪。美しいが、その瞳には明確な敵意が宿っている。
「わ、私はルエンといいます! そのお米を、少しだけ分けていただきたくて……」
「米だと? 愚かな人間よ。これはただの食料ではない。聖なる供物だ。力なき者が触れれば、その魂ごと凍りつくぞ」
精霊が手を振ると、水面から鋭い氷の矢が無数に生成され、俺に向けられた。
逃げ場はない。だが、ここで引くわけにはいかないのだ。
「力なら、あります! 俺は料理人です。その米を、世界で一番美味しく炊き上げることができます!」
俺の言葉に、精霊はピクリと眉を動かした。
「美味しく、だと? ……ふん。口先だけなら何とでも言える。ならば試してやろう。私が納得する料理を作ってみせよ。ただし、使えるのはこの洞窟にあるものだけだ」
氷の矢が消え、代わりに調理台のような氷のテーブルが出現した。
試練だ。
俺は周囲を見回した。あるのは冷たい水、氷、そして岩場に生えている数種類のキノコと苔だけ。肉も魚もない。調味料は、リュックに残っているわずかな塩のみ。
絶望的な状況。だが、俺の心は不思議と落ち着いていた。
制限があるほど、料理人は燃えるものだ。
俺は岩場のキノコを摘み取り、香りを確かめた。ナッツのような芳醇な香りがする。苔はわずかに塩気を含んでいる。
これならいける。
俺は氷のテーブルでキノコを刻み、苔とともに泉の水で煮込んだ。火は携帯コンロの残り少ない燃料を使う。
低温でじっくりと旨味を引き出し、最後に塩で味を調える。
完成したのは、見た目は地味な透明なスープ。だが、そこには極寒の地で生きる植物たちの生命力が凝縮されていた。
「どうぞ」
「……見た目は貧相だな」
精霊は疑わしげにスープを口に運んだ。
その瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。
「……なんと」
冷え切った体に染み渡る、優しく、深い味わい。派手な味付けはないが、素材本来の個性が調和し、一つの音楽を奏でているようだ。
「温かい……。何百年もこの冷たい水の中にいて忘れていた、陽だまりのような温かさだ」
精霊の目から、真珠のような涙がこぼれ落ちた。
彼女は微笑み、小島へと続く氷の橋を架けてくれた。
「持っていくがいい、料理人ルエン。お前のその手は、凍てつく心すら溶かす魔法を持っているようだ」
俺は深々と頭を下げ、黄金の稲穂を収穫した。
手の中でずっしりと重いその米は、確かに温かさを帯びているように感じた。
一つ目の素材、入手完了。
だが、俺は知らなかった。この洞窟の外で、近衛騎士団のマントを翻す人物が、俺の足跡を追ってきていることを。
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