恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん

文字の大きさ
5 / 16

第4話「氷の洞窟と一番の素材」

しおりを挟む
 白い魔獣――俺は彼を「シロ」と名付けた――の背に揺られること数時間。俺たちは氷柱が牙のように垂れ下がる巨大な洞窟の入り口に到着した。
 シロはここまでだと言わんばかりに鼻を鳴らし、俺を降ろすと、雪原の方へと去っていった。
 礼を言う間もなかったが、ポケットに残っていたクッキーを彼が消えた方向へ供えて、俺は洞窟へと足を踏み入れた。

 内部は青白く発光する苔に照らされ、幻想的な雰囲気に包まれている。
 肌を刺すような冷気の中、奥へ進むと、広い空間に出た。そこには、ガラスのように透明な水を湛えた泉があり、その中央にある小島に、黄金色に輝く稲穂が揺れていた。
『幻の雪米』だ。
 だが、小島への道はない。冷たい水を泳いで渡るしかないのか? この水温では、数秒で心臓が止まってしまうだろう。

「誰だ、我が聖域を侵す者は」

 凛とした声が洞窟内に響き渡る。
 泉の水面が泡立ち、そこから人の形をした水の精霊が現れた。透き通るような青い肌、水流でできた髪。美しいが、その瞳には明確な敵意が宿っている。

「わ、私はルエンといいます! そのお米を、少しだけ分けていただきたくて……」

「米だと? 愚かな人間よ。これはただの食料ではない。聖なる供物だ。力なき者が触れれば、その魂ごと凍りつくぞ」

 精霊が手を振ると、水面から鋭い氷の矢が無数に生成され、俺に向けられた。
 逃げ場はない。だが、ここで引くわけにはいかないのだ。

「力なら、あります! 俺は料理人です。その米を、世界で一番美味しく炊き上げることができます!」

 俺の言葉に、精霊はピクリと眉を動かした。

「美味しく、だと? ……ふん。口先だけなら何とでも言える。ならば試してやろう。私が納得する料理を作ってみせよ。ただし、使えるのはこの洞窟にあるものだけだ」

 氷の矢が消え、代わりに調理台のような氷のテーブルが出現した。
 試練だ。
 俺は周囲を見回した。あるのは冷たい水、氷、そして岩場に生えている数種類のキノコと苔だけ。肉も魚もない。調味料は、リュックに残っているわずかな塩のみ。
 絶望的な状況。だが、俺の心は不思議と落ち着いていた。
 制限があるほど、料理人は燃えるものだ。
 俺は岩場のキノコを摘み取り、香りを確かめた。ナッツのような芳醇な香りがする。苔はわずかに塩気を含んでいる。
 これならいける。
 俺は氷のテーブルでキノコを刻み、苔とともに泉の水で煮込んだ。火は携帯コンロの残り少ない燃料を使う。
 低温でじっくりと旨味を引き出し、最後に塩で味を調える。
 完成したのは、見た目は地味な透明なスープ。だが、そこには極寒の地で生きる植物たちの生命力が凝縮されていた。

「どうぞ」

「……見た目は貧相だな」

 精霊は疑わしげにスープを口に運んだ。
 その瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。

「……なんと」

 冷え切った体に染み渡る、優しく、深い味わい。派手な味付けはないが、素材本来の個性が調和し、一つの音楽を奏でているようだ。

「温かい……。何百年もこの冷たい水の中にいて忘れていた、陽だまりのような温かさだ」

 精霊の目から、真珠のような涙がこぼれ落ちた。
 彼女は微笑み、小島へと続く氷の橋を架けてくれた。

「持っていくがいい、料理人ルエン。お前のその手は、凍てつく心すら溶かす魔法を持っているようだ」

 俺は深々と頭を下げ、黄金の稲穂を収穫した。
 手の中でずっしりと重いその米は、確かに温かさを帯びているように感じた。
 一つ目の素材、入手完了。
 だが、俺は知らなかった。この洞窟の外で、近衛騎士団のマントを翻す人物が、俺の足跡を追ってきていることを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

処理中です...