過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん

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第05話「公務員の知恵、改革の第一歩」

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「というわけで、まずはこの村の現状把握から始めたい。村の地図、人口、主な産業、税収の記録……そういった資料はどこにある?」

 代官屋敷の一室で、俺は村長に向き直って尋ねた。新しい領主の第一声がそれだったことに、村長は目を白黒させている。

「は、はあ……資料、でございますか? そのようなものは、ほとんど……」

 予想通りの答えだった。まあ、そうだろうな。歴代の代官が次々と逃げ出すような場所だ。まともな行政記録が残っているはずもない。

「ないなら、作るしかないな。ユリウス、紙と筆を」
「ここに」

 ユリウスが、旅の荷物の中から手際よく羊皮紙とインクを取り出す。彼は俺が何を求めているか、言わなくても理解してくれる。本当に有能な男だ。

 俺はまず、村長に聞き取り調査を始めた。村の戸数、それぞれの家族構成、所有している畑の広さ、去年の収穫量。
 村長は記憶を辿りながら、たどたどしく答えていく。俺はそれを、前世で使い慣れたフォーマットを思い出しながら、羊皮紙に書き留めていった。

「なるほど。主な作物は麦と芋。だが、連作障害のせいで収穫量は年々落ちている、と」
「れんさく……しょうがい?」
「ああ、同じ土地で同じ作物を続けて作ると、土地の栄養が偏って作物が育ちにくくなるんだ。対策としては、違う種類の作物を順番に作る『輪作』という方法がある」

 俺は手早く土壌改良の仕組みを図に描いて説明する。村長はぽかんとした顔でそれを見つめていた。

 次に、俺は村長を連れて村の見回りに出た。自分の目で直接、問題点を確認するためだ。
 まず目に付いたのは、衛生環境の悪さだった。ゴミや汚水がそこら中に垂れ流しにされ、ひどい悪臭を放っている。これでは病気が蔓延してもおかしくない。

「村長、共同のゴミ捨て場とトイレを設置する。場所は村の外れ、風下で川から離れた場所にしよう。汚物は伝染病の元だ」
「は、はあ……」

 次に畑を視察する。やはり土地は痩せこけ、石がごろごろしている。これでは作物が育つはずもない。

「水路がないのか……。これでは雨水頼みだな。川から畑まで用水路を引くぞ。それから、家畜のフンや枯れ草を集めて『堆肥』を作る。土地を肥やすための栄養剤だ」
「た、たいひ……?」

 俺が次々と繰り出す改革案に、村長はついていくだけで精一杯のようだった。だが、その目には、最初のような諦めの色だけでなく、わずかな期待のような光が宿り始めていた。

 見回りを終えて代官屋敷に戻ると、俺は早速、村の男たちを数人集めた。
「今から、この村の未来を左右する大事な仕事をしてもらう」

 そう言って俺が彼らに指示したのは、森へ行って使えそうな木材や石を拾ってくること、そして村のあちこちに転がっている石ころを集めてくることだった。皆、何が始まるのか分からず、怪訝な顔をしている。

 その日の午後、俺は集められた石ころを使って、かまど作りの手本を見せた。これまで村人たちは、地面に直接火を焚いて調理をしていた。それでは熱効率が悪く、薪の消費も激しい。

「こうして石を組んで、粘土で隙間を埋める。こうすれば少ない薪で強い火力を得られるし、火事の危険も減る」

 俺が手際よく簡易なかまどを組み上げると、男たちから「おお……」と感嘆の声が漏れた。

 夜には、集まってもらった領民たちに、今日の調査で分かったことと、明日からの具体的な計画を説明した。

「第一に、衛生環境の改善。明日から全員で村の大掃除をし、共同トイレとゴミ捨て場を作る」
「第二に、食料の確保。男手は二手に分ける。一方はユリウスの指揮で森へ狩りに出てもらう。もう一方は俺と用水路の建設だ」
「第三に、農地の改革。女子供たちには、堆肥作りと、畑の石拾いを頼みたい」

 矢継ぎ早に告げられる計画に、領民たちは戸惑いながらも、昨日までとは違う、何か具体的な希望のようなものを感じ始めているようだった。

 説明会が終わった後、ユリウスが俺にお茶を淹れてくれた。

「リアム様、ご無理をなさらないでください」
「無理なんてしてないさ。やるべきことが山積みで、楽しくなってきたところだ」

 俺がそう言って笑うと、ユリウスは少しだけ困ったような顔をした。
「あなたは、本当に不思議な方だ。誰もが絶望するような状況で、楽しそうだなんて」
「そうか? 俺はただ、目の前にある問題を一つずつ片付けているだけだ。公務員なんて、そういう仕事だからな」

 そう、俺はただ、自分の仕事をしているに過ぎない。前世でやり残した、人々を幸せにするという仕事を。
 もちろん、前途は多難だろう。だが、俺の心は不思議と晴れやかだった。

 明日からは、いよいよ本格的な領地改革が始まる。ユリウスという頼れる相棒と共に、この死んだ土地に、もう一度生命の息吹を取り戻してみせる。俺の戦いは、まだ始まったばかりだ。
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