破滅フラグ回避のため冷酷公爵から逃げたい悪役令息(勘違い)ですが、実は運命の番らしくて過保護な溺愛から逃げられません

水凪しおん

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番外編:冷酷公爵の独白

 私の世界は、常に不快な雑音に満ちていた。
 生まれつきの重度のフェロモン過敏症。それは、他者の感情や存在そのものが、針となって絶えず私を突き刺す呪いと同義だった。アルファの傲慢な匂いも、オメガの甘ったるい匂いも、全てが私を苛み、心を削り取っていく。
 だから私は、心を閉ざした。誰にも期待せず、誰にも心を許さない。冷酷非情の仮面を被り、孤独という名の鎧を纏うことで、かろうじて自分を保っていた。
 クラーヴァイン公爵としての責務を果たすだけの、色のない日々。この苦しみは、一生続くのだと諦めていた。
 ――あの日、お前と出会うまでは。
 学園の入学パーティー。辟易するほどのフェロモンの濁流から逃れるように、私はテラスに出た。そこで、一人の少年が立っていた。
 アレン・フォン・ヴァイス。忌々しい政敵の息子であり、あの悪評高いエリアーナ嬢の弟。本来ならば、関わる価値もない存在のはずだった。
 だが、彼がそこにいるだけで、私の周りの不快な雑音が、すっと消え去ったのだ。
 そして、彼から香る、微かで、しかし確かに存在する、穏やかで優しい匂い。それは、まるで乾いた大地に染み込む最初の雨粒のように、私の心を静かに潤していった。
 衝撃だった。
 初めて感じた、安らぎ。救い。
 この少年が、私の『運命の番』なのではないか。そんな馬鹿げた希望が、枯れ果てたはずの私の心に芽生えた瞬間だった。
 それからの私は、まるで何かに取り憑かれたように、彼の情報を集めた。彼が平凡なベータとして育てられてきたこと、姉との関係に悩んでいるらしいこと。そして、私のことを、破滅をもたらす敵だと警戒していること。
 全てが滑稽で、そして、どうしようもなく愛おしかった。
 彼がヒートを起こした日、私は歓喜に打ち震えた。やはり、彼はオメガだった。私の、唯一無二の番だったのだ。
 勘違いに怯える彼を、いっそ力ずくで組み敷き、全てを分からせてしまおうかとも考えた。だが、彼の瞳に浮かぶ恐怖を見るたび、その衝動を必死に抑え込んだ。
 ならば、彼の勘違いすら利用してやろう。偽りの婚約という名の籠に閉じ込めて、少しずつ、少しずつ、外堀を埋めていけばいい。彼が私なしでは生きていけなくなるまで、甘く、優しく、溺愛し尽くしてやろう。
 彼が隣国の王子と親しく話す姿を見た時は、嫉妬で気が狂いそうだった。私の番に、私以外のアルファが触れることなど、到底許せるものではない。思わず刻んだ仮の徴は、私の醜い独占欲の表れだ。
 彼が攫われたと知った時、生まれて初めて、血の気が引くという感覚を味わった。怒りと恐怖で、世界が赤黒く染まる。もし、彼を失うことになれば、私は躊躇なく、この世界そのものを滅ぼしていただろう。
 だから、彼が無事な姿で、私の腕の中に戻ってきた時。
 そして、初めて「好きだ」と、涙ながらに告げてくれた時。
 私の灰色だった世界は、ようやく、鮮やかな色を取り戻したのだ。
 アレン。私の光。私の魂の片割れ。
 お前が勘違いに費やした時間すら、私にとっては愛おしい記憶だ。
 これからは、永遠に私のそばで、世界で一番幸せな笑顔を見せていてくれ。
 そのためならば、私は何度でも、お前のための悪魔になろう。

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