23 / 23
番外編:冷酷公爵の独白
私の世界は、常に不快な雑音に満ちていた。
生まれつきの重度のフェロモン過敏症。それは、他者の感情や存在そのものが、針となって絶えず私を突き刺す呪いと同義だった。アルファの傲慢な匂いも、オメガの甘ったるい匂いも、全てが私を苛み、心を削り取っていく。
だから私は、心を閉ざした。誰にも期待せず、誰にも心を許さない。冷酷非情の仮面を被り、孤独という名の鎧を纏うことで、かろうじて自分を保っていた。
クラーヴァイン公爵としての責務を果たすだけの、色のない日々。この苦しみは、一生続くのだと諦めていた。
――あの日、お前と出会うまでは。
学園の入学パーティー。辟易するほどのフェロモンの濁流から逃れるように、私はテラスに出た。そこで、一人の少年が立っていた。
アレン・フォン・ヴァイス。忌々しい政敵の息子であり、あの悪評高いエリアーナ嬢の弟。本来ならば、関わる価値もない存在のはずだった。
だが、彼がそこにいるだけで、私の周りの不快な雑音が、すっと消え去ったのだ。
そして、彼から香る、微かで、しかし確かに存在する、穏やかで優しい匂い。それは、まるで乾いた大地に染み込む最初の雨粒のように、私の心を静かに潤していった。
衝撃だった。
初めて感じた、安らぎ。救い。
この少年が、私の『運命の番』なのではないか。そんな馬鹿げた希望が、枯れ果てたはずの私の心に芽生えた瞬間だった。
それからの私は、まるで何かに取り憑かれたように、彼の情報を集めた。彼が平凡なベータとして育てられてきたこと、姉との関係に悩んでいるらしいこと。そして、私のことを、破滅をもたらす敵だと警戒していること。
全てが滑稽で、そして、どうしようもなく愛おしかった。
彼がヒートを起こした日、私は歓喜に打ち震えた。やはり、彼はオメガだった。私の、唯一無二の番だったのだ。
勘違いに怯える彼を、いっそ力ずくで組み敷き、全てを分からせてしまおうかとも考えた。だが、彼の瞳に浮かぶ恐怖を見るたび、その衝動を必死に抑え込んだ。
ならば、彼の勘違いすら利用してやろう。偽りの婚約という名の籠に閉じ込めて、少しずつ、少しずつ、外堀を埋めていけばいい。彼が私なしでは生きていけなくなるまで、甘く、優しく、溺愛し尽くしてやろう。
彼が隣国の王子と親しく話す姿を見た時は、嫉妬で気が狂いそうだった。私の番に、私以外のアルファが触れることなど、到底許せるものではない。思わず刻んだ仮の徴は、私の醜い独占欲の表れだ。
彼が攫われたと知った時、生まれて初めて、血の気が引くという感覚を味わった。怒りと恐怖で、世界が赤黒く染まる。もし、彼を失うことになれば、私は躊躇なく、この世界そのものを滅ぼしていただろう。
だから、彼が無事な姿で、私の腕の中に戻ってきた時。
そして、初めて「好きだ」と、涙ながらに告げてくれた時。
私の灰色だった世界は、ようやく、鮮やかな色を取り戻したのだ。
アレン。私の光。私の魂の片割れ。
お前が勘違いに費やした時間すら、私にとっては愛おしい記憶だ。
これからは、永遠に私のそばで、世界で一番幸せな笑顔を見せていてくれ。
そのためならば、私は何度でも、お前のための悪魔になろう。
生まれつきの重度のフェロモン過敏症。それは、他者の感情や存在そのものが、針となって絶えず私を突き刺す呪いと同義だった。アルファの傲慢な匂いも、オメガの甘ったるい匂いも、全てが私を苛み、心を削り取っていく。
だから私は、心を閉ざした。誰にも期待せず、誰にも心を許さない。冷酷非情の仮面を被り、孤独という名の鎧を纏うことで、かろうじて自分を保っていた。
クラーヴァイン公爵としての責務を果たすだけの、色のない日々。この苦しみは、一生続くのだと諦めていた。
――あの日、お前と出会うまでは。
学園の入学パーティー。辟易するほどのフェロモンの濁流から逃れるように、私はテラスに出た。そこで、一人の少年が立っていた。
アレン・フォン・ヴァイス。忌々しい政敵の息子であり、あの悪評高いエリアーナ嬢の弟。本来ならば、関わる価値もない存在のはずだった。
だが、彼がそこにいるだけで、私の周りの不快な雑音が、すっと消え去ったのだ。
そして、彼から香る、微かで、しかし確かに存在する、穏やかで優しい匂い。それは、まるで乾いた大地に染み込む最初の雨粒のように、私の心を静かに潤していった。
衝撃だった。
初めて感じた、安らぎ。救い。
この少年が、私の『運命の番』なのではないか。そんな馬鹿げた希望が、枯れ果てたはずの私の心に芽生えた瞬間だった。
それからの私は、まるで何かに取り憑かれたように、彼の情報を集めた。彼が平凡なベータとして育てられてきたこと、姉との関係に悩んでいるらしいこと。そして、私のことを、破滅をもたらす敵だと警戒していること。
全てが滑稽で、そして、どうしようもなく愛おしかった。
彼がヒートを起こした日、私は歓喜に打ち震えた。やはり、彼はオメガだった。私の、唯一無二の番だったのだ。
勘違いに怯える彼を、いっそ力ずくで組み敷き、全てを分からせてしまおうかとも考えた。だが、彼の瞳に浮かぶ恐怖を見るたび、その衝動を必死に抑え込んだ。
ならば、彼の勘違いすら利用してやろう。偽りの婚約という名の籠に閉じ込めて、少しずつ、少しずつ、外堀を埋めていけばいい。彼が私なしでは生きていけなくなるまで、甘く、優しく、溺愛し尽くしてやろう。
彼が隣国の王子と親しく話す姿を見た時は、嫉妬で気が狂いそうだった。私の番に、私以外のアルファが触れることなど、到底許せるものではない。思わず刻んだ仮の徴は、私の醜い独占欲の表れだ。
彼が攫われたと知った時、生まれて初めて、血の気が引くという感覚を味わった。怒りと恐怖で、世界が赤黒く染まる。もし、彼を失うことになれば、私は躊躇なく、この世界そのものを滅ぼしていただろう。
だから、彼が無事な姿で、私の腕の中に戻ってきた時。
そして、初めて「好きだ」と、涙ながらに告げてくれた時。
私の灰色だった世界は、ようやく、鮮やかな色を取り戻したのだ。
アレン。私の光。私の魂の片割れ。
お前が勘違いに費やした時間すら、私にとっては愛おしい記憶だ。
これからは、永遠に私のそばで、世界で一番幸せな笑顔を見せていてくれ。
そのためならば、私は何度でも、お前のための悪魔になろう。
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました
黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。
絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」!
畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。
はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。
これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!
追放された悪役令嬢(実は元・最強暗殺者)ですが、辺境の谷を開拓したら大陸一の楽園になったので、今更戻ってこいと言われてもお断りです
黒崎隼人
ファンタジー
元・凄腕暗殺者の私、悪役令嬢イザベラに転生しました。待つのは断罪からの破滅エンド?……上等じゃない。むしろ面倒な王宮から解放される大チャンス!
婚約破棄の慰謝料に、誰もが見捨てた極寒の辺境『忘れられた谷』をせしめて、いざ悠々自適なスローライフへ!
前世の暗殺スキルと現代知識をフル活用し、不毛の地を理想郷へと大改革。特製ポーションに絶品保存食、魔獣素材の最強武具――気づけば、谷は大陸屈指の豊かさを誇る独立領に大変貌!?
そんな私の元に現れたのは、後悔と執着に濡れた元婚約者の王太子、私を密かに慕っていた騎士団長、そして「君ごとこの領地をいただく」と宣言する冷徹なはずの溺愛皇帝陛下!?
いえ、求めているのは平穏な毎日なので、求婚も国の再建依頼も全部お断りします。これは、面倒事を華麗に排除して、最高の楽園を築き上げる、元・暗殺者な悪役令嬢の物語。静かで徹底的な「ざまぁ」を添えて、お見せしましょう。
この世界で、君だけが平民だなんて嘘だろ?
春夜夢
BL
魔導学園で最下層の平民としてひっそり生きていた少年・リオ。
だがある日、最上位貴族の美貌と力を併せ持つ生徒会長・ユリウスに助けられ、
なぜか「俺の世話係になれ」と命じられる。
以来、リオの生活は一変――
豪華な寮部屋、執事並みの手当、異常なまでの過保護、
さらには「他の男に触られるな」などと謎の制限まで!?
「俺のこと、何だと思ってるんですか……」
「……可愛いと思ってる」
それって、“貴族と平民”の距離感ですか?
不器用な最上級貴族×平民育ちの天才少年
――鈍感すれ違い×じれじれ甘やかし全開の、王道学園BL、開幕!
何故か男の僕が王子の閨係に選ばれました
まんまる
BL
貧乏男爵家の次男カナルは、ある日父親から呼ばれ、王太子の閨係に選ばれたと言われる。
どうして男の自分が?と戸惑いながらも、覚悟を決めて殿下の元へいく。
しかし、殿下は自分に触れることはなく、何か思いがあるようだった。
優しい二人の恋のお話です。
※ショートショート集におまけ話を上げています。そちらも是非ご一読ください。
※画像は男の子メーカーPicrewさんよりお借りしています。
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
絶対的センターだった俺を匿ったのは、実は俺の熱烈なファンだったクールな俳優様でした。秘密の同居から始まる再生ラブ
水凪しおん
BL
捏造スキャンダルで全てを失った元トップアイドル・朝比奈湊。絶望の淵で彼に手を差し伸べたのは、フードで顔を隠した謎の男だった。連れてこられたのは、豪華なタワーマンションの一室。「君に再起してほしい」とだけ告げ、献身的に世話を焼く『管理人さん』に、湊は少しずつ心を開いていく。しかし、その男の正体は、今をときめく若手No.1俳優・一ノ瀬海翔だった――。
「君のファンだったんだ」
憧れの存在からの衝撃の告白。クールな仮面の下に隠された、長年の熱烈な想い。
絶望から始まる、再生と愛の物語。失われたステージの光を、二人は取り戻せるのか。