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第8話「君は君だ」
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転移魔法が成功し、アシュレイとシルヴァン(カイ)が辿り着いたのは、学園にあるアシュレイの自室だった。制御が不完全だったため、部屋の中は着地の衝撃でめちゃくちゃになっていたが、そんなことはどうでもよかった。
アシュレイはぐったりとしたシルヴァンを慎重にベッドに横たえる。聖獣の姿のままだが、その傷はあまりにも深い。純白の毛並みが、おびただしい量の血で赤黒く染まっている。
「カイ……しっかりしろ、カイ!」
アシュレイは持っていた最高級のポーションを全て傷口に振りかけ、治癒魔法をかけ続けた。幸い、聖獣の身体は回復力が高く、致命傷には至らなかったようだ。だが、意識は戻らない。
アシュレイは、ずぶ濡れになったタオルで、血に汚れたカイの身体を優しく拭いてやった。
こんなことになるまで、なぜ気づいてやれなかったのだろう。
夜の森で会っていたシロ。その金色の瞳は、カイの瞳と全く同じ色だった。アシュレイにだけ懐いていたのも、彼がカイだったからだ。平民でありながら聖剣に選ばれ、貴族社会で戦う彼が、どれほど重い秘密を一人で抱えてきたのか。その孤独な心を癒やしていたのが、自分(が懐いていると思っていたシロ)だったとは。
「……すまない……俺のせいで……」
アシュレイは、眠るカイの頭を撫でながら、後悔と罪悪感に苛まれていた。
どれくらいの時間が経っただろうか。窓の外が白み始めた頃、ベッドの上で身じろぎする気配があった。
見ると、シルヴァンの姿が淡い光に包まれ、徐々に人間の姿へと戻っていく。そして、傷だらけのカイが、ゆっくりと目を開けた。
「……ここは……」
「カイ! よかった、気がついたか!」
アシュレイが安堵の声を上げる。だが、カイはアシュレイの顔を見ると、はっと目を見開き、自分の身体を確認した。そして、全てを悟ったように、その顔から血の気が引いていく。
人ならざる姿を、最も見られたくない相手に見られてしまった。
「……見たのか」
絶望を滲ませた声で、カイが呟いた。
「ああ」
「……軽蔑したか。化け物だと、思ったか」
カイは自嘲するように笑い、心を閉ざしてしまう。誰にも知られてはならない秘密。それを知られた以上、もうここにはいられない。そう言いたげな、拒絶の視線をアシュレイに向けた。
しかし、アシュレイの反応は、カイの予想とは全く違うものだった。
アシュレイは静かにベッドの傍らに膝をつくと、カイの鳶色の瞳を真っ直ぐに見つめて、告げた。
「君がカイであろうと、シロであろうと、君が君であることに変わりはない」
「……な……」
「俺は、君に何度も救われた。シロとして俺の心を癒やしてくれたのも君だ。オーガの一撃から俺を守ってくれたのも、君だ。どちらの君も、俺にとってはかけがえのない存在だ」
アシュレイの言葉に、嘘や偽りは一切なかった。ただ、ありのままの想いだった。
「だから、一人で抱え込むな。君が今まで一人で背負ってきたものを、少しでも俺に分けてくれないか、カイ」
その真っ直ぐな言葉と、変わらぬ優しい眼差しに、カイが必死に築いていた心の壁が、音を立てて溶けていくのを感じた。
気づけば、カイの瞳から大粒の涙が零れ落ちていた。それは、ずっと張り詰めていた心の糸が切れた音だった。
「……俺は……ずっと、怖かった……」
彼は初めて、自分の弱さをアシュレイに見せた。この姿を誰かに知られ、拒絶されるのが怖かったのだと。
アシュレイは黙ってその告白を聞き、涙を拭ってやった。そして、今度は自分が秘密を打ち明ける番だと、覚悟を決めた。
「カイ。俺も、君に話さなければならないことがある。実は俺は――」
アシュレイは、自分が過労死した日本人であり、この世界に転生してきたことを、包み隠さずカイに打ち明けた。
悪役令息として破滅する運命を変えるために、必死だったこと。そんな中で出会ったシロ(カイ)の存在が、唯一の支えだったこと。
互いの最大の秘密を共有した二人の間に、もう隔てるものは何もなかった。
「……そうか。お前も、一人で戦っていたんだな」
カイが、穏やかな声で言った。
「ああ」
アシュレイが頷く。
二人の間には、友情を超えた、確かな絆が生まれていた。夜明けの光が部屋に差し込む中、彼らはただ静かに、互いの存在を確かめ合っていた。それは、孤独だった二つの魂が、初めて一つになった瞬間だった。
アシュレイはぐったりとしたシルヴァンを慎重にベッドに横たえる。聖獣の姿のままだが、その傷はあまりにも深い。純白の毛並みが、おびただしい量の血で赤黒く染まっている。
「カイ……しっかりしろ、カイ!」
アシュレイは持っていた最高級のポーションを全て傷口に振りかけ、治癒魔法をかけ続けた。幸い、聖獣の身体は回復力が高く、致命傷には至らなかったようだ。だが、意識は戻らない。
アシュレイは、ずぶ濡れになったタオルで、血に汚れたカイの身体を優しく拭いてやった。
こんなことになるまで、なぜ気づいてやれなかったのだろう。
夜の森で会っていたシロ。その金色の瞳は、カイの瞳と全く同じ色だった。アシュレイにだけ懐いていたのも、彼がカイだったからだ。平民でありながら聖剣に選ばれ、貴族社会で戦う彼が、どれほど重い秘密を一人で抱えてきたのか。その孤独な心を癒やしていたのが、自分(が懐いていると思っていたシロ)だったとは。
「……すまない……俺のせいで……」
アシュレイは、眠るカイの頭を撫でながら、後悔と罪悪感に苛まれていた。
どれくらいの時間が経っただろうか。窓の外が白み始めた頃、ベッドの上で身じろぎする気配があった。
見ると、シルヴァンの姿が淡い光に包まれ、徐々に人間の姿へと戻っていく。そして、傷だらけのカイが、ゆっくりと目を開けた。
「……ここは……」
「カイ! よかった、気がついたか!」
アシュレイが安堵の声を上げる。だが、カイはアシュレイの顔を見ると、はっと目を見開き、自分の身体を確認した。そして、全てを悟ったように、その顔から血の気が引いていく。
人ならざる姿を、最も見られたくない相手に見られてしまった。
「……見たのか」
絶望を滲ませた声で、カイが呟いた。
「ああ」
「……軽蔑したか。化け物だと、思ったか」
カイは自嘲するように笑い、心を閉ざしてしまう。誰にも知られてはならない秘密。それを知られた以上、もうここにはいられない。そう言いたげな、拒絶の視線をアシュレイに向けた。
しかし、アシュレイの反応は、カイの予想とは全く違うものだった。
アシュレイは静かにベッドの傍らに膝をつくと、カイの鳶色の瞳を真っ直ぐに見つめて、告げた。
「君がカイであろうと、シロであろうと、君が君であることに変わりはない」
「……な……」
「俺は、君に何度も救われた。シロとして俺の心を癒やしてくれたのも君だ。オーガの一撃から俺を守ってくれたのも、君だ。どちらの君も、俺にとってはかけがえのない存在だ」
アシュレイの言葉に、嘘や偽りは一切なかった。ただ、ありのままの想いだった。
「だから、一人で抱え込むな。君が今まで一人で背負ってきたものを、少しでも俺に分けてくれないか、カイ」
その真っ直ぐな言葉と、変わらぬ優しい眼差しに、カイが必死に築いていた心の壁が、音を立てて溶けていくのを感じた。
気づけば、カイの瞳から大粒の涙が零れ落ちていた。それは、ずっと張り詰めていた心の糸が切れた音だった。
「……俺は……ずっと、怖かった……」
彼は初めて、自分の弱さをアシュレイに見せた。この姿を誰かに知られ、拒絶されるのが怖かったのだと。
アシュレイは黙ってその告白を聞き、涙を拭ってやった。そして、今度は自分が秘密を打ち明ける番だと、覚悟を決めた。
「カイ。俺も、君に話さなければならないことがある。実は俺は――」
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互いの最大の秘密を共有した二人の間に、もう隔てるものは何もなかった。
「……そうか。お前も、一人で戦っていたんだな」
カイが、穏やかな声で言った。
「ああ」
アシュレイが頷く。
二人の間には、友情を超えた、確かな絆が生まれていた。夜明けの光が部屋に差し込む中、彼らはただ静かに、互いの存在を確かめ合っていた。それは、孤独だった二つの魂が、初めて一つになった瞬間だった。
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