5 / 14
第4話「恋のライバルは、やっかいな貴公子」
僕とカイの関係は、学院内で完全に「異質なもの」として定着していた。学院一の優等生が、出来の悪い劣等生に付きっきりで世話を焼いている。その光景は多くの生徒、特にカイに憧れる者たちにとっては面白くないことこの上ないらしかった。そして、その不満の矛先は当然のように僕へと向けられた。
その筆頭格が、ゼノン・アークライトだった。彼は高名な公爵家の嫡男で、カイに次ぐ実力者と目されているプライドの高い男だ。カイに対して強いライバル心を燃やしており、何かにつけて張り合っていた。
「おい、劣等生」
その日も、僕が一人で図書館に向かっていると、ゼノンが取り巻きを連れて行く手を塞いだ。僕は面倒なことになった、と内心で舌打ちする。
「カイ様は、お前のような出来損ないのそばにいてやるほど暇ではないはずだ。一体、どんな汚い手を使ってあの方をたぶらかした?」
ゼノンの目は、僕を汚物でも見るかのように冷え切っていた。彼の言葉は、僕が心の奥底で感じていた不安そのものだった。そうだ、僕なんかといてもカイにとっては何の得もない。むしろ、彼の評価を落とすだけだ。
「……別に、たぶらかしたりしてない」
「ほう、しらばっくれる気か。いいだろう。ならば、力ずくで思い出させてやる。お前がどれだけカイ様に不釣り合いな存在であるかをな!」
ゼノンが杖を構え、その切っ先から魔力の光がほとばしる。まずい、と思った瞬間、僕の腕がぐいと引かれ、背中が誰かの硬い胸板にぶつかった。
「俺の婚約者に、何か用か?」
背後から聞こえたのは、氷のように冷たいカイの声だった。いつの間にか現れた彼は、僕を背中にかばうようにしてゼノンの前に立ちはだかっていた。その肩は広く、僕からはゼノンの姿が完全に見えなくなる。
「カイ様……! なぜこのような男をかばうのですか! こいつはあなたの名誉を汚すだけの存在だ!」
「俺の名誉を汚すかどうかは、俺が決めることだ。君ではない」
カイの声には一切の感情が乗っていない。それが逆に、彼の静かな怒りを物語っていた。
「アキトは、俺が選んだ人間だ。彼への侮辱は、俺への侮辱と見なす。それでも続けるというのなら、相応の覚悟をしてもらう」
カイが一歩前に出ると、ゼノンと彼の取り巻きたちが気圧されたように後ずさった。普段は穏やかなカイが見せる圧倒的な覇気。それは実力と自信に裏打ちされた、王者の風格だった。
ゼノンは悔しそうに顔を歪め、唇を噛んだ。
「……覚えていろ、劣等生」
彼は僕を睨みつけ、捨て台詞を残してその場を去っていった。
嵐が去った後、カイがゆっくりとこちらを振り返った。その顔にはもう怒りの色はなかった。代わりに、心配そうな表情で僕の顔を覗き込んでくる。
「怪我はなかったか、アキト」
「……うん。ありがとう、助かった」
僕は俯きながら、かろうじてそれだけを言った。彼が助けてくれたことは嬉しい。けれどそれ以上に、ゼノンの言葉が重く心にのしかかっていた。
「僕、やっぱりあんたの迷惑になってる」
僕がそう言うと、カイは眉をひそめた。
「なぜそう思う」
「だって、今の見たろ? 僕といるせいで、あんたまで悪く言われるんだ。僕なんかと関わらない方が……」
「黙れ」
僕の言葉を遮ったのは、静かだが有無を言わせぬ強い口調だった。僕は驚いて顔を上げる。カイは、見たこともないほど真剣な顔で僕を見つめていた。
「いいか、アキト。誰が何を言おうと関係ない。君のそばにいると決めたのは俺だ。他の誰の許可も必要ない。迷惑だなんて、二度と言うな」
彼の青い瞳が、僕の心の奥まで見透かすように射抜く。その視線から、僕は逃れることができなかった。
「でも……」
「でも、じゃない。俺は、君がいいんだ。君じゃなきゃ、だめなんだ」
それは、まるで告白のようだった。あまりにも真っ直ぐな言葉に、僕の心臓が大きく跳ねる。顔に熱が集まっていくのが分かる。
カイは、僕が何も言えずにいると、ふっと表情を和らげ困ったように微笑んだ。
「……すまない。少し、熱くなった」
彼はそう言って、僕の頭を優しく撫でた。大きな手のひらが、僕の髪をくしゃりと掻き混ぜる。その感触が、なぜかひどく心地よかった。
「さあ、行こう。図書館だったな。俺も付き合う」
彼は当たり前のように僕の隣に並んで歩き出す。僕はまだ心臓がうるさいまま、彼の半歩後ろをついて歩いた。
カイは、僕を守ってくれた。誰に何を言われようと、僕のそばにいると断言してくれた。僕じゃなきゃだめだと、言ってくれた。
その言葉が、僕の胸の中で何度も反響する。自己肯定感なんてほとんど持ち合わせていなかった僕の心に、カイの言葉が温かい光を灯していく。
ゼノンのような人間がいる限り、これからも嫌な思いをすることはあるだろう。僕がカイの隣にいることを快く思わない人間はたくさんいる。でも、それでもいいのかもしれない。カイが僕を選んでくれたのだから。
僕も、彼の隣にいたい。初めて、心の底からそう思った。
僕の中でカイへの感情が、また一つ名前のない形へと変わっていく。それは友情や感謝だけでは説明できない、もっと甘くて少しだけ切ない感情だった。カイの横顔を見つめながら、僕はその正体に気づかないふりをして、ゆっくりと彼との歩幅を合わせた。
その筆頭格が、ゼノン・アークライトだった。彼は高名な公爵家の嫡男で、カイに次ぐ実力者と目されているプライドの高い男だ。カイに対して強いライバル心を燃やしており、何かにつけて張り合っていた。
「おい、劣等生」
その日も、僕が一人で図書館に向かっていると、ゼノンが取り巻きを連れて行く手を塞いだ。僕は面倒なことになった、と内心で舌打ちする。
「カイ様は、お前のような出来損ないのそばにいてやるほど暇ではないはずだ。一体、どんな汚い手を使ってあの方をたぶらかした?」
ゼノンの目は、僕を汚物でも見るかのように冷え切っていた。彼の言葉は、僕が心の奥底で感じていた不安そのものだった。そうだ、僕なんかといてもカイにとっては何の得もない。むしろ、彼の評価を落とすだけだ。
「……別に、たぶらかしたりしてない」
「ほう、しらばっくれる気か。いいだろう。ならば、力ずくで思い出させてやる。お前がどれだけカイ様に不釣り合いな存在であるかをな!」
ゼノンが杖を構え、その切っ先から魔力の光がほとばしる。まずい、と思った瞬間、僕の腕がぐいと引かれ、背中が誰かの硬い胸板にぶつかった。
「俺の婚約者に、何か用か?」
背後から聞こえたのは、氷のように冷たいカイの声だった。いつの間にか現れた彼は、僕を背中にかばうようにしてゼノンの前に立ちはだかっていた。その肩は広く、僕からはゼノンの姿が完全に見えなくなる。
「カイ様……! なぜこのような男をかばうのですか! こいつはあなたの名誉を汚すだけの存在だ!」
「俺の名誉を汚すかどうかは、俺が決めることだ。君ではない」
カイの声には一切の感情が乗っていない。それが逆に、彼の静かな怒りを物語っていた。
「アキトは、俺が選んだ人間だ。彼への侮辱は、俺への侮辱と見なす。それでも続けるというのなら、相応の覚悟をしてもらう」
カイが一歩前に出ると、ゼノンと彼の取り巻きたちが気圧されたように後ずさった。普段は穏やかなカイが見せる圧倒的な覇気。それは実力と自信に裏打ちされた、王者の風格だった。
ゼノンは悔しそうに顔を歪め、唇を噛んだ。
「……覚えていろ、劣等生」
彼は僕を睨みつけ、捨て台詞を残してその場を去っていった。
嵐が去った後、カイがゆっくりとこちらを振り返った。その顔にはもう怒りの色はなかった。代わりに、心配そうな表情で僕の顔を覗き込んでくる。
「怪我はなかったか、アキト」
「……うん。ありがとう、助かった」
僕は俯きながら、かろうじてそれだけを言った。彼が助けてくれたことは嬉しい。けれどそれ以上に、ゼノンの言葉が重く心にのしかかっていた。
「僕、やっぱりあんたの迷惑になってる」
僕がそう言うと、カイは眉をひそめた。
「なぜそう思う」
「だって、今の見たろ? 僕といるせいで、あんたまで悪く言われるんだ。僕なんかと関わらない方が……」
「黙れ」
僕の言葉を遮ったのは、静かだが有無を言わせぬ強い口調だった。僕は驚いて顔を上げる。カイは、見たこともないほど真剣な顔で僕を見つめていた。
「いいか、アキト。誰が何を言おうと関係ない。君のそばにいると決めたのは俺だ。他の誰の許可も必要ない。迷惑だなんて、二度と言うな」
彼の青い瞳が、僕の心の奥まで見透かすように射抜く。その視線から、僕は逃れることができなかった。
「でも……」
「でも、じゃない。俺は、君がいいんだ。君じゃなきゃ、だめなんだ」
それは、まるで告白のようだった。あまりにも真っ直ぐな言葉に、僕の心臓が大きく跳ねる。顔に熱が集まっていくのが分かる。
カイは、僕が何も言えずにいると、ふっと表情を和らげ困ったように微笑んだ。
「……すまない。少し、熱くなった」
彼はそう言って、僕の頭を優しく撫でた。大きな手のひらが、僕の髪をくしゃりと掻き混ぜる。その感触が、なぜかひどく心地よかった。
「さあ、行こう。図書館だったな。俺も付き合う」
彼は当たり前のように僕の隣に並んで歩き出す。僕はまだ心臓がうるさいまま、彼の半歩後ろをついて歩いた。
カイは、僕を守ってくれた。誰に何を言われようと、僕のそばにいると断言してくれた。僕じゃなきゃだめだと、言ってくれた。
その言葉が、僕の胸の中で何度も反響する。自己肯定感なんてほとんど持ち合わせていなかった僕の心に、カイの言葉が温かい光を灯していく。
ゼノンのような人間がいる限り、これからも嫌な思いをすることはあるだろう。僕がカイの隣にいることを快く思わない人間はたくさんいる。でも、それでもいいのかもしれない。カイが僕を選んでくれたのだから。
僕も、彼の隣にいたい。初めて、心の底からそう思った。
僕の中でカイへの感情が、また一つ名前のない形へと変わっていく。それは友情や感謝だけでは説明できない、もっと甘くて少しだけ切ない感情だった。カイの横顔を見つめながら、僕はその正体に気づかないふりをして、ゆっくりと彼との歩幅を合わせた。
あなたにおすすめの小説
魔王さまのヒミツ♡
黒木 鳴
BL
歴代最年少で魔王の地位に就いたレイには隠し通さなければならない秘密がある。それは……「魔王もうやだぁぁぁ~~!!下剋上こわいよぉぉぉーーー!!!」その実態が泣き虫ポンコツ魔王だということ。バレれば即・下剋上を挑まれることは必至!なので先々代の魔王を父に持ち、悪魔公爵ジェラルドが膝を折ったという2枚看板を武器にクールな魔王を演じている。だけどその実力を疑う者たちも出てきて……?!果たしてレイの運命は……?!溺愛腹黒系悪魔×初心な小悪魔系吸血鬼。お茶目なパパんも大活躍!!
台風の目はどこだ
あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。
政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。
そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。
✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台
✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました)
✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様
✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様
✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様
✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様
✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。
✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)
拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?
ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。
ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。
そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。
あなたのいちばんすきなひと
名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。
ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。
有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。
俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。
実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。
そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。
また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。
自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は――
隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。
転生場所は嫌われ所
あぎ
BL
会社員の千鶴(ちずる)は、今日も今日とて残業で、疲れていた
そんな時、男子高校生が、きらりと光る穴へ吸い込まれたのを見た。
※
※
最近かなり頻繁に起こる、これを皆『ホワイトルーム現象』と読んでいた。
とある解析者が、『ホワイトルーム現象が起きた時、その場にいると私たちの住む現実世界から望む仮想世界へ行くことが出来ます。』と、発表したが、それ以降、ホワイトルーム現象は起きなくなった
※
※
そんな中、千鶴が見たのは何年も前に消息したはずのホワイトルーム現象。可愛らしい男の子が吸い込まれていて。
彼を助けたら、解析者の言う通りの異世界で。
16:00更新
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
楽な片恋
藍川 東
BL
蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。
ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。
それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……
早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。
ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。
平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。
高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。
優一朗のひとことさえなければ…………