借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん

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エピローグ「箱庭のつぐみは愛を知る」

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 あれから五年という歳月が流れた。
 久遠の屋敷の西の庭園は今や近所でも評判の美しい庭になっていた。季節ごとに色とりどりの花が咲き乱れ、そこにはいつも穏やかな笑い声が響いている。

「パパ、見て!ちょうちょさん!」

 小さな手がひらひらと舞うモンシロチョウを指さす。その声に庭で花の手入れをしていた伊織は優しい笑みで振り返った。

「本当だね、湊(みなと)。綺麗だね」

 湊。それは伊織と征四郎の間に生まれたαの男の子だった。征四郎譲りの黒い髪と伊織によく似た大きな瞳を持つ、天使のように愛らしい子供。
 三年前、伊織が湊を身ごもったと知った時の征四郎の喜びようは、大変なものだった。
 あの冷静沈着な男が子供のように目を輝かせ、伊織を壊れ物のように扱った。その姿は今でも屋敷の者たちの語り草になっている。

「こら、湊。あまり走り回ると転ぶぞ」

 書斎の窓から征四郎の父親としての優しい声が飛んでくる。彼は最近できるだけ仕事を早く切り上げて家で過ごす時間を大切にしていた。窓辺に立ち庭で遊ぶ伊織と湊を眺めるのが、彼にとって何よりの癒しの時間らしかった。

 湊は征四郎の声にきゃっきゃっと笑いながら伊織の足元に駆け寄ってしがみついた。

「ママ、パパが呼んでる!」

「ふふ、そうみたいだね」

 伊織は湊の小さな手を引いて征四郎が待つ書斎へと向かった。

 書斎に入ると征四郎は伊織と湊を大きな腕でまとめて抱きしめた。

「おかえり、二人とも」

「ただいま戻りました、あなた」

「パパ、ただいま!」

 家族三人の温かい時間。それは伊織にとってかつては想像すらできなかった幸せの形だった。

「征四郎さん、見てください。今日新しいバラの蕾が開いたんです。とても綺麗なクリーム色で……」

 伊織が今日の庭での出来事を話すと、征四郎は相槌を打ちながら愛おしそうに伊織の髪を撫でた。湊はそんな二人の間で幸せそうに目を細めている。
 何気ない日常の風景。しかしそのすべてが愛に満ち溢れていた。

 夜、湊を寝かしつけた後、二人は寝室のバルコニーで星空を眺めていた。伊織は征四郎の胸にそっと寄りかかる。

「……不思議です」

 伊織がぽつりと呟いた。

「何がだ?」

「私が初めてこの屋敷に来た日のことを時々思い出すんです。あの頃はこんな未来が来るなんて夢にも思っていませんでした」

 あの日の冷たい雨。孤独と絶望。それに比べ今の自分はなんて幸せなのだろう。

「俺もだ」

 征四郎が静かに言った。

「君と出会う前の俺はただ息をしているだけの抜け殻のようなものだった。君が俺に、もう一度生きる意味を教えてくれた」

 彼は伊織の肩を抱く腕に力を込めた。

「俺の、つぐみ」

 それは初めて会った日に彼が伊織に付けた呼び名。しかし今その響きは全く違う意味を持っていた。

「君はもう箱庭の鳥じゃない。この広い世界へ自由に羽ばたいていける。そして疲れた時にはいつでもこの腕の中へ帰ってくればいい」

 伊織は彼の胸に顔をうずめた。温かい涙が頬を伝う。

「……はい」

 箱庭のつぐみはもういない。
 ここにいるのは愛を知り愛する家族に囲まれ、広い空の下で幸せにさえずる一羽の鳥。
 そしてその隣には彼だけを永遠に愛し続ける優しい帝王がいる。

「愛しているよ、伊織。これからも、ずっと」

「私もです、征四郎さん。永遠に」

 星空の下、二人は静かに唇を重ねた。それはこれからも続いていく幸せな物語の、ほんの一ページに過ぎなかった。
 彼らの愛のメロディはこれからも久遠の屋敷に優しく温かく響き渡っていくのだろう。永遠に。
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