記憶喪失のふりをしていた最強α騎士、敵国のΩ医師と番になり祖国の陰謀を暴く

水凪しおん

文字の大きさ
4 / 11

第3話「忍び寄る帝国の影と逃避行の始まり」

しおりを挟む
 運命の番となってから、カインとリンの関係は目に見えて変わった。これまで二人の間にあった見えない壁は消え去り、互いを求める気持ちに正直になった。それは言葉にしなくとも、交わす視線や触れ合う指先から、痛いほどに伝わってきた。カインは、リンの隣で目覚める朝に、これまで感じたことのない幸福感と安らぎを覚えていた。戦うためだけに存在していた自分が、誰かを愛し、守りたいと心から願う。そんな人間らしい温かい感情が、凍てついていた彼の心を少しずつ満たしていった。
(このまま、時が止まればいい)
 もう、ガルム帝国の騎士カイン・アークライトに戻る必要はない。このまま一人の男「アッシュ」として、愛する番の隣で生きていきたい。カインの心には、そんな甘い願いが芽生え始めていた。
 しかし、現実は彼に安住の地を与えてはくれなかった。夜、リンの寝顔を見つめながら、カインは故国に残してきた親友、レオの顔を思い浮かべた。自分が死んだと思っているだろうか。それとも、まだ自分を探してくれているだろうか。そして、終わりの見えない戦争の現実が、彼に騎士としての使命と責任を冷酷に思い出させた。この偽りの平穏は、いつか必ず終わりが来る。

 その頃、ガルム帝国の帝都では、宰相ゲルハルト・フォン・ベルクの扇動によって、反シルヴァニア感情がかつてないほど高まりを見せていた。
「英雄カイン・アークライト殿の失踪は、シルヴァニアによる卑劣な奇襲、拉致に他ならない!我々は、この屈辱に断固として報復せねばならぬ!」
 議会でそう演説するゲルハルトの言葉に、貴族や民衆は熱狂した。主戦派であるゲルハルトにとって、平和を望む声も多かったカインの不在は、戦争を継続し、私腹を肥やすための絶好の機会だったのだ。彼はシルヴァニアへの総攻撃を皇帝に進言し、着々とその準備を進めていた。
 しかし、黒獅子騎士団を引き継いだレオ・シュタイナーは、その公式発表に強い違和感を覚えていた。
「団長が、あのような初歩的な罠に、やすやすとかかるはずがない……」
 カインの能力を誰よりも知るレオは、あの日の撤退命令を無視したカインの行動そのものに、何か不可解な点を感じていた。まるで、何かに誘い込まれるように、敵陣の奥深くへと進んでいったように見えたのだ。レオは、カインが何者かによって意図的に陥れられたのではないかという疑念を抱き、信頼できる部下と共に、独自の調査を開始していた。親友の無念を晴らすため、そして、その生存を信じて。

 穏やかなシルヴァニアの村にも、帝国の影は静かに、しかし確実に忍び寄っていた。ある日の昼下がり、村の入り口がにわかに騒がしくなった。カインが何事かと様子をうかがうと、そこにはガルム帝国の紋章を掲げた一団の姿があった。黒い鎧に身を包んだ彼らは、間違いなく帝国の兵士だ。
「この辺りで、黒獅子騎士団の団長らしき男を見なかったか!銀髪に、蒼い瞳のアルファだ!」
 捜索隊の隊長らしき男が、村長に威圧的に問いかける。村人たちの間に緊張が走った。彼らの視線が、おずおずと診療所の方へと向けられる。カインがこの村に来てからひと月以上。いくら風貌が変わったとはいえ、その抜きん出た体躯と鋭い眼光は隠しようもなかった。
(見つかったか……!)
 カインは咄嗟にリンの腕を掴み、診療所の裏手へと隠れた。リンの顔は恐怖で青ざめている。
「アッシュさん……」
 村人たちの囁き声が聞こえてくる。
「あいつだろ、診療所にいる……」
「帝国の騎士様だったのか」
「匿ったりしたら、俺たちまで……」
「帝国に引き渡すべきだ」
 恐怖は、人の心を簡単に蝕む。昨日まで笑顔を交わした村人たちが、今は自分たちを守るためにカインを差し出そうとしていた。それは仕方のないことだと、カインは思った。彼らを責めることはできない。
 捜索隊の兵士たちが、ゆっくりと診療所へ向かってくる。もう、逃げ場はない。カインは、リンだけでも逃がそうと、彼の背中を強く押した。
「リン、お前だけでも逃げろ。俺のことは構うな」
「嫌です!」
 しかし、リンはカインの手を振り払い、彼の前に立ちはだかるようにして叫んだ。
「この人は私の患者です!あなたたちに渡すわけにはいきません!」
 その声は震えていたが、瞳には強い決意の光が宿っていた。医師としての信念が、恐怖に打ち勝ったのだ。カインは胸を突かれた。この期に及んで、まだ自分を守ろうとしてくれるのか。
 兵士たちが嘲るように笑う。
「ほう、敵国の騎士をかばうとは、感心な医者だな。ならば、お前も同罪だ。二人まとめて捕らえろ!」
 兵士たちが、一斉に剣を抜いて迫ってくる。万事休すかと思われたその時、カインはリンの手を強く握りしめた。
「リン、走れ!」
「えっ?」
「俺を信じろ!」
 カインはリンを抱きかかえるようにして、診療所の裏窓から飛び出した。そして、そのまま村の裏手にある森へと向かって、全速力で駆け出す。背後から兵士たちの怒声と追いかけてくる足音が聞こえる。
「逃がすな!追え!」
 敵国の騎士と、彼をかばったオメガの医師。もう、あの穏やかな村に戻ることはできない。カインとリンの、行く末も見えない、愛の逃避行が始まった。鬱蒼とした森の中、二人はただ互いの手の温もりだけを頼りに、闇雲に走り続けた。カインは心に誓う。この腕の中にある温もりだけは、何があっても失わない、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

森で助けた記憶喪失の青年は、実は敵国の王子様だった!? 身分に引き裂かれた運命の番が、王宮の陰謀を乗り越え再会するまで

水凪しおん
BL
記憶を失った王子×森の奥で暮らす薬師。 身分違いの二人が織りなす、切なくも温かい再会と愛の物語。 人里離れた深い森の奥、ひっそりと暮らす薬師のフィンは、ある嵐の夜、傷つき倒れていた赤髪の青年を助ける。 記憶を失っていた彼に「アッシュ」と名付け、共に暮らすうちに、二人は互いになくてはならない存在となり、心を通わせていく。 しかし、幸せな日々は突如として終わりを告げた。 彼は隣国ヴァレンティスの第一王子、アシュレイだったのだ。 記憶を取り戻し、王宮へと連れ戻されるアッシュ。残されたフィン。 身分という巨大な壁と、王宮に渦巻く陰謀が二人を引き裂く。 それでも、運命の番(つがい)の魂は、呼び合うことをやめなかった――。

学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました

こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。

冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。

水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。 国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。 彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。 世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。 しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。 孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。 これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。 帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。 偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。

氷の死神αと余命宣告五年の悪役令息

ミカン
BL
悪役令息Ωと噂されているミアンが死神と呼ばれる戦狂αと噂されているダリウスに出会う

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。

水凪しおん
BL
※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。 過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。 「君はもう、頑張らなくていい」 ――それは、運命の番との出会い。 圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。 理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!

処理中です...