「地味すぎる」と暗殺ギルドをクビになった俺。夢だった喫茶店を開いたら、謎の銀髪美青年に毎日通われ口説かれ、気づけば溺愛される

水凪しおん

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第2話「天国を見つけた男」

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 午後の日差しが傾き始めた頃だった。
 今日もお客はゼロかなと諦めかけたその時、ドアベルが澄んだ音を立てた。思わずびくりと肩を揺らしてしまう。俺の店に来客があるなんて開店してから初めてのことだ。

 慌ててカウンターの内側から顔を出すと、そこに立っていたのは場違いなほど美しい男だった。
 陽の光を吸い込んで煌めくような艶やかな銀髪。仕立ての良い上等な服は裏路地の小さな店には不釣り合いなほど高価に見える。なにより目を引いたのはその顔立ちだ。芸術家が魂を込めて作り上げた彫刻のように完璧に整っている。しかし作り物のような冷たさはなく、むしろ人好きのする柔らかな笑みを浮かべていた。

「こんにちは。……営業、しているかい?」

 どこか楽しげな心地よく響く声だった。紫水晶を思わせる瞳が興味深そうに店内を見回している。

「は、はい、どうぞ」

 我に返った俺は緊張で少し上ずった声で答えた。男はにこりと笑うとすっとカウンターの一番端の席に腰を下ろした。

「いい店だね。静かで落ち着く」

「あ、ありがとうございます」

「それにすごくいい香りがする。君が淹れているのかい?」

「ええ、まあ……」

 しどろもどろにメニューを差し出すが、彼は目もくれず紫の瞳で俺をじっと見つめてきた。なんだか値踏みされているような気分になり居心地が悪い。

「ブレンドを一つお願いしようかな」

「……かしこまりました」

 俺は深呼吸をして気持ちを落ち着けた。客は客だ。どんな相手だろうと最高のコーヒーを出す。それが俺の店の信条だ。
 豆の入った瓶を取り出し手動のミルでゆっくりと挽いていく。ゴリ、ゴリという硬質な音が静かな店内に響き渡る。香ばしい匂いがふわりと立ち上り俺自身の緊張も少しずつほぐれていくようだった。

 男は何も言わずただうっとりとした表情で俺の手元を見つめている。その視線が気になって仕方ないが今は集中するべきだ。
 細口のポットから細く静かに湯を注ぐ。コーヒーの粉が呼吸するようにゆっくりと膨らみ、きめ細やかな泡が盛り上がっていく。最後の一滴まで丁寧に抽出し温めておいたカップにそっと注いだ。

「お待たせしました。木漏れ日ブレンドです」

 カウンター越しにカップを差し出すと男は「ありがとう」と微笑んでそれを受け取った。そしてまずカップを両手で包み込むように持ち、立ち上る湯気の香りを深く吸い込んだ。

「……ああ、素晴らしい香りだ」

 陶然とした表情でつぶやくと彼はゆっくりとカップを口元へ運んだ。こくりと喉が動く。どんな感想が返ってくるのか心臓が妙に速く打つのを感じた。
 一口飲んだ彼はぴたりと動きを止めた。そして大きく目を見開いたまま数秒間固まっていた。

 何かまずかっただろうか。口に合わなかったのかもしれない。
 俺は不安になって思わず声をかけようとした。その瞬間。

「……はぁ……」

 深く甘いため息が彼の口から漏れた。その表情は先ほどの陶然としたものとは違う。まるで長年探し求めていた宝物を、ついに見つけ出したかのような歓喜と感動に満ちていた。

「……信じられない。こんなコーヒーは初めてだ」

 彼は震える声でそう言うともう一口また一口と、味わうようにゆっくりとコーヒーを飲み進めていく。その所作の一つ一つがまるで舞台俳優のように優雅だった。

「この深いコクとすっきりとした後味。鼻に抜ける豊かな香り……まるで計算され尽くした芸術品だ。いやそれ以上だ。これは……そう、天国がここにあったとは」

 大げさな、と俺は思った。だが彼の言葉に嘘や追従の色は見られない。心の底からそう感じているのが伝わってくる。
 あっという間にカップを空にした彼は名残惜しそうにカップをソーサーに戻すと、まっすぐに俺を見つめた。

「素晴らしい一杯をありがとう。私の名前はクロード。これから毎日通わせてもらうよ」

「え……毎日、ですか?」

「ああ、もちろんだとも。こんな天国を独り占めできるならどんな対価も惜しくない」

 クロードと名乗った男はいたずらっぽく片目をつむいだ。
 彼の言葉の意味を俺はまだ理解できずにいた。
 ただこの日から俺の穏やかで静かすぎた日常が、少しずつしかし確実に変わり始めたことだけは確かだった。
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