「地味すぎる」と暗殺ギルドをクビになった俺。夢だった喫茶店を開いたら、謎の銀髪美青年に毎日通われ口説かれ、気づけば溺愛される

水凪しおん

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第8話「お守りの銀のベル」

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 俺の日常は相変わらず穏やかに過ぎていた。
 毎朝豆を焙煎する香りで目覚めカウンターを磨き、その日最初のコーヒーを自分で味わう。昼間はクロードと他愛もない話をしながら時折訪れる数少ない客にコーヒーを淹れる。そんな何でもない一日一日が俺にとってはかけがえのない宝物だった。

 クロードは俺の過去についてそれ以上深く探ろうとはしなかった。ただ彼の視線は以前よりも優しさと、そしてどこか慈しむような色を帯びるようになった気がする。その視線に気づくたび俺の心臓は少しだけ速く鼓動した。

「レン、これを君にあげよう」

 ある雨の日の午後、クロードが小さな包みをカウンターの上に置いた。客は俺たち二人だけ。店の窓を濡らす雨音がBGMのように静かに響いていた。
 包みを開けると中から出てきたのは手のひらに収まるほどの小さな銀のベルだった。繊細な彫刻が施された美しい工芸品だ。

「ベル、ですか?」

「ああ、お守りのようなものだと思ってくれ」

 クロードはそう言って悪戯っぽく微笑んだ。

「もし君の身に何かあった時……本当に困ったことが起きたらこれを鳴らすといい。そうすれば私が必ず君の元へ駆けつけよう」

「駆けつけるって……クロードさんが?」

 俺は思わず聞き返した。彼の言葉はまるでおとぎ話のように聞こえた。この小さなベルを鳴らしただけで彼が助けに来てくれるなんて信じがたい。

「ああ。どんな場所にいてもどんな時でも。このベルの音は私にだけは届くようにできているんだ」

 彼の紫の瞳は冗談を言っているようには見えなかった。真剣でそして静かな力強さを感じさせる。
 俺は戸惑った。彼からこんなに高価そうなものを受け取るわけにはいかない。それに彼に頼るような事態なんてそうそう起こるはずがない。俺は自分の身くらい自分で守れる。

「そんな……大げさですよ。それにこんな素敵なもの、俺にはもったいないです」

 俺が断ろうとするとクロードは俺の手をそっと取り、その手のひらの上にベルを乗せた。彼の指先が触れた場所がじんと熱を持つ。

「君がもったいなくないものなんてこの世には存在しないよ、レン。これは君にこそふさわしい」

 彼は俺の手を自分の両手で優しく包み込んだ。

「お願いだ、受け取ってほしい。これは私のわがままだ。君が無事でいてくれることが私の何よりの願いなのだから」

 真摯な眼差しと懇願するような声。その熱意に俺は何も言えなくなってしまった。
 ただ彼の温かい手に包まれたまま静かにうなずくことしかできなかった。

「……ありがとうございます。大切にします」

 俺がそう言うとクロードは心から安堵したようにふわりと微笑んだ。その笑顔は今まで見たどんな笑顔よりも優しく、そして少しだけ切なそうに見えた。

 俺はその銀のベルをカウンターの隅にある小さな棚にそっと置いた。キラリと光を反射するベルは薄暗い店内を少しだけ明るく照らしているようだった。
 使うことなんてきっとないだろう。
 そう思いながらもそのベルがそこにあるというだけで不思議と心が温かくなるのを感じた。

 クロードの正体もその目的もまだ何も分からない。
 けれどこの人だけは俺の全てを受け入れてそばにいてくれるのではないか。そんな淡い期待がコーヒーの湯気のように、ゆっくりとしかし確実に俺の心の中に立ち上り始めていた。
 二人の間に流れる時間は雨音に溶け込むように静かで穏やかだった。
 その静寂が嵐の前の静けさであることに俺たちはまだ気づいていなかった。
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