「地味すぎる」と暗殺ギルドをクビになった俺。夢だった喫茶店を開いたら、謎の銀髪美青年に毎日通われ口説かれ、気づけば溺愛される

水凪しおん

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第7話「地に落ちた牙」

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 その頃俺が去った暗殺ギルド「黒曜の牙」は深刻な経営不振に陥っていた。
 薄暗いギルドの談話室には重苦しい沈黙が漂っている。マスターであるヴォルフは不機嫌を隠そうともせず、机に置かれた報告書の山を忌々しげに睨みつけていた。

「また失敗だと! どうなっているんだ!」

 ヴォルフの怒声が響き渡る。報告に来た暗殺者の一人がびくりと肩を震わせた。

「も、申し訳ありません! ターゲットの屋敷は警備が異常に固く近づくことすら……」

「言い訳は聞きたくない! それで後釜に据えた『紅蓮』はどうした! あいつの派手な炎の魔法なら警備など焼き尽くせると豪語していただろうが!」

「そ、それが……派手にやりすぎて衛兵に囲まれ命からがら逃げ帰ってきたとのことです……」

 ヴォルフはこめかみを押さえ奥歯をギリリと噛み締めた。
 レンを追い出して新しく雇った「華のある」暗殺者たち。彼らは確かに見た目は派手で人目を引くスキルを持っていた。だがことごとく実戦では役に立たなかった。
 彼らのスキルはあまりに目立ちすぎるのだ。暗殺という隠密行動が基本の任務においてそれは致命的な欠点だった。

 レンがいた頃は違った。
 彼のスキル【朧】は地味で全く見栄えがしなかった。だがその効果は絶大だった。どんな厳重な警備網も彼にかかれば無いのと同じ。まずレンが潜入して内部の情報を詳細に調べ上げ、警備の穴や敵の配置を完璧に把握する。その手引きがあって初めて他の暗殺者たちが安全かつ確実に任務を遂行できていたのだ。
 ギルドの成功はほとんどがレンという目立たない土台の上に成り立っていた。その事実にヴォルフは今更ながら気づき始めていた。

「くそっ……あの地味な男がいなくなってから何もかもうまくいかない……」

 ぼそりとつぶやかれた言葉を部下は聞き逃さなかった。

「マスター、やはりレンを呼び戻した方が……」

「馬鹿を言え!」

 ヴォルフは机を強く叩いた。

「俺が一度クビにした男に頭を下げて戻ってこいなどと言えるか! ギルドの沽券に関わる!」

 自身の判断ミスを認めることができない。そのプライドがヴォルフをさらに頑なにさせていた。
 レンがいなくてもギルドは回る。いや、回してみせる。その思い込みだけが彼の心を支えていた。
 だが現実は非情だ。高難易度の任務は次々と失敗に終わりギルドの評判は地に落ちた。依頼の数は激減し収入もそれに伴って減少の一途をたどっている。腕利きの暗殺者の中には見切りをつけてギルドを去っていく者も出始めた。

「こうなったら一発逆転の大物を狙うしかない……」

 追い詰められたヴォルフは壁に貼られた高額依頼の一枚に目をつけた。
 それは国家転覆を企んでいると噂されるとある大貴族の暗殺依頼。成功すれば莫大な報酬と名誉が手に入るが、失敗すればギルドそのものが潰されかねない危険な賭けだった。
 警備は王城に匹敵すると言われている。普通に考えれば今の「黒曜の牙」に成功の見込みは万に一つもなかった。

 だがヴォルフはもはや正常な判断力を失っていた。

「この仕事さえ成功させれば……ギルドは息を吹き返す。俺の名声も地に落ちることはない」

 彼の脳裏に静かで感情の読めないレンの顔が浮かんだ。
 そうだ、全ての元凶はあの地味で華のない男だ。あいつが俺の判断を狂わせた。あいつさえいればこんなことにはならなかった。
 歪んだ思考はいつしかレンに対する逆恨みへと変わっていく。

「……そうだ。あいつを連れ戻せばいい」

 ヴォルフの口元に狂気じみた笑みが浮かんだ。

「力ずくでだ。あいつはギルドの道具なんだ。俺の言うことを聞いていればいい。もし抵抗するなら……」

 ヴォルフの目は獲物を見つけた獣のようにギラリと暗い光を放った。

「あいつが大事にしているらしいあの小綺麗な店ごと、潰してやればいい」

 破滅の足音は静かに、だが確実に裏路地の小さな喫茶店へと近づきつつあった。
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