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番外編「守護者たちの井戸端会議」
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喫茶店「木漏れ日」の隅、最も目立たないテーブル席。
そこはクロード王子付きの護衛レオンとカイの指定席だった。彼らの任務は王子を護衛すること。そして王子が入り浸るこの店とその店主であるレンをあらゆる脅威から守ることである。
今日も彼らは客を装い静かにコーヒーを飲みながら周囲に鋭い視線を光らせていた。
「……なあ、レオン」
カイがカップを口に運びながらひそやかな声で相棒に話しかけた。生真面目で堅物なレオンは背筋を伸ばしたまま正面のカウンターを見つめている。
「任務中に私語は慎め、カイ」
「そう言うなよ。見てみろよ、あれ」
カイが視線で示した先ではクロード王子がカウンター席で頬杖をつき、うっとりとした表情でレンがコーヒーを淹れる姿を見つめていた。その瞳はもはや恋する乙女のそれである。
「レン、君の手は本当に美しい。まるで優雅に舞う蝶のようだ」
「……そうですか。それより手が滑って豆をこぼしそうなのであまり見つめないでいただけますか」
「照れているのかい? それもまた愛らしい」
繰り広げられる甘い(そして一方的な)やり取りにカイは肩をすくめた。
「王子、完全に骨抜きにされちまってるな。俺たちが護衛する意味あるのかね」
「あるに決まっているだろう」
レオンは表情一つ変えずに答えた。
「我々の任務は物理的な脅威からお二人をお守りすることだけではない。お二人のあの穏やかな時間を誰にも邪魔させないことも重要な任務の一つだ」
「真面目か、お前は」
カイは呆れたようにため息をついた。
「まあ、レン殿の淹れるコーヒーが絶品なのは認めるけどな。これが毎日飲めるなら護衛任務も悪くない」
カイがそう言ってカップを傾けた時、店のドアベルがカランと鳴った。
入ってきたのはいかにも裕福そうな身なりの若い令嬢だった。彼女は店内を見回すとカウンター席にいるクロードの姿を見つけ、ぱあっと顔を輝かせた。
「クロード様! こんなところにいらっしゃったのですね!」
令嬢はクロードの隣の席に当然のように座ると甘い声で話しかけ始めた。どうやらクロードの熱烈な信奉者の一人らしい。
その瞬間カイとレオンは全身の神経を研ぎ澄ませた。
なぜならカウンターの向こう側、レンの周囲の空気がすうっと冷たくなったのを敏感に感じ取ったからだ。
レンは表情こそ変えていない。だがその瞳の奥にほんの一瞬、暗く冷たい光が宿ったのを歴戦の護衛である二人は見逃さなかった。
それは彼がかつて暗殺者であったことを彷彿とさせる氷のような光。
「……いらっしゃいませ。ご注文は?」
レンが令嬢に尋ねる声はいつもより半音ほど低かった。
クロードは迷惑そうな顔を隠そうともせず令嬢の相手を適当にあしらっている。
「ああ、君か。すまないが今はプライベートの時間でね」
「まあ、そんな寂しいことをおっしゃらずに。わたくしクロード様のために腕によりをかけてお菓子を焼いてまいりましたのよ」
令嬢がバスケットから取り出したクッキーを差し出すが、クロードはちらりと見るだけで手を出そうとしない。
「ありがとう。だが私は甘いものはあまり……」
「そんなことありませんわ! あなた様は甘いものがお好きだと伺っております!」
その時だった。
レンがすっとカウンターに一つのカップを置いた。
「お客様。当店の『新月』というブレンドです。サービスですのでどうぞ」
カップから立ち上るのは焦げる一歩手前のような強烈に苦い香り。
「あら、ありがとう。……まあ、なんて苦いのかしら!?」
一口飲んだ令嬢は顔を盛大にしかめた。
「ええ。とても苦いコーヒーです。甘ったるいお菓子を食べた後にはちょうど良いかと」
レンはにこりともせずに言い放った。その言葉には明らかに棘がある。
令嬢はその場の気まずい空気を察したのか、すごすごとクッキーをバスケットに戻し会計を済ませて逃げるように店を出て行った。
嵐が去った店内でクロードがおずおずとレンに話しかける。
「……レン、今のコーヒーは?」
「別に。ただの気まぐれです」
ぷいとそっぽを向くレン。その頬がほんの少しだけ膨れているように見える。
「……もしかして妬いてくれたのかい?」
嬉しそうなクロードの声にレンは「違います」と即答した。だがその耳がほんのり赤い。
その一部始終を見ていた護衛席でカイがぷっと吹き出した。
「おい、レオン。見たかよ、今の。レン殿、めちゃくちゃ嫉妬してたぞ」
「……ああ。クロード様もこれで少しは懲りるだろう」
レオンは先ほどまで見せていた堅物な表情をわずかに緩め、口元に微かな笑みを浮かべていた。
「どうやら俺たちの主な任務はクロード様を物理的な脅威から守ることじゃないらしいな」
「ああ」とレオンはうなずく。「レン殿の嫉妬という最も恐ろしい脅威からクロード様をお守りすること。それが我々の最優先任務のようだ」
二人は顔を見合わせ静かに笑い合った。
主君の恋路は時にどんな危険な任務よりもハラハラさせられる。
だがそんな日常も悪くない。
レオンとカイは今日も絶品のコーヒーを味わいながら二人の甘く香ばしい時間を見守り続けるのだった。
そこはクロード王子付きの護衛レオンとカイの指定席だった。彼らの任務は王子を護衛すること。そして王子が入り浸るこの店とその店主であるレンをあらゆる脅威から守ることである。
今日も彼らは客を装い静かにコーヒーを飲みながら周囲に鋭い視線を光らせていた。
「……なあ、レオン」
カイがカップを口に運びながらひそやかな声で相棒に話しかけた。生真面目で堅物なレオンは背筋を伸ばしたまま正面のカウンターを見つめている。
「任務中に私語は慎め、カイ」
「そう言うなよ。見てみろよ、あれ」
カイが視線で示した先ではクロード王子がカウンター席で頬杖をつき、うっとりとした表情でレンがコーヒーを淹れる姿を見つめていた。その瞳はもはや恋する乙女のそれである。
「レン、君の手は本当に美しい。まるで優雅に舞う蝶のようだ」
「……そうですか。それより手が滑って豆をこぼしそうなのであまり見つめないでいただけますか」
「照れているのかい? それもまた愛らしい」
繰り広げられる甘い(そして一方的な)やり取りにカイは肩をすくめた。
「王子、完全に骨抜きにされちまってるな。俺たちが護衛する意味あるのかね」
「あるに決まっているだろう」
レオンは表情一つ変えずに答えた。
「我々の任務は物理的な脅威からお二人をお守りすることだけではない。お二人のあの穏やかな時間を誰にも邪魔させないことも重要な任務の一つだ」
「真面目か、お前は」
カイは呆れたようにため息をついた。
「まあ、レン殿の淹れるコーヒーが絶品なのは認めるけどな。これが毎日飲めるなら護衛任務も悪くない」
カイがそう言ってカップを傾けた時、店のドアベルがカランと鳴った。
入ってきたのはいかにも裕福そうな身なりの若い令嬢だった。彼女は店内を見回すとカウンター席にいるクロードの姿を見つけ、ぱあっと顔を輝かせた。
「クロード様! こんなところにいらっしゃったのですね!」
令嬢はクロードの隣の席に当然のように座ると甘い声で話しかけ始めた。どうやらクロードの熱烈な信奉者の一人らしい。
その瞬間カイとレオンは全身の神経を研ぎ澄ませた。
なぜならカウンターの向こう側、レンの周囲の空気がすうっと冷たくなったのを敏感に感じ取ったからだ。
レンは表情こそ変えていない。だがその瞳の奥にほんの一瞬、暗く冷たい光が宿ったのを歴戦の護衛である二人は見逃さなかった。
それは彼がかつて暗殺者であったことを彷彿とさせる氷のような光。
「……いらっしゃいませ。ご注文は?」
レンが令嬢に尋ねる声はいつもより半音ほど低かった。
クロードは迷惑そうな顔を隠そうともせず令嬢の相手を適当にあしらっている。
「ああ、君か。すまないが今はプライベートの時間でね」
「まあ、そんな寂しいことをおっしゃらずに。わたくしクロード様のために腕によりをかけてお菓子を焼いてまいりましたのよ」
令嬢がバスケットから取り出したクッキーを差し出すが、クロードはちらりと見るだけで手を出そうとしない。
「ありがとう。だが私は甘いものはあまり……」
「そんなことありませんわ! あなた様は甘いものがお好きだと伺っております!」
その時だった。
レンがすっとカウンターに一つのカップを置いた。
「お客様。当店の『新月』というブレンドです。サービスですのでどうぞ」
カップから立ち上るのは焦げる一歩手前のような強烈に苦い香り。
「あら、ありがとう。……まあ、なんて苦いのかしら!?」
一口飲んだ令嬢は顔を盛大にしかめた。
「ええ。とても苦いコーヒーです。甘ったるいお菓子を食べた後にはちょうど良いかと」
レンはにこりともせずに言い放った。その言葉には明らかに棘がある。
令嬢はその場の気まずい空気を察したのか、すごすごとクッキーをバスケットに戻し会計を済ませて逃げるように店を出て行った。
嵐が去った店内でクロードがおずおずとレンに話しかける。
「……レン、今のコーヒーは?」
「別に。ただの気まぐれです」
ぷいとそっぽを向くレン。その頬がほんの少しだけ膨れているように見える。
「……もしかして妬いてくれたのかい?」
嬉しそうなクロードの声にレンは「違います」と即答した。だがその耳がほんのり赤い。
その一部始終を見ていた護衛席でカイがぷっと吹き出した。
「おい、レオン。見たかよ、今の。レン殿、めちゃくちゃ嫉妬してたぞ」
「……ああ。クロード様もこれで少しは懲りるだろう」
レオンは先ほどまで見せていた堅物な表情をわずかに緩め、口元に微かな笑みを浮かべていた。
「どうやら俺たちの主な任務はクロード様を物理的な脅威から守ることじゃないらしいな」
「ああ」とレオンはうなずく。「レン殿の嫉妬という最も恐ろしい脅威からクロード様をお守りすること。それが我々の最優先任務のようだ」
二人は顔を見合わせ静かに笑い合った。
主君の恋路は時にどんな危険な任務よりもハラハラさせられる。
だがそんな日常も悪くない。
レオンとカイは今日も絶品のコーヒーを味わいながら二人の甘く香ばしい時間を見守り続けるのだった。
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