最強βの俺が偽装Ωになったら、フェロモン無効なのに狂犬王子に求愛されました~前世武道家なので物理で分からせます~

水凪しおん

文字の大きさ
10 / 16

第9話「崩れ落ちた嘘とラムネ菓子」

しおりを挟む
 祭りの喧騒から数日後。ルッツは焦っていた。
 日課の抑制剤(ラムネ)が底をついたのだ。あれは街の特定の駄菓子屋でしか売っていない、マイナーな商品だった。
「買いに行かないと……」
 非番の日、ルッツは私服に着替え、こそこそと寮を抜け出した。
 街へ降り、裏路地にある小さな店へ急ぐ。
「おばちゃん、いつものやつ、あるだけ頂戴!」
「あらルッツちゃん、また来たの。はいよ、ビタミン入りラムネね」
 大量の小瓶を受け取り、紙袋に詰め込む。これでしばらくは安泰だ。
 ホッとして店を出た瞬間だった。
「……ルッツ?」
 心臓が止まるかと思った。
 目の前に、変装用の伊達眼鏡をかけたイグニスが立っていた。
「で、殿下!? なぜここに!」
「お忍びで視察だ。お前こそ、何をそんなに買い込んだんだ?」
 イグニスが紙袋を覗き込もうとする。
「い、いや! これは個人的なもので!」
 ルッツは慌てて袋を背中に隠そうとした。
 だが、焦りが手元を狂わせた。
 ガシャッ!
 紙袋の底が抜け、大量の小瓶が石畳に散乱した。
 小瓶が割れ、中からカラフルな錠剤が転がり出る。
 甘酸っぱい、チープな香りが漂った。
「……これは」
 イグニスが一つを拾い上げる。
「抑制剤、か? にしては、随分と色が……」
 イグニスは怪訝そうに錠剤を鼻に近づけ、そして躊躇いなく口に放り込んだ。
「あっ!」
 止める間もなかった。
 イグニスがボリボリと噛み砕く。
 沈黙が流れた。
 イグニスの表情が固まる。
「……甘い。酸味がある。これは……砂糖菓子か?」
 逃げ場はなかった。
 ルッツは観念して、深く息を吐いた。
「……はい。ラムネです」
「ラムネ? なぜ抑制剤の代わりに菓子を?」
 イグニスの黄金の瞳が、ルッツを射抜く。そこにあるのは怒りではなく、純粋な疑問だった。
 ルッツは拳を握りしめ、顔を上げた。もう、隠し通せない。
「抑制剤なんて、必要ないからです」
「どういうことだ」
「俺はΩじゃありません」
 ルッツははっきりと言った。
「俺はβ(ベータ)です。フェロモンも出ないし、発情もしない。だから、殿下の威圧も効かなかったんです」
 イグニスは瞬きもせず、ルッツを見つめていた。
「……βだと?」
「はい。入団するために嘘をつきました。Ωでも強いと証明したかった。でも、本当はただの小賢しいβなんです」
 ルッツは視線を落とした。
「騙していて、すみませんでした。処罰なら受けます」
 これで終わりだ。きっと軽蔑される。
 そう覚悟して、ルッツはイグニスの言葉を待った。
 だが、返ってきたのは意外な反応だった。
「……そうか」
 イグニスは静かに呟いた。
「では、あの時……雨の洞窟で、俺の腕の中で震えていなかったのも、薬のおかげではなく、お前がβだったからか」
「……そうです」
「俺が『運命』だと感じたあの強靭な精神力も、単に種族的な特性だったと?」
「……はい。がっかりしましたか?」
 イグニスは長い間、沈黙した。
 そして、背を向けた。
「……頭を冷やす」
 それだけ言い残し、イグニスは去っていった。
 残されたルッツは、散らばったラムネの中に立ち尽くしていた。
 甘酸っぱい匂いが、今はひどく苦く感じられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない

子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」 家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。 無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。 しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。 5年後、雪の夜。彼と再会する。 「もう離さない」 再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。 彼は温かい手のひらを持つ人だった。 身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない

こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。

美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。

竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。 男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。 家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。 前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。 前世の記憶チートで優秀なことも。 だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。 愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。

聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。 そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。

愛などもう求めない

一寸光陰
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...