異世界転生した社畜、瀕死でオメガ覚醒。氷の鬼神な騎士団長に見初められ、執着溺愛ライフを送る

水凪しおん

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第2話「鬼神との邂逅、運命の変転」

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 ゼイド・ヴァルモニカ騎士団長が視察に訪れるという報せは、辺境の砦に緊張と興奮をもたらした。誰もが英雄を一目見ようと浮き足立ち、砦の責任者である隊長は普段口うるさい上官たちへの不満も忘れ、甲冑を磨き上げるのに必死だった。

 フィンだけが、その喧騒から一歩引いていた。彼にとって騎士団長は住む世界の違う人間で、挨拶さえ交わすこともないだろう。いつも通り、自分のやるべきことを淡々とこなすだけだ。彼は炊事場で保存用の薬草を仕分けながら、今夜の献立について考えていた。

 しかし、運命とは皮肉なものだ。フィンの願いとは裏腹に、最悪の形でその時は訪れた。

 警鐘がけたたましく鳴り響いたのは、太陽が西の山に沈みかけた頃だった。

「敵襲!敵襲だ!西門から敵性部族が!」

 見張り台からの絶叫に、砦内は一瞬でパニックに陥る。敵性部族、通称「牙の一族」は、この辺境地帯を縄張りとする好戦的な集団だ。まさか騎士団長が視察に来ているこのタイミングで仕掛けてくるとは、誰も予想していなかった。

「各員、持ち場につけ!訓練通りだ、慌てるな!」

 隊長の怒声が響く。フィンも慌てて剣を手に取り、仲間と共に城壁へと走った。眼下に広がるのは、松明を掲げ雄叫びを上げる数十人の屈強な戦士たち。その手には無骨な斧や剣が握られている。

 戦闘は熾烈を極めた。辺境守備隊は数でこそ勝っていたが、牙の一族の個々の戦闘能力は高く、一人一人が死を恐れぬ獣のようだった。剣戟の音が鳴り響き、血の匂いが風に乗って鼻をつく。フィンは必死に剣を振るった。前世ではペンより重いものを持ったことすらなかったが、この世界で生き抜くために叩き込まれた剣術が、かろうじて彼の命を繋いでいた。

 だが、多勢に無勢。じりじりと味方の戦線が後退していく。その時だった。

「隊長!背後からも敵が!」

 仲間の悲鳴が響く。いつの間にか別動隊が砦の裏手に回り込んでいたらしい。完全に挟み撃ちの形だ。絶望が兵士たちの顔に浮かんだ。

 その混乱の最中、フィンのすぐそばで戦っていたカイが、敵の斧を受けて地面に倒れた。

「カイ!」

 フィンは咄嗟に駆け寄り、彼の前に立ちはだかる。しかし敵はにやりと汚れた歯を見せて笑うと、大上段に斧を振り上げた。まずい、死ぬ。フィンの脳裏に、前世の最期がフラッシュバックした。結局、どちらの人生もあっけなく終わるのか。彼がぎゅっと目を瞑った、その瞬間だった。

 背中に、燃えるような熱い衝撃が走った。

「ぐっ……!」

 声にならない呻きが漏れる。振りかぶられた斧は、フィンを庇ったダリオの背中に深々と突き刺さっていた。そしてその斧を引き抜いた敵が、返す刃でフィンの脇腹を薙いだ。

 激痛が全身を貫く。視界が急速に赤く染まり、膝から崩れ落ちた。薄れゆく意識の中、誰かが「ヴァルモニカ様がご出陣されたぞ!」と叫ぶ声が聞こえた気がした。

『ああ、結局、俺は……静かに生きることも、できないのか……』

 地面に広がる自分の血だまりを見ながら、フィンは自嘲気味に思った。寒くなってきた。手足の感覚がなくなっていく。これが、二度目の死か。悪くないな、今度は少しだけ誰かの役に立てたのだから。

 そう思い彼が完全に意識を手放そうとした時だった。

 身体の奥底から、経験したことのない熱が込み上げてきた。まるで内側から業火に焼かれているようだ。脇腹の傷の痛みなど、些細なことに思えるほどの灼熱だった。

「あ……っ、う……あつ……い……!」

 なんだ、これは。身体が言うことを聞かない。熱い、熱い、熱い!骨の髄まで焼かれるような感覚に、意識が強制的に引き戻される。そしてフィンは自分の身体から、ふわりと甘い香りが立ち上っていることに気づいた。熟した果実のような、蜜のような、むせ返るほど濃厚な香りだ。

 ベータである自分からは、絶対にありえない香り。

『まさか……後天性オメガ……?』

 聞いたことがあった。ベータが強い生命の危機に瀕した時、ごく稀に身体がアルファを惹きつけるオメガへと変化することがあると。だがそれはあくまで伝承の類だ。まさか自分の身に起こるなんて。

 強烈な発情期(ヒート)が彼の理性を焼き尽くしていく。身体の奥が疼き、熱を帯び、誰かに触れて欲しいという本能的な欲求が頭をもたげた。もう駄目だ。意識が朦朧とし、敵も味方も分からなくなった。ただ熱と快楽を求める獣になりかけていた。

 その時、ふわりと影が落ちた。

 冷たく澄んだ冬の夜のような匂い。そして、圧倒的な存在感。フィンは霞む目で、自分を見下ろす人影を見上げた。銀糸のような髪が月光を反射して輝き、この世のものとは思えないほど美しい顔立ち。そしてその瞳は、吸い込まれそうなほど深い瑠璃色をしていた。

「……見つけた」

 凛とした、それでいてどこか熱を帯びた声が鼓膜を揺らす。男はゆっくりと膝を折り、フィンの血と泥で汚れた頬にそっと触れた。その指先は、見た目の印象に反して熱かった。

「ようやく見つけたぞ……俺の、番」

 男──ゼイド・ヴァルモニカは、恍惚とした表情でそう囁くと、ぐったりとしたフィンの身体を壊れ物を扱うかのように、そっと抱き上げた。濃厚なオメガのフェロモンと、アルファであるゼイドの支配的なフェロモンが混じり合い、周囲の空気さえも変質させていく。

 フィンは自分を抱きしめる逞しい腕の中で、抗うこともできず完全に意識を手放した。
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