異世界転生した社畜、瀕死でオメガ覚醒。氷の鬼神な騎士団長に見初められ、執着溺愛ライフを送る

水凪しおん

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第5話「鬼神の甘やかしと芽生える感情」

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 長い発情期が明け、フィンが最初に直面したのは圧倒的な現実だった。

「おはよう、フィン。身体の調子はどうだ?」

 目を覚ましたフィンに微笑みかけたのは、寝起きとは思えないほど完璧な姿のゼイドだった。彼はすでに着替えを済ませており、その手には温かいスープが乗った盆を持っている。

「あの……ヴァルモニカ団長……」

「ゼイドと呼べ。お前は俺の番なのだから」

 有無を言わさぬ口調で訂正され、フィンは口ごもる。まだ頭がぼんやりしていて、状況がうまく飲み込めていなかった。ゼイドはそんなフィンの様子を気にもせずベッドの脇に腰を下ろすと、スープの入った匙をフィンの口元へ運んできた。

「さあ、口を開けろ。体力をつけなければ」

「い、いえ、自分で食べられます!」

 慌てて身を起こそうとするが、全身に走る気だるい痛みと倦怠感で思うように力が入らない。フィンがもがいていると、ゼイドは困ったように眉を寄せた。

「だめだ。お前はまだ安静にしていなければ。それとも、俺が食べさせるのでは不満か?」

 瑠璃色の瞳が、悲しそうに揺れる。その表情にフィンは罪悪感を覚えてしまい、おとなしく口を開けた。温かいスープが、空っぽの胃に優しく染み渡る。美味しい。素直にそう思った。

 食事の世話に始まり、着替え、身体を拭くことまで、ゼイドは全て自分でやらないと気が済まないようだった。フィンが「これくらい自分でできますから」と遠慮すると、彼は決まって寂しそうな顔をするのだ。

「俺に、お前の世話をさせてくれないのか?番の相手の面倒を見るのは、アルファとして当然の喜びなのだが」

 そんなことを真顔で言われてしまえば、フィンは「お願いします」と答えるしかなかった。彼はこの国の英雄であり、騎士団長だ。本来であればこんな辺境の、平民上がりの兵士の世話などしている場合ではないはず。しかしゼイドは公務さえもこの部屋に持ち込み、フィンのそばを片時も離れようとしなかった。

「なぁ、フィン。何か欲しいものはないか?食べたいもの、着たい服、何でも言ってくれ。お前の望みは、全て俺が叶えよう」

 執務の合間に、ゼイドは決まってそう尋ねる。しかし前世から物欲の少ないフィンには、特に欲しいものなど思いつかなかった。

「特に……ありません。こうして、団……ゼイド様のそばにいられるだけで、十分です」

 半分は本心、半分は当たり障りのない返答のつもりだった。だがゼイドはその言葉を聞くと、瑠璃色の瞳を恍惚と細めフィンを強く抱きしめた。

「ああ、フィン……!お前はなんて健気で愛おしいんだ。だが、もっとわがままを言っていいんだぞ。お前のためなら、俺は国さえ敵に回せる」

 その台詞は、決して比喩などではないのだろう。フィンはゼイドの腕の中で、彼の愛情の重さと深さに少しだけ恐怖を感じた。同時に、これほどまでに誰かに求められ愛されるという経験が初めてで、戸惑いながらも心が温かくなるのを感じていた。

 前世では、誰かに甘えることも頼ることもなかった。常に一人で戦い、一人で全てを背負ってきた。愛されるということが、こんなにも心が満たされるものだとは知らなかった。

 数日後、ようやく体力が回復しベッドから出られるようになったフィンは、部屋の中を改めて見渡して驚愕した。この部屋は砦の中で最も豪華な、騎士団長専用の貴賓室だった。そしてクローゼットの中にはフィンが着ていた兵士の服はなく、代わりに肌触りの良い上質な服が何着も並べられていた。全てゼイドがフィンのために用意させたものらしかった。

「あの、ゼイド様。俺は、いつ部隊に戻れば……」

 おずおずと尋ねると、ゼイドは心外だというように眉をひそめた。

「戻る?どこへ?お前の居場所はここだ、俺の隣だろう。まさか、あんなむさ苦しい兵舎に戻りたいなどと言うのではあるまいな?」

「いえ、そういうわけでは……」

「ならば、問題ない。お前の除隊手続きはすでに済ませてある。これからは、俺のそばだけにいればいい」

 事後承諾にも程がある。しかし、ゼイドの決定にフィンが口を挟む余地はなかった。彼はすでに、氷の鬼神の籠の中にいる鳥なのだ。

 自由を奪われたことに、不満がなかったわけではない。だがそれ以上に、ゼイドが与えてくれる庇護と愛情は、フィンの孤独だった心を少しずつ溶かしていった。

 ある日の午後、フィンはゼイドに頼んで厨房を借りた。彼が甲斐甲斐しく世話をしてくれるのは嬉しいが、何から何までやってもらうのはどうにも落ち着かない。何か自分にもできることで、彼に恩返しがしたかった。

 フィンが作ったのは、前世の記憶を頼りにした素朴な野菜のスープとハーブを使った鶏肉のグリルだった。この世界の料理は、素材の味を活かすといえば聞こえはいいが、要は味付けが大雑把なのだ。

 出来上がった料理をゼイドの前に並べると、彼は興味深そうにそれを見つめた。

「これは……ずいぶんと良い香りがするな」

「お口に合うか分かりませんが……」

 フィンが緊張して見守る中、ゼイドはスープを一口、そして鶏肉を一口食べた。その瞬間、彼の瑠璃色の瞳が驚きに見開かれる。

「美味い……!なんだこれは、今まで食べたどんな料理よりも……!」

 手放しの称賛に、フィンはほっと胸をなでおろした。そして夢中で料理を平らげるゼイドの姿を見ていると、自然と笑みがこぼれた。

 誰かのために、何かを作る。そして、その人が喜んでくれる。そんな当たり前のことが、これほどまでに嬉しいことだとは。

 フィンの中でゼイドに対する感情が、ただの「運命の番」から、もっと個人的で温かいものへと変わり始めていることに、彼はまだ気づいていなかった。
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