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第3話: 音楽室の残響
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季節は初夏へと移り、生徒たちの制服も軽やかな夏服に変わっていた。雪村結が転校してきてから一ヶ月以上が過ぎたが、晶と結の関係は、相変わらず平行線のままだった。
その日、週に一度の音楽の授業でのことだ。担当の老教師は、授業の終わりに少し時間が余ったと言って、気まぐれに提案した。
「さて、今日は少し趣向を変えて、誰かに一曲弾いてもらおうか。誰か、得意な楽器がある者はいるかな?」
クラスがざわめく。ピアノやバイオリンを習っている生徒が何人かいるが、皆、急に指名されるのを恐れて目を伏せた。教師は楽しそうに教室を見渡し、その視線が、ふと窓際の席で外を眺めていた結に止まった。
「おぉ、雪村くん。君は転校してきたばかりだったな。どうだろう、何か弾いてみてはくれないか? 自己紹介がわりにでも」
その瞬間、教室の全ての視線が結に突き刺さる。晶も、思わず息を詰めて結の背中を見つめた。
いつもと変わらず、無表情で座っているように見えた。だが、晶の席から見える彼の横顔は、みるみるうちに血の気を失い、紙のように真っ白になっていくのが分かった。
「雪村くん、どうした?」
教師が不思議そうに声をかける。
結は固く唇を結び、まるで氷の下に閉じ込められたような、か細く、それでいて硬い声で絞り出した。
「……弾けません」
「ん? 遠慮することはないんだぞ。簡単な曲でも構わん」
「弾けない、と言っているんです」
それは、今まで晶が聞いた中で最も強い拒絶の響きを持っていた。教室の空気が、シンと凍り付く。楽しげな雰囲気に水を差されたクラスメイトたちは、戸惑ったように顔を見合わせている。
教師も、結のただならぬ雰囲気に気圧されたようだった。その顔には明らかな動揺が浮かんでいる。
「そ、そうか……。すまなかったな、無理にとは言わん」
教師は慌ててそう言って、気まずい空気を払拭するように、チャイムが鳴るのと同時に授業の終わりを告げた。
生徒たちが解放されたように立ち上がり、教室が騒がしくなる。その中で、結だけは席に着いたまま、微動だにしなかった。
晶は、胸がざわつくのを感じていた。
ただの「弾けない」ではなかった。そこには、もっと深く、暗い何かがあった。まるで、鋭い刃物でえぐられるような痛みと、底なしの恐怖。彼の全身から発せられるその感情に、晶は息をのむことしかできなかった。
音楽。ピアノ。
もしかしたら、それが彼の心を閉ざす鍵なのかもしれない。
晶が結の抱える闇の、そのほんの入り口を垣間見た瞬間だった。声をかけることもできず、ただ遠くから、小さく震える彼の肩を見つめることしかできなかった。
その日、週に一度の音楽の授業でのことだ。担当の老教師は、授業の終わりに少し時間が余ったと言って、気まぐれに提案した。
「さて、今日は少し趣向を変えて、誰かに一曲弾いてもらおうか。誰か、得意な楽器がある者はいるかな?」
クラスがざわめく。ピアノやバイオリンを習っている生徒が何人かいるが、皆、急に指名されるのを恐れて目を伏せた。教師は楽しそうに教室を見渡し、その視線が、ふと窓際の席で外を眺めていた結に止まった。
「おぉ、雪村くん。君は転校してきたばかりだったな。どうだろう、何か弾いてみてはくれないか? 自己紹介がわりにでも」
その瞬間、教室の全ての視線が結に突き刺さる。晶も、思わず息を詰めて結の背中を見つめた。
いつもと変わらず、無表情で座っているように見えた。だが、晶の席から見える彼の横顔は、みるみるうちに血の気を失い、紙のように真っ白になっていくのが分かった。
「雪村くん、どうした?」
教師が不思議そうに声をかける。
結は固く唇を結び、まるで氷の下に閉じ込められたような、か細く、それでいて硬い声で絞り出した。
「……弾けません」
「ん? 遠慮することはないんだぞ。簡単な曲でも構わん」
「弾けない、と言っているんです」
それは、今まで晶が聞いた中で最も強い拒絶の響きを持っていた。教室の空気が、シンと凍り付く。楽しげな雰囲気に水を差されたクラスメイトたちは、戸惑ったように顔を見合わせている。
教師も、結のただならぬ雰囲気に気圧されたようだった。その顔には明らかな動揺が浮かんでいる。
「そ、そうか……。すまなかったな、無理にとは言わん」
教師は慌ててそう言って、気まずい空気を払拭するように、チャイムが鳴るのと同時に授業の終わりを告げた。
生徒たちが解放されたように立ち上がり、教室が騒がしくなる。その中で、結だけは席に着いたまま、微動だにしなかった。
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ただの「弾けない」ではなかった。そこには、もっと深く、暗い何かがあった。まるで、鋭い刃物でえぐられるような痛みと、底なしの恐怖。彼の全身から発せられるその感情に、晶は息をのむことしかできなかった。
音楽。ピアノ。
もしかしたら、それが彼の心を閉ざす鍵なのかもしれない。
晶が結の抱える闇の、そのほんの入り口を垣間見た瞬間だった。声をかけることもできず、ただ遠くから、小さく震える彼の肩を見つめることしかできなかった。
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