心を閉ざした元天才ピアニストのルームメイトの氷を、寮長の僕が絶対溶かしてみせる。

水凪しおん

文字の大きさ
5 / 23

第4話: 静寂を揺らす悪夢

しおりを挟む
 その夜、302号室はいつもと同じように静寂に包まれていた。消灯時間を過ぎ、部屋の中は窓から差し込む月明かりだけが頼りだ。
 晶はベッドの中で何度か寝返りを打ったが、なかなか寝付けずにいた。昼間の音楽室での出来事が、頭から離れなかったのだ。結が見せた、あの尋常ではない怯え方。普段の彼からは想像もつかない、剥き出しの感情の片鱗。
 考え込んでいるうちに、隣のベッドから微かな衣擦れの音が聞こえてきた。そして、それに混じって、押し殺したような呻き声が耳に届く。
 晶は息を潜めて、そっと結のベッドに視線を向けた。
 月明かりに照らされた結の体は、苦しげに身じろぎをしていた。ぎゅっと固く握りしめられた手は、シーツに深い皺を刻んでいる。額には汗が滲み、何か恐ろしいものから必死に逃れようとするかのように、何度もかぶりを振っていた。
「……やめて……」
 悪夢にうなされているのだろう。眠りの中でさえ、彼は安らぎを得られないのか。
「……っ、いやだ……弾けない……」
 途切れ途切れに漏れるか細い声は、悲痛な響きを帯びていた。音楽室での出来事と、明らかに繋がっている。
 見ているのが辛くなって、晶は思わず体を起こした。
「雪村……?」
 声をかけるべきか、迷う。下手に起こして、また彼の心を頑なにさせてしまうかもしれない。だが、このまま放っておくこともできなかった。
 晶がベッドから降りて、彼の枕元に膝をつこうとした、その瞬間だった。
「はっ……!」
 結が、カッと目を見開いた。その瞳は完全に覚醒しており、暗闇の中でらんらんと光っている。そして、すぐ目の前にいた晶の姿を捉えると、その光は一瞬にして鋭い警戒心と敵意の色に変わった。
「……何してる」
 地を這うような低い声。それは、悪夢から覚めた人間の声ではなかった。まるで、テリトリーに侵入してきた獣を威嚇するような、刺々しい響き。
「いや、うなされてたみたいだから……心配で」
「余計なことだ」
 結は吐き捨てるように言うと、晶から顔を背け、壁の方に向かって体を丸めた。シーツを頭まで被り、完全に自分だけの世界に閉じこもってしまう。
「……」
 晶は、行き場のない手を握りしめたまま、その場に立ち尽くした。
 心配だった。ただ、それだけなのに。
 良かれと思ってしたことが、またしても彼との間に見えない壁を分厚くしてしまった。二人の間に流れる空気は、これまで以上に冷たく、張り詰めている。
 暗闇の中、拒絶を示す小さな背中を見つめながら、晶は無力感と、どうしようもない焦燥感に唇を噛み締めるしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ミリしら作品の悪役令息に転生した。BL作品なんて聞いてない!

宵のうさぎ
BL
 転生したけど、オタク御用達の青い店でポスターか店頭販促動画か何かで見たことがあるだけのミリしら作品の世界だった。  記憶が確かならば、ポスターの立ち位置からしてたぶん自分は悪役キャラっぽい。  内容は全然知らないけど、死んだりするのも嫌なので目立たないように生きていたのに、パーティーでなぜか断罪が始まった。  え、ここBL作品の世界なの!?  もしかしたら続けるかも  続いたら、原作受け(スパダリ/ソフトヤンデレ)×原作悪役(主人公)です  BL習作なのであたたかい目で見てください

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

処理中です...