心を閉ざした元天才ピアニストのルームメイトの氷を、寮長の僕が絶対溶かしてみせる。

水凪しおん

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第18話: 鍵盤に触れる指

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 季節は巡り、秋が深まっていた。学園の木々が赤や黄色に色づき始めている。
 晶と結の関係は、あの夜を境に、穏やかで心地よいものになっていた。お互いが、かけがえのない存在になっていることを、二人とも自覚している。
 ある深夜、晶がベッドで本を読んでいると、結が静かに声をかけてきた。
「……晶」
 名前で呼ばれるのは、まだ少し照れくさい。
「ん、どうした?」
「……ついてきてほしい、場所がある」
 結のその真剣な眼差しに、晶は黙って頷いた。
 二人は足音を忍ばせて寮を抜け出し、夜の校舎へと向かった。月明かりだけが、人気のない廊下をぼんやりと照らしている。
 結が向かった先は、音楽室だった。
 晶が息をのんで見守る中、結はゆっくりとドアを開ける。静まり返った音楽室の中央には、月光を浴びて青白く光る、一台のグランドピアノが鎮座していた。
 トラウマの象徴。
 結は、そのピアノの前に、まるで吸い寄せられるように近づいていく。そして、恐る恐る、椅子に腰を下ろした。
 長い沈黙。
 晶は、何も言わずに、ただドアのそばで彼の姿を見守っていた。
 やがて、結はゆっくりと右手を持ち上げると、震える指先で、そっと鍵盤に触れた。
 音は、出ない。
 ただ、触れただけ。
 しかし、その指先が、鍵盤の冷たさと重みを確かめるように、ゆっくりと鍵盤の上を滑っていく。
 まるで、長い間離れ離れになっていた、大切な恋人に触れるかのように。
 その姿は、痛々しいほどに美しく、神聖でさえあった。
 まだ、音は出せない。あの日の恐怖が、まだ彼の指を縛り付けている。
 けれど、これは間違いなく、大きな、大きな一歩だった。彼が、過去と向き合おうとしている、確かな証だった。
 隣で見守る晶は、その震える指先に、確かな希望の光を見たような気がした。
 大丈夫だ。お前なら、きっと乗り越えられる。
 心の中で、強く、強く、そう念じた。月明かりが、静かに二人を包み込んでいた。
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