心を閉ざした元天才ピアニストのルームメイトの氷を、寮長の僕が絶対溶かしてみせる。

水凪しおん

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エピローグ: 僕のためのソナタ

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 あれから、五年。
 都内にある、日当たりの良いアパートの一室。そこで、俺、東雲晶と雪村結は、一緒に暮らしている。
 俺は大学の教育学部に通い、教員免許の取得を目指している。結は、音楽大学に進学し、音楽療法士になるための勉強をしていた。
 あの日、302号室で始まった俺たちの関係は、今も続いている。

 穏やかな休日の午後。俺がリビングのソファで本を読んでいると、部屋の隅に置かれたアップライトピアノの前に、結が静かに座った。
 高校を卒業する頃には、結は、少しずつピアノを弾けるようになっていた。
 まだ、大勢の人の前で演奏することはできない。コンクールに出るなんて、もってのほかだ。あの日のトラウマは、そう簡単に消えるものではない。
 けれど、彼は新しい道を見つけた。
 自分と同じように、心に傷を負った人たちを、音楽の力で癒したい。そう言って、音楽療法の道を志したのだ。
 すぅ、と息を吸う音。
 やがて、結の指先から、優しい旋律が紡ぎ出される。
 それは、誰も知らない、結が作ったオリジナル曲だった。悲しみを知っているからこその、温かくて、どこか切ない、愛に満ちた音色。
 これは、俺のためだけのソナタ。
 世界でたった一人の聴衆である俺のために、結が奏でてくれる、愛の音楽。
 俺は本を閉じ、その音色に静かに耳を傾ける。
 ピアノを弾く結の横顔は、昔のような氷の仮面はどこにもなく、穏やかで、満ち足りた表情をしていた。
 高校時代、俺は結の凍てついた心を溶かしたいと思っていた。
 でも、違ったのかもしれない。
 結と出会って、完璧な優等生という仮面を剥がされ、本当の自分と向き合うことができたのは、俺の方だった。
 互いの弱さを受け入れ、支え合って、二人でここまで歩いてきた。
 これからも、きっとそうだ。
 曲が終わり、静寂が戻る。結が、はにかむように振り返った。
「……どうだった?」
「最高。世界で一番、好きな曲だよ」
 俺は立ち上がって彼の隣に行き、その髪に優しくキスを落とす。
 302号室で始まった俺たちの物語は、終わりじゃない。
 この優しいソナタのように、これからもずっと、続いていく。
 窓から差し込む陽の光が、そんな二人を、いつまでも見守るように、きらきらと輝いていた。
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