契約結婚で北の辺境に嫁いだ没落オメガですが、もふもふ聖獣と一緒に凍土を耕していたら不器用な旦那様に溺愛されました

水凪しおん

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第6話「泥だらけの笑顔と不器用な距離」

 太陽が西の山並みに沈みかけ、空が深い藍色に染まり始めた頃。
 ルカは農具を肩に担ぎ、城へと続く雪道をゆっくりと歩いていた。
 そのすぐ横には、ルカの足取りに合わせるようにして、巨大な白い聖獣であるシロが並んで歩いている。
 シロが踏み出すたびに雪が深くえぐれ、その圧倒的な質量が歩くたびに周囲の空気を震わせていた。
 城の裏口に近づくにつれて、見張りに立っていた兵士たちの間に明らかな動揺が走るのがわかる。
 一人の兵士が顔を青ざめさせながら腰の剣を引き抜き、鋭い金属音を響かせた。
 それに呼応するように、他の兵士たちも次々と武器を構え、ルカとシロに切っ先を向ける。

「奥方様から離れろ、化け物!」

 兵士の怒号が冷たい空気を切り裂くが、シロは全く意に介する様子もなく、ルカの腰に鼻先をこすりつけて小さくあくびをした。
 ルカは慌てて兵士たちの前に立ち塞がり、両手を大きく広げる。

「待ってください、攻撃しないで! この子は危険じゃありません」

 ルカの必死の叫びにも兵士たちの警戒は解けず、緊迫した空気が裏庭を支配したその時。
 重厚な裏口の扉が内側から勢いよく開かれ、分厚い毛皮の外套を羽織ったレオンが姿を現した。
 その灰色の鋭い瞳が、剣を構える兵士たち、巨大な聖獣、そして泥だらけになって両手を広げるルカを瞬時に観察する。

「剣を収めろ」

 レオンの低くよく響く声が、兵士たちの動きをピタリと止めた。
 レオンはゆっくりとした歩みでルカに近づき、その傍らで大人しく座っているシロを見下ろす。
 人間を決して寄せ付けないはずの北の聖獣が、まるで飼い犬のようにルカの足元で尻尾を揺らしている。
 その信じがたい光景を前にしても、レオンの表情はわずかに眉間にしわを寄せただけで、大きな変化は見せなかった。
 しかし、レオンの視線はすぐにシロから外れ、ルカの姿へと固定される。
 高級な衣服は泥と雪にまみれて汚れ、手袋からはみ出した指先は赤くひび割れ、所々に血が滲んでいた。
 それでも、ルカの青白い頬には微かな赤みが差し、その瞳は疲労を感じさせないほど生き生きとした光を放っている。

「申し訳ありません、レオン様。騒ぎを起こすつもりはなかったのですが、この子がどうしてもついてくると言って……」

 ルカが困ったように微笑みながらシロの首筋を撫でると、シロは気持ちよさそうに目を閉じた。
 レオンは無言のままその様子を見つめ、やがて短く息を吐き出す。

「中に入れ。身体が冷え切っている」

 それだけを告げると、レオンは兵士たちに視線で退がるよう指示し、自らも城の中へと背を向けた。

***

 夕食の時間が訪れ、食堂の大きな暖炉には赤々とした炎が燃え盛っていた。
 長いテーブルの端と端で、ルカとレオンはいつものようにお互い無言で食事を進めている。
 今日の献立は、香草で煮込まれた柔らかい鶏肉と、温かい豆のスープだった。
 ルカは木製のスプーンを握ろうとするが、日中の作業で皮が剥けた手のひらが引きつり、うまく力を込めることができない。
 スプーンがカチャリと皿にぶつかる乾いた音が、静かな食堂に何度も響いた。
 痛みを堪えながら不格好な手つきでスープを口に運ぶルカの様子を、レオンは静かに見つめている。
 やがてレオンは自分の食事の手を止め、席から立ち上がった。
 重い足音がテーブルの横を通り過ぎ、ルカのすぐそばで立ち止まる。
 ルカが驚いて顔を上げると、レオンの大きな手がルカの目の前に小さな丸い陶器の壺を置いた。

「食後に、傷に塗っておけ。凍傷になれば指が腐り落ちる」

 乱暴な言葉遣いとは裏腹に、テーブルに置かれた壺の底からは、冷たい石の床にはない微かな温もりが伝わってくる。
 レオンがずっと自室の暖炉のそばで温めてから持ってきたのだと、ルカはすぐに理解した。
 さらにレオンは、ルカの皿の横に置かれていた固い黒パンを無造作に手に取り、自らの強い指の力で細かくちぎってスープの椀の中に落としていく。
 これなら、スプーンを強く握らなくても、柔らかくなったパンをスープごと流し込むことができる。

「ありがとうございます、レオン様」

 ルカが小さな声で礼を言うと、レオンは何も答えず、ただ短く視線をそらして自分の席へと戻っていった。
 再び静寂が戻った食堂で、ルカは細かく砕かれたパンが浮かぶスープを口に運ぶ。
 鶏肉の旨味と豆の甘みが、傷ついた口内にも優しく染み渡っていく。
 テーブルの向こう側で黙々と食事を続けるレオンの姿が、以前よりもほんの少しだけ近くに見えるような気がした。
 窓の外では相変わらず冷たい雪風が吹き荒れているが、ルカの胸の奥には、暖炉の火よりも確かな温かさが静かに灯り始めていた。

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