2 / 24
第1話 無能の烙印と理不尽な追放
しおりを挟む
王宮の厨房は、いつも戦場のような喧騒に満ちていた。そんな中で、青年アルはいつも片隅で静かに鍋をかき混ぜていた。彼の名はアル。まだ見習いの料理人だ。孤児院からその腕を見込まれて王宮にやってきたが、ここで求められる料理と彼の信条は、あまりにもかけ離れていた。
「いいか、アル!王子殿下は、ガツンとくる味がお好きなんだ!もっと香辛料を!もっと脂を!もっと塩を!」
料理長が怒鳴りながら、アルの鍋にどばどばと香辛料を放り込む。アルが丁寧に取った野菜の出汁の繊細な香りは、暴力的な匂いにかき消された。アルは、素材が本来持っている優しい味を、丁寧に引き出してやることが料理の真髄だと信じていた。だが、この王宮では、それは「手抜き」や「薄味」としか評価されない。
特に、第一王子であるクラウスは、その傾向が顕著だった。彼は美食家を自称していたが、その舌は常に強い刺激を求めていた。
その日、王子主催の宴が開かれた。アルにも一品、作る機会が与えられた。彼が心を込めて作ったのは、森で採れた若鶏と季節野菜のポトフ。鶏ガラをじっくり煮込み、野菜の甘みを最大限に引き出した、黄金色の澄んだスープだ。塩は、素材の味を際立たせるため、ほんの少ししか使っていない。
「次、見習いアルの料理!」
給仕長の声と共に、アルのポトフがクラウス王子の前に運ばれる。アルは厨房の隅から、固唾を飲んで見守っていた。どうか、この味の本当の良さが伝わってほしい。そんな祈りは、しかし、無惨に打ち砕かれた。
スプーンで一口スープをすすると、クラウスは顔を盛大にしかめた。そして、銀のスプーンをテーブルに叩きつける。ガシャン、と耳障りな音が響き渡り、広間は水を打ったように静まり返った。
「なんだ、これは!味がしないではないか!こんな薄汚い水のようなものを料理と呼ぶのか!」
クラウスの怒声が響く。アルは全身の血の気が引くのを感じた。
「貴様、俺を馬鹿にしているのか!こんなもので俺の舌が満足するとでも思ったか!この味覚音痴め!」
「ち、違いま……素材の味を、その……」
しどろもどろに弁明しようとするアルの言葉を、王子は鼻で笑った。
「言い訳は聞きたくない!貴様の存在そのものが不愉快だ!俺の主催する宴を台無しにし、王家の権威を貶めた罪、万死に値する!」
クラウスの金切り声が、アルに死刑宣告のように突き刺さる。味覚音痴。無能。それは、アルがこの王宮でずっと言われ続けてきた言葉だった。だが、まさか反逆罪にまで問われるとは。
周囲の貴族たちは誰も助け舟を出さない。むしろ、王子の怒りに同調するように、蔑んだ視線をアルに向けるだけだ。
「貴様のような役立たずは王都にいる価値もない。辺境の『魔物の森』へ追放する!二度とこの地を踏むことは許さん!」
「魔物の森」。その名を聞いた瞬間、厨房の仲間たちが息をのむのが分かった。生きては戻れないと噂される、最も危険な場所だ。それは事実上の処刑宣告だった。
有無を言わさず、アルは兵士たちに両腕を掴まれ、引きずられていく。持たされたのは、一振りの錆びたナイフと、数日分の干し肉と固いパンだけ。まるで、最初から死ぬことを運命づけられているかのようだった。
荷馬車の揺れる荷台の上で、アルは膝を抱えた。なぜ、こんなことに。ただ、美味しいものを作って、誰かに「美味しい」と笑ってほしかっただけなのに。彼の料理は、誰かを幸せにするどころか、最悪の結果を招いてしまった。
(僕の料理は、やっぱり、誰にも必要とされないんだ……)
夕日が王都を赤く染めていく。その美しい光景も、今のアルの目には絶望の色にしか映らなかった。失意の中、アルを乗せた馬車は、深い森の入り口へと向かっていく。そこは、希望も未来も、何一つない場所だった。
「いいか、アル!王子殿下は、ガツンとくる味がお好きなんだ!もっと香辛料を!もっと脂を!もっと塩を!」
料理長が怒鳴りながら、アルの鍋にどばどばと香辛料を放り込む。アルが丁寧に取った野菜の出汁の繊細な香りは、暴力的な匂いにかき消された。アルは、素材が本来持っている優しい味を、丁寧に引き出してやることが料理の真髄だと信じていた。だが、この王宮では、それは「手抜き」や「薄味」としか評価されない。
特に、第一王子であるクラウスは、その傾向が顕著だった。彼は美食家を自称していたが、その舌は常に強い刺激を求めていた。
その日、王子主催の宴が開かれた。アルにも一品、作る機会が与えられた。彼が心を込めて作ったのは、森で採れた若鶏と季節野菜のポトフ。鶏ガラをじっくり煮込み、野菜の甘みを最大限に引き出した、黄金色の澄んだスープだ。塩は、素材の味を際立たせるため、ほんの少ししか使っていない。
「次、見習いアルの料理!」
給仕長の声と共に、アルのポトフがクラウス王子の前に運ばれる。アルは厨房の隅から、固唾を飲んで見守っていた。どうか、この味の本当の良さが伝わってほしい。そんな祈りは、しかし、無惨に打ち砕かれた。
スプーンで一口スープをすすると、クラウスは顔を盛大にしかめた。そして、銀のスプーンをテーブルに叩きつける。ガシャン、と耳障りな音が響き渡り、広間は水を打ったように静まり返った。
「なんだ、これは!味がしないではないか!こんな薄汚い水のようなものを料理と呼ぶのか!」
クラウスの怒声が響く。アルは全身の血の気が引くのを感じた。
「貴様、俺を馬鹿にしているのか!こんなもので俺の舌が満足するとでも思ったか!この味覚音痴め!」
「ち、違いま……素材の味を、その……」
しどろもどろに弁明しようとするアルの言葉を、王子は鼻で笑った。
「言い訳は聞きたくない!貴様の存在そのものが不愉快だ!俺の主催する宴を台無しにし、王家の権威を貶めた罪、万死に値する!」
クラウスの金切り声が、アルに死刑宣告のように突き刺さる。味覚音痴。無能。それは、アルがこの王宮でずっと言われ続けてきた言葉だった。だが、まさか反逆罪にまで問われるとは。
周囲の貴族たちは誰も助け舟を出さない。むしろ、王子の怒りに同調するように、蔑んだ視線をアルに向けるだけだ。
「貴様のような役立たずは王都にいる価値もない。辺境の『魔物の森』へ追放する!二度とこの地を踏むことは許さん!」
「魔物の森」。その名を聞いた瞬間、厨房の仲間たちが息をのむのが分かった。生きては戻れないと噂される、最も危険な場所だ。それは事実上の処刑宣告だった。
有無を言わさず、アルは兵士たちに両腕を掴まれ、引きずられていく。持たされたのは、一振りの錆びたナイフと、数日分の干し肉と固いパンだけ。まるで、最初から死ぬことを運命づけられているかのようだった。
荷馬車の揺れる荷台の上で、アルは膝を抱えた。なぜ、こんなことに。ただ、美味しいものを作って、誰かに「美味しい」と笑ってほしかっただけなのに。彼の料理は、誰かを幸せにするどころか、最悪の結果を招いてしまった。
(僕の料理は、やっぱり、誰にも必要とされないんだ……)
夕日が王都を赤く染めていく。その美しい光景も、今のアルの目には絶望の色にしか映らなかった。失意の中、アルを乗せた馬車は、深い森の入り口へと向かっていく。そこは、希望も未来も、何一つない場所だった。
95
あなたにおすすめの小説
銀狼様とのスローライフ
八百屋 成美
BL
激務に心身を病み、逃げるように田舎へ移り住んだ佐伯湊。
ある雨の日、彼は庭先で銀色に輝く巨大な狼を拾う。
それは、人間に追われ傷ついた神獣、リュカだった。
傷の手当てをきっかけに、湊の家に居座ることになったリュカ。
尊大で俺様な態度とは裏腹に、彼は湊が作ったご飯を美味しそうに食べ、寒い夜にはその温かい毛並みで湊を包み込んでくれる。
孤独だった湊の心は、リュカの無償の愛によって次第に満たされていく。
しかし、平穏な日々は長くは続かなかった。
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」
何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?
後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!
負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。
やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*)
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/06/22……完結
2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位
2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位
2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位
スキル『農業』はゴミだと追放されたが、実は植物の遺伝子を書き換える神スキル【神農】でした。荒野を楽園に変えて異世界万博を開催します!
黒崎隼人
ファンタジー
「そのスキル『農業』?剣も魔法も使えないクズはいらん、失せろ!」
勇者召喚に巻き込まれて異世界へ転生した植物オタクの青年カイルは、地味なスキルを理由に王都を追放され、死の荒野へと捨てられた。
しかし、誰も知らなかったのだ。
彼のスキルが、ただの農業ではなく、植物の遺伝子さえ書き換え、不毛の大地を瞬く間に聖域に変える神の力【神農】であることを。
荒野を一瞬で緑豊かな楽園に変えたカイルは、伝説の魔獣フェンリルを餌付けして相棒にし、傷ついた亡国の美姫ソフィアを助け出し、自由気ままなスローライフを開始する。
やがて彼が育てた作物は「エリクサーより効く」と評判になり、その噂を聞きつけた商人によって、彼の領地で世界規模の祭典――『異世界万博』が開催されることに!?
一方、カイルを追放した王国は深刻な食糧難に陥り、没落の一途をたどっていた。
「今さら戻れと言われても、この野菜は全部、俺とソフィアのとフェンのものですから」
最強の農民が送る、世界を揺るがす大逆転・万博ファンタジー、ここに開幕!
【完結】ただの狼です?神の使いです??
野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい?
司祭×白狼(人間の姿になります)
神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。
全15話+おまけ+番外編
!地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください!
番外編更新中です。土日に更新します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる