不吉な『影』の力で追放された僕、流れ着いた砂漠の国では『聖なる天蓋』と呼ばれ、若き王に『我が国の至宝だ』と溺愛されています

水凪しおん

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第1話「雨中の追放」

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 リヒトハイム侯爵家の朝は、いつも光に満ちていた。

 窓から差し込む陽光は磨き上げられた床に反射し、壁に飾られた歴代当主の肖像画をきらきらと照らし出す。その誰もが、神に仕える「光」の聖職者として、国に多大な貢献をしてきた者たちだ。

 僕、ノア・リヒトハイムも、その血を引く長男としてこの屋敷に生まれた。けれど、僕の周りだけはいつも薄暗い闇が纏わりついているようだった。

 双子の弟であるユリウスが、一族の期待を一身に受ける眩い「光」の力をその身に宿したのとは対照的に、僕が持って生まれたのは「影を操る」という不吉な力だった。

 その力が発覚した日から、僕の人生は光の当たらない日陰へと追いやられた。

「忌み子め」

「お前のような者が、なぜリヒトハイムの名を名乗っているのだ」

 家族からの罵声は日常だった。食事は使用人用の厨房の隅で冷たい残飯をあてがわれ、与えられた部屋は北向きの埃っぽい屋根裏部屋。誰も僕の名前を呼ばず、「あれ」とか「影」と呼んだ。弟のユリウスだけが時折心配そうに様子を窺いに来てくれたが、彼が僕に優しくすればするほど、両親の僕への当たりは強くなった。だから僕は、弟とも距離を置くようになった。

 息を潜め、気配を消し、まるで屋敷に染み付いた古い染みのように生きる。それが、僕がこの家で生き延びるための唯一の方法だった。

 そして今日、僕とユリウスは成人の儀を終えた。

 華やかな衣装を身にまとったユリウスは、祝福の光の中で一族や来賓から称賛を浴びている。僕はと言えば、儀式への参加すら許されず、いつもと同じ屋根裏部屋の小窓から、その光景をぼんやりと眺めていただけだ。

 夜になり、祝宴の喧騒が遠くに聞こえる頃、部屋の扉が乱暴に開かれた。そこに立っていたのは、厳しい顔をした父だった。その後ろには、不安そうな顔のユリウスと、冷たい目を僕に向ける母の姿もある。

「ノア。お前も今日で成人だ。これ以上、この家に置いておくわけにはいかない」

 父の言葉は、まるで汚物でも吐き捨てるかのような響きをしていた。

「お前のような一族の恥は、もはや我慢ならん。これを持って、今すぐこの家から出ていけ」

 そう言って投げつけられたのは、一枚の金貨。チャリン、と乾いた音を立てて床を転がった。それは僕の存在価値のすべてであり、同時に、この家との縁を切る手切れ金だった。

「父上、お待ちください!兄さんは……!」

 ユリウスが悲痛な声を上げるが、父はそれを一喝する。

「ユリウス、お前は黙っていろ!こいつに関わるとお前の輝かしい未来まで穢されるぞ」

 母はただ、冷ややかに僕を見下ろしているだけだった。

 絶望が、冷たい水のように体の芯まで染み渡っていく。わかっていたことだ。いつかこうなることは。それでも、心のどこかで微かな期待を抱いていたのかもしれない。いつか、家族として認めてもらえる日が来るのではないかと。

 だが、その淡い夢は、床に転がるたった一枚の金貨によって無残に砕け散った。

 僕は黙って金貨を拾い上げ、ふらつく足で立ち上がった。父を、母を、そして涙を堪えるユリウスの顔を順に見る。彼らの目に、僕という存在はもう映っていない。

「……お世話に、なりました」

 か細く絞り出した声は、誰の耳にも届かなかったかもしれない。

 僕は背を向け、着の身着のまま、人生のほとんどを過ごした屋敷を後にした。重厚な扉が閉まる音は、僕の心を世界から完全に切り離す宣告のようだった。

 外は、冷たい雨が降りしきっていた。

 天が僕の代わりに泣いてくれているのだろうか。そんな感傷に浸る余裕もない。雨は容赦なく僕の体を打ち、体温を奪っていく。

 一枚の金貨を握りしめ、僕は当てもなく歩き始めた。ぬかるむ道に足を取られ、何度も転びそうになる。背後を振り返ることはしなかった。もう、僕に帰る場所はないのだから。

 雨音がすべての音をかき消す世界で、僕はただ一人、絶望の闇の中を彷徨い始めた。
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