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第8話「初めての独占欲」
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「影の聖人」「聖なる天蓋を操る少年」
ノアの噂はバシラ国内に留まらず、交易路を通じて周辺諸国にも少しずつ広まり始めていた。
そんなある日、かねてからバシラと交易関係にある隣国の使者団が、表敬訪問のために王宮を訪れた。謁見の間での公式な挨拶が終わり、歓迎の宴が開かれた席でのことだった。
使者団の長である恰幅のいい貴族が、ジャファルの隣に座るノアに、ねっとりとした視線を向けた。
「おお、こちらが噂のノア殿ですな。いやはや、お美しい。そして、その影を操るという奇跡の力。ぜひ一度、我が国でもご披露願いたいものですな」
貴族はそう言うと、馴れ馴れしくノアの肩に手を置こうとした。
ノアが驚いて体を強張らせた、その瞬間。
パシッ、と乾いた音が響いた。
見ると、ジャファルがその貴族の手を、まるで汚いものでも払いのけるかのように、荒々しく叩き落としていた。
今まで賓客を前に浮かべていた穏やかな王の微笑みは、完全に消え失せている。そこにいるのは、獲物を前にした獅子のような、冷たく、獰猛な捕食者の顔だった。
「……失礼。私の至宝に、気安く触れてくれるな」
地を這うような低い声。その声に含まれた静かな怒気に、騒がしかった宴の空気が一瞬で凍りついた。
ジャファルの瑠璃色の瞳は、射殺せんばかりの鋭い光を放ち、目の前の貴族を睨みつけている。あからさまな、そして一切隠そうともしない独占欲。
貴族はジャファルの豹変ぶりに顔を青くし、慌てて手を引っ込めた。
「こ、これは、大変失礼いたしました、ジャファル陛下……!悪気は、その……」
「悪気がなければ、人の宝に無断で触れていいという法が、お前の国にはあるのか?」
「も、もちろんでございません!どうか、お許しを……!」
完全に萎縮し、震え上がる貴族を、ジャファルはなおも冷たい視線で威圧し続ける。宴の空気は最悪だった。見かねた宰相が間に入り、なんとかその場を収めたが、ジャファルの機嫌はその後も全く直らなかった。
ノアは、隣で繰り広げられた光景に、ただただ驚いていた。
民の前では常に寛大で賢明な王。自分に対しては、どこまでも優しく過保護なジャファル。そんな彼が、他者に対してこれほどまでの激情を露わにするのを、初めて見た。
「私の至宝に気安く触れるな」
その言葉が、耳の奥で何度も響く。
自分なんかのために、一国の王であるジャファルが、あれほどまでに怒ってくれた。他国の使者を前にして、体面も気にせず、ただ自分を守るためだけに。
その事実に、ノアの胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じていた。
それは、恐怖や困惑とは違う、もっと甘やかで、くすぐったい感情。
自分は、この強い王様に、こんなにも大切に想われているのだ。
その夜、部屋に戻ると、ジャファルはまだ不機嫌そうな顔をしていた。
「ジャファル様……あの、さっきは、ありがとうございました」
ノアがそう言うと、ジャファルはハッとしたようにノアを見た。そして、ふっと表情を和らげると、ノアの体を優しく抱きしめた。
「すまない、ノア。怖い思いをさせたな」
「いえ……」
「許せなかったんだ。あんな汚らわしい手に、お前を触れさせることが」
抱きしめる腕に、力がこもる。
「お前は私のものだ。誰にも指一本、触れさせはしない」
その囁きは、今までノアが向けられてきたどんな言葉よりも、独善的で、そして甘美な響きを持っていた。ノアはジャファルの胸に顔を埋め、静かに頷いた。この強い腕の中にいる限り、自分は大丈夫だという、絶対的な安心感に包まれて。
ノアの噂はバシラ国内に留まらず、交易路を通じて周辺諸国にも少しずつ広まり始めていた。
そんなある日、かねてからバシラと交易関係にある隣国の使者団が、表敬訪問のために王宮を訪れた。謁見の間での公式な挨拶が終わり、歓迎の宴が開かれた席でのことだった。
使者団の長である恰幅のいい貴族が、ジャファルの隣に座るノアに、ねっとりとした視線を向けた。
「おお、こちらが噂のノア殿ですな。いやはや、お美しい。そして、その影を操るという奇跡の力。ぜひ一度、我が国でもご披露願いたいものですな」
貴族はそう言うと、馴れ馴れしくノアの肩に手を置こうとした。
ノアが驚いて体を強張らせた、その瞬間。
パシッ、と乾いた音が響いた。
見ると、ジャファルがその貴族の手を、まるで汚いものでも払いのけるかのように、荒々しく叩き落としていた。
今まで賓客を前に浮かべていた穏やかな王の微笑みは、完全に消え失せている。そこにいるのは、獲物を前にした獅子のような、冷たく、獰猛な捕食者の顔だった。
「……失礼。私の至宝に、気安く触れてくれるな」
地を這うような低い声。その声に含まれた静かな怒気に、騒がしかった宴の空気が一瞬で凍りついた。
ジャファルの瑠璃色の瞳は、射殺せんばかりの鋭い光を放ち、目の前の貴族を睨みつけている。あからさまな、そして一切隠そうともしない独占欲。
貴族はジャファルの豹変ぶりに顔を青くし、慌てて手を引っ込めた。
「こ、これは、大変失礼いたしました、ジャファル陛下……!悪気は、その……」
「悪気がなければ、人の宝に無断で触れていいという法が、お前の国にはあるのか?」
「も、もちろんでございません!どうか、お許しを……!」
完全に萎縮し、震え上がる貴族を、ジャファルはなおも冷たい視線で威圧し続ける。宴の空気は最悪だった。見かねた宰相が間に入り、なんとかその場を収めたが、ジャファルの機嫌はその後も全く直らなかった。
ノアは、隣で繰り広げられた光景に、ただただ驚いていた。
民の前では常に寛大で賢明な王。自分に対しては、どこまでも優しく過保護なジャファル。そんな彼が、他者に対してこれほどまでの激情を露わにするのを、初めて見た。
「私の至宝に気安く触れるな」
その言葉が、耳の奥で何度も響く。
自分なんかのために、一国の王であるジャファルが、あれほどまでに怒ってくれた。他国の使者を前にして、体面も気にせず、ただ自分を守るためだけに。
その事実に、ノアの胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じていた。
それは、恐怖や困惑とは違う、もっと甘やかで、くすぐったい感情。
自分は、この強い王様に、こんなにも大切に想われているのだ。
その夜、部屋に戻ると、ジャファルはまだ不機嫌そうな顔をしていた。
「ジャファル様……あの、さっきは、ありがとうございました」
ノアがそう言うと、ジャファルはハッとしたようにノアを見た。そして、ふっと表情を和らげると、ノアの体を優しく抱きしめた。
「すまない、ノア。怖い思いをさせたな」
「いえ……」
「許せなかったんだ。あんな汚らわしい手に、お前を触れさせることが」
抱きしめる腕に、力がこもる。
「お前は私のものだ。誰にも指一本、触れさせはしない」
その囁きは、今までノアが向けられてきたどんな言葉よりも、独善的で、そして甘美な響きを持っていた。ノアはジャファルの胸に顔を埋め、静かに頷いた。この強い腕の中にいる限り、自分は大丈夫だという、絶対的な安心感に包まれて。
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