10 / 24
第9話「故郷からの使者」
しおりを挟む
穏やかな日々は、長くは続かなかった。
ノアが砂漠の国バシラで「聖なる天蓋」として崇められ、王の寵愛を一身に受けているという噂は、海を越え、ノアを追放した故郷の国にまで届いていた。
***
リヒトハイム侯爵家。
その名は、かつて国中の尊敬を集めていた。代々、強力な「光」の力を持つ聖職者を輩出し、国の安寧に貢献してきたからだ。
だが、その栄光にも陰りが見え始めていた。
現当主、つまりノアの父親の力が先代に比べて弱く、そして次期当主と目されるユリウスの光の力も、なぜか不安定で、期待されていたほどの輝きを見せていなかったのだ。
リヒトハイム家の権威は、その「光」の力にこそ支えられている。力の衰退は、一族の失墜に直結する。
焦燥に駆られたノアの父親は、そんな時にもたらされた噂に飛びついた。
忌み子として追放した長男、ノア。その「影」の力が、遠い異国で奇跡の力として讃えられている。
父親は、かつて自分が唾棄したその力を、今度は一族の権威を取り戻すために利用しようと考えたのだ。
「ユリウス。お前に、バシラへ行ってもらう」
書斎に呼び出されたユリウスは、父親の言葉に息を呑んだ。
「バシラへ……?兄さんの、いる国へですか?」
「そうだ。あの忌み……いや、ノアを連れ戻してこい。奴の力は、衰えた我が家の光を補うのに使えるかもしれん。影と光、対なる力が合わされば、あるいは……」
父親の目に宿るのは、息子への情ではなく、ただ己の権威を守らんとする醜い欲望だけだった。
ユリウスは唇を噛んだ。
(また、兄さんを利用するのか)
幼い頃から、何もできなかった。不吉な力を持つというだけで、家族から虐げられる兄を、ただ見ていることしかできなかった。臆病で、父に逆らうこともできず、兄が雨の中に追放される日も、引き留めることすら叶わなかった。
その後悔は、ずっとユリウスの胸に澱のように溜まっていた。
兄が、遠い国で幸せに暮らしている。その噂を聞いた時、どれほど安堵したことか。それを、またこの身勝手な父親たちが壊そうとしている。
(今度こそ、僕が兄さんを守らなければ)
「……わかりました、父上。使者として、バシラへ向かいます」
ユリウスは、父親の前で恭順に頭を下げた。だが、その心の中では、固い決意が炎のように燃え上がっていた。
兄を連れ戻すためではない。
この目で、兄が本当に幸せなのかを確かめるために。そして、もしこの家の魔の手が兄に再び伸びるのなら、今度こそ、自分が盾となって兄を守るために。
弟は、兄への贖罪の思いを胸に、砂漠の国へと旅立った。
***
その頃、ノアはジャファルと共に、新しくできたオアシスのほとりで穏やかな時間を過ごしていた。ジャファルの尽力と、ノアの影の力がもたらす涼やかさによって、少しずつ砂漠の緑化が進んでいたのだ。
そこに、王宮からの急使が駆けつけた。
「申し上げます!リヒトハイム侯爵家より、使者がお見えになりました!ノア様との面会を求めております!」
「リヒトハイム……?」
ジャファルが訝しげに眉をひそめる。だが、ノアは、その名を聞いた瞬間に血の気が引いていくのを感じた。
忘れることなどできるはずもない。自分を蔑み、傷つけ、追放した家族の名前。
(どうして、今さら……?)
背筋を、冷たい汗が伝った。やっと見つけた安らぎの日々が、音を立てて崩れ去っていくような、不吉な予感に襲われていた。
ノアが砂漠の国バシラで「聖なる天蓋」として崇められ、王の寵愛を一身に受けているという噂は、海を越え、ノアを追放した故郷の国にまで届いていた。
***
リヒトハイム侯爵家。
その名は、かつて国中の尊敬を集めていた。代々、強力な「光」の力を持つ聖職者を輩出し、国の安寧に貢献してきたからだ。
だが、その栄光にも陰りが見え始めていた。
現当主、つまりノアの父親の力が先代に比べて弱く、そして次期当主と目されるユリウスの光の力も、なぜか不安定で、期待されていたほどの輝きを見せていなかったのだ。
リヒトハイム家の権威は、その「光」の力にこそ支えられている。力の衰退は、一族の失墜に直結する。
焦燥に駆られたノアの父親は、そんな時にもたらされた噂に飛びついた。
忌み子として追放した長男、ノア。その「影」の力が、遠い異国で奇跡の力として讃えられている。
父親は、かつて自分が唾棄したその力を、今度は一族の権威を取り戻すために利用しようと考えたのだ。
「ユリウス。お前に、バシラへ行ってもらう」
書斎に呼び出されたユリウスは、父親の言葉に息を呑んだ。
「バシラへ……?兄さんの、いる国へですか?」
「そうだ。あの忌み……いや、ノアを連れ戻してこい。奴の力は、衰えた我が家の光を補うのに使えるかもしれん。影と光、対なる力が合わされば、あるいは……」
父親の目に宿るのは、息子への情ではなく、ただ己の権威を守らんとする醜い欲望だけだった。
ユリウスは唇を噛んだ。
(また、兄さんを利用するのか)
幼い頃から、何もできなかった。不吉な力を持つというだけで、家族から虐げられる兄を、ただ見ていることしかできなかった。臆病で、父に逆らうこともできず、兄が雨の中に追放される日も、引き留めることすら叶わなかった。
その後悔は、ずっとユリウスの胸に澱のように溜まっていた。
兄が、遠い国で幸せに暮らしている。その噂を聞いた時、どれほど安堵したことか。それを、またこの身勝手な父親たちが壊そうとしている。
(今度こそ、僕が兄さんを守らなければ)
「……わかりました、父上。使者として、バシラへ向かいます」
ユリウスは、父親の前で恭順に頭を下げた。だが、その心の中では、固い決意が炎のように燃え上がっていた。
兄を連れ戻すためではない。
この目で、兄が本当に幸せなのかを確かめるために。そして、もしこの家の魔の手が兄に再び伸びるのなら、今度こそ、自分が盾となって兄を守るために。
弟は、兄への贖罪の思いを胸に、砂漠の国へと旅立った。
***
その頃、ノアはジャファルと共に、新しくできたオアシスのほとりで穏やかな時間を過ごしていた。ジャファルの尽力と、ノアの影の力がもたらす涼やかさによって、少しずつ砂漠の緑化が進んでいたのだ。
そこに、王宮からの急使が駆けつけた。
「申し上げます!リヒトハイム侯爵家より、使者がお見えになりました!ノア様との面会を求めております!」
「リヒトハイム……?」
ジャファルが訝しげに眉をひそめる。だが、ノアは、その名を聞いた瞬間に血の気が引いていくのを感じた。
忘れることなどできるはずもない。自分を蔑み、傷つけ、追放した家族の名前。
(どうして、今さら……?)
背筋を、冷たい汗が伝った。やっと見つけた安らぎの日々が、音を立てて崩れ去っていくような、不吉な予感に襲われていた。
64
あなたにおすすめの小説
『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる
レイ
BL
「出来損ない」と捨てられた場所は、私の居場所ではありませんでした。
ラングリス王国の第三王子・フィオーレは、王族の証である『聖種の紋様』が現れなかったことで「偽物の番」と罵られ、雪降る国境へと追放される。
死を覚悟した彼の前に現れたのは、隣国アイゼン帝国の「冷徹皇帝」ヴォルフラムだった。
婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。
零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。
鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。
ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。
「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、
「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。
互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。
※諸事情により、本編、番外編「嫁溺愛大将と幼馴染み達」「イザームさんとルーカスくん」のみ再掲します。
「羽化」
「案外、短気」
「飴と鞭」
は未公開のままで失礼いたします。
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
追放された悪役令嬢、規格外魔力でもふもふ聖獣を手懐け隣国の王子に溺愛される
黒崎隼人
ファンタジー
「ようやく、この息苦しい生活から解放される!」
無実の罪で婚約破棄され、国外追放を言い渡された公爵令嬢エレオノーラ。しかし彼女は、悲しむどころか心の中で歓喜の声をあげていた。完璧な淑女の仮面の下に隠していたのは、国一番と謳われた祖母譲りの規格外な魔力。追放先の「魔の森」で力を解放した彼女の周りには、伝説の聖獣グリフォンをはじめ、可愛いもふもふ達が次々と集まってきて……!?
自由気ままなスローライフを満喫する元悪役令嬢と、彼女のありのままの姿に惹かれた「氷の王子」。二人の出会いが、やがて二つの国の運命を大きく動かすことになる。
窮屈な世界から解き放たれた少女が、本当の自分と最高の幸せを見つける、溺愛と逆転の異世界ファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる