不吉な『影』の力で追放された僕、流れ着いた砂漠の国では『聖なる天蓋』と呼ばれ、若き王に『我が国の至宝だ』と溺愛されています

水凪しおん

文字の大きさ
12 / 24

第11話「王の揺るぎなき愛」

しおりを挟む
 ジャファルの冷徹な拒絶に、ユリウスは言葉を失っていた。彼は一縷の望みをかけて、もう一度口を開く。

「しかし、兄さんはリヒトハイム家の人間です!家族の元へ帰るのが……」

「黙れ」

 ジャファルの静かな一言が、ユリウスの言葉を遮った。

「彼を物のように扱うのはやめろ。彼には、彼自身の心がある。そして彼の心は、ここにあると、そう言っている」

 ジャファルはそう言うと、ノアの方を振り返り、その手を優しく取った。驚くノアの手を、慈しむように、そして決して離さないという強い意志を込めて握りしめる。

「ノア。お前の気持ちを聞かせてくれ。お前は、彼らと共に故郷へ帰りたいか?」

 真っ直ぐに自分を見つめる瑠璃色の瞳。握られた手から伝わる、揺るぎない温もり。

 ノアはゆっくりと首を横に振った。

「……帰りたく、ありません」

 やっとの思いで絞り出した声は、小さく、けれどはっきりとした響きを持っていた。

「僕の居場所は、ここです。……あなたの、隣です」

 その言葉を聞いた瞬間、ジャファルの表情がふっと和らいだ。まるで、世界で最も聞きたかった言葉を聞けた、とでも言うように。

 彼は再びユリウスに向き直ると、今度は一国の王としての威厳を纏って、厳かに宣言した。

「聞いた通りだ。これが彼の意志であり、私の意志でもある。リヒトハイム侯爵家よ、彼の所有権を主張するつもりなら、このバシラ王国を敵に回す覚悟をするがいい」

 それは、もはや交渉ではなかった。最後通牒だ。

「彼を傷つけるくらいなら、貴国との友好関係がどうなろうと、私は一切構わない。さあ、答えを聞こうか」

 ノアというたった一人の存在のために、国交断絶すら辞さない。ジャファルのその揺るぎない覚悟は、使者であるユリウスだけでなく、その場にいた全ての者を震撼させた。

 ユリウスは、もはや反論の言葉を見つけられなかった。そして、理解した。この砂漠の王は、本気で兄を愛しているのだと。自分たち家族が決して与えることのできなかった、絶対的な愛と庇護で、兄を守っているのだと。

 それに気づいた時、彼の胸にこみ上げてきたのは、嫉妬や悔しさではなかった。ただ、純粋な安堵だった。

(ああ、よかった。兄さんは、本当に大切にされているんだ……)

 ユリウスは力なくその場に座り込み、深々と頭を下げた。

「……承知、いたしました。これ以上の無礼は、お許しください」

 それが、彼の出せる精一杯の答えだった。

 謁見が終わり、ユリウスが客室へと下がった後も、ジャファルはノアの手を離さなかった。

「怖かっただろう。辛いことを思い出させて、すまなかった」

「いいえ……」

 ノアは首を振る。

「ありがとうございます、ジャファル様。あなたがいてくれて、よかった」

 守られている。愛されている。その実感が、温かい光のようにノアの心を満たしていく。

 この人の傍にいたい。

 この温かい手を、二度と離したくない。

 ノアの中で、ジャファルへの想いは、もはや感謝や安らぎだけではなかった。それは、はっきりと形になった恋心だった。自分の気持ちを自覚したノアは、頬を染め、少しだけ強く、ジャファルの手を握り返した。そのささやかな反応に、ジャファルはすべてを察したように、優しく微笑むのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。

竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。 男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。 家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。 前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。 前世の記憶チートで優秀なことも。 だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。 愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。

追放されたので路地裏で工房を開いたら、お忍びの皇帝陛下に懐かれてしまい、溺愛されています

水凪しおん
BL
「お前は役立たずだ」――。 王立錬金術師工房を理不尽に追放された青年フィオ。彼に残されたのは、物の真の価値を見抜くユニークスキル【神眼鑑定】と、前世で培ったアンティークの修復技術だけだった。 絶望の淵で、彼は王都の片隅に小さな修理屋『時の忘れもの』を開く。忘れられたガラクタに再び命を吹き込む穏やかな日々。そんな彼の前に、ある日、氷のように美しい一人の青年が現れる。 「これを、直してほしい」 レオと名乗る彼が持ち込む品は、なぜか歴史を揺るがすほどの“国宝級”のガラクタばかり。壊れた「物」を通して、少しずつ心を通わせていく二人。しかし、レオが隠し続けたその正体は、フィオの運命を、そして国をも揺るがす、あまりにも大きな秘密だった――。

無能と追放された宮廷神官、実は動物を癒やすだけのスキル【聖癒】で、呪われた騎士団長を浄化し、もふもふ達と辺境で幸せな第二の人生を始めます

水凪しおん
BL
「君はもう、必要ない」 宮廷神官のルカは、動物を癒やすだけの地味なスキル【聖癒】を「無能」と蔑まれ、一方的に追放されてしまう。 前世で獣医だった彼にとって、祈りと権力争いに明け暮れる宮廷は息苦しい場所でしかなく、むしろ解放された気分で当てもない旅に出る。 やがてたどり着いたのは、"黒銀の鬼"が守るという辺境の森。そこでルカは、瘴気に苦しむ一匹の魔狼を癒やす。 その出会いが、彼の運命を大きく変えることになった。 魔狼を救ったルカの前に現れたのは、噂に聞く"黒銀の鬼"、騎士団長のギルベルトその人だった。呪いの鎧をその身に纏い、常に死の瘴気を放つ彼は、しかしルカの力を目の当たりにすると、意外な依頼を持ちかける。 「この者たちを、救ってやってはくれまいか」 彼に案内された砦の奥には、彼の放つ瘴気に当てられ、弱りきった動物たちが保護されていた。 "黒銀の鬼"の仮面の下に隠された、深い優しさ。 ルカの温かい【聖癒】は、動物たちだけでなく、ギルベルトの永い孤独と呪いさえも癒やし始める。 追放された癒し手と、呪われた騎士。もふもふ達に囲まれて、二つの孤独な魂がゆっくりと惹かれ合っていく――。 心温まる、もふもふ癒やしファンタジー!

偽物勇者は愛を乞う

きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。 六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。 偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。

婚約破棄されて追放された僕、実は森羅万象に愛される【寵愛者】でした。冷酷なはずの公爵様から、身も心も蕩けるほど溺愛されています

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男アレンは、「魔力なし」を理由に婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡され、社交界の笑い者となる。家族からも見放され、全てを失った彼の元に舞い込んだのは、王国最強と謳われる『氷の貴公子』ルシウス公爵からの縁談だった。 「政略結婚」――そう割り切っていたアレンを待っていたのは、噂とはかけ離れたルシウスの異常なまでの甘やかしと、執着に満ちた熱い眼差しだった。 「君は私の至宝だ。誰にも傷つけさせはしない」 戸惑いながらも、その不器用で真っ直ぐな愛情に、アレンの凍てついた心は少しずつ溶かされていく。 そんな中、領地を襲った魔物の大群を前に、アレンは己に秘められた本当の力を解放する。それは、森羅万象の精霊に愛される【全属性の寵愛者】という、規格外のチート能力。 なぜ彼は、自分にこれほど執着するのか? その答えは、二人の魂を繋ぐ、遥か古代からの約束にあった――。 これは、どん底に突き落とされた心優しき少年が、魂の番である最強の騎士に見出され、世界一の愛と最強の力を手に入れる、甘く劇的なシンデレラストーリー。

偽りの罪で追放された俺の【緑の手】は伝説級の力だった。不毛の地で運命の番に溺愛され、世界一の穀倉地帯を作って幸せになります

水凪しおん
BL
「君はもう、一人じゃない」 偽りの罪で全てを奪われ、国で最も不毛な土地へ追放された美貌の公爵令息、エリアス。彼が持つ【緑の手】の力は「地味で役立たない」と嘲笑され、その心は凍てついていた。 追放の地で彼を待っていたのは、熊のような大男の領主カイ。無骨で飾らない、けれど太陽のように温かいアルファだった。 カイの深い愛に触れ、エリアスは自らの能力が持つ、伝説級の奇跡の力に目覚めていく。痩せた大地は豊かな緑に覆われ、絶望は希望へと変わる。これは、運命の番と出会い、本当の居場所と幸福を見つけるまでの、心の再生の物語。 王都が犯した過ちの代償を払う時、二人が選ぶ未来とは――。 ざまぁあり、溺愛あり、美味しい作物たっぷりの異世界スローライフ・ボーイズラブ、ここに開幕。

推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!

木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。 この話は小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...