13 / 24
第12話「弟の涙と真実」
しおりを挟む
その夜、月明かりが窓から差し込む頃、ノアの部屋の扉が静かにノックされた。
侍従かと思ったノアが「どうぞ」と声をかけると、おずおずと入ってきたのは、弟のユリウスだった。昼間の謁見の時とは違い、彼はたった一人だった。
「兄さん……。夜分にごめん」
ノアは驚いたが、彼を部屋の中へと招き入れた。二人きりになるのは、何年ぶりのことだろうか。気まずい沈黙が流れる。
先にそれを破ったのは、ユリウスだった。
「昼間は、本当にすまなかった。家の命令で来たことは、事実だ。でも……」
ユリウスは、言い淀みながらも、必死に言葉を紡いだ。
「でも、僕自身の本当の目的は、兄さんがここで幸せに暮らしているか、この目で確かめたかったからなんだ」
その言葉は、ノアにとって予想外のものだった。
「僕は……ずっと後悔してた。幼い頃から、兄さんが両親に酷い扱いをされているのを見て見ぬふりしかできなかった。兄さんが追放されたあの日も、僕は父を止めることすらできなかった……。臆病者なんだ、僕は」
ユリウスの瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「兄さんを守れなかったことが、ずっと苦しかった。だから、せめて幸せでいてほしいって、ずっと祈ってたんだ。今日のジャファル陛下の姿を見て、そして、兄さんの穏やかな顔を見て……本当に、安心した」
しゃくりあげながら語られる弟の真実。それは、ノアが知らなかった、弟の長年の苦しみだった。自分だけが辛いのだと思っていた。だが、弟もまた、彼の場所で苦しんでいたのだ。
「兄さんが、心から笑える場所にいられて……本当に、よかった……!」
嗚咽するユリウスの肩を、ノアはそっと抱いた。
「ユリウス……」
もう、彼を憎む気持ちはどこにもなかった。
「ありがとう。心配、してくれてたんだな」
「当たり前だろ!たった一人の、僕の兄さんなんだから……!」
子供のように泣きじゃくる弟の背中を、ノアは優しく撫で続けた。長い間、二人の間に横たわっていた溝が、静かに埋まっていくのを感じる。それは、静かで、穏やかな和解の瞬間だった。
しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したユリウスは、涙を拭って顔を上げた。
「兄さん、約束する。僕が国に帰ったら、父には『ノア様はバシラの国の重要人物であり、到底帰還は不可能だった』と報告する。そして、二度とリヒトハイム家が兄さんに干渉しないよう、僕が盾になる。今度こそ、僕が兄さんを守るから」
その瞳には、かつての弱々しい光はなく、強い決意の光が宿っていた。
翌朝、ユリウスはバシラを発った。
去り際、彼はノアにだけ聞こえるように、小さな声で囁いた。
「兄さん、幸せにね」
その言葉に、ノアは力強く頷いた。
過去との決別は、決して辛いだけのものではなかった。それは、弟との新しい絆の始まりでもあった。嵐は過ぎ去り、ノアの心には、一片の曇りもない、澄み切った青空が広がっていた。
侍従かと思ったノアが「どうぞ」と声をかけると、おずおずと入ってきたのは、弟のユリウスだった。昼間の謁見の時とは違い、彼はたった一人だった。
「兄さん……。夜分にごめん」
ノアは驚いたが、彼を部屋の中へと招き入れた。二人きりになるのは、何年ぶりのことだろうか。気まずい沈黙が流れる。
先にそれを破ったのは、ユリウスだった。
「昼間は、本当にすまなかった。家の命令で来たことは、事実だ。でも……」
ユリウスは、言い淀みながらも、必死に言葉を紡いだ。
「でも、僕自身の本当の目的は、兄さんがここで幸せに暮らしているか、この目で確かめたかったからなんだ」
その言葉は、ノアにとって予想外のものだった。
「僕は……ずっと後悔してた。幼い頃から、兄さんが両親に酷い扱いをされているのを見て見ぬふりしかできなかった。兄さんが追放されたあの日も、僕は父を止めることすらできなかった……。臆病者なんだ、僕は」
ユリウスの瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「兄さんを守れなかったことが、ずっと苦しかった。だから、せめて幸せでいてほしいって、ずっと祈ってたんだ。今日のジャファル陛下の姿を見て、そして、兄さんの穏やかな顔を見て……本当に、安心した」
しゃくりあげながら語られる弟の真実。それは、ノアが知らなかった、弟の長年の苦しみだった。自分だけが辛いのだと思っていた。だが、弟もまた、彼の場所で苦しんでいたのだ。
「兄さんが、心から笑える場所にいられて……本当に、よかった……!」
嗚咽するユリウスの肩を、ノアはそっと抱いた。
「ユリウス……」
もう、彼を憎む気持ちはどこにもなかった。
「ありがとう。心配、してくれてたんだな」
「当たり前だろ!たった一人の、僕の兄さんなんだから……!」
子供のように泣きじゃくる弟の背中を、ノアは優しく撫で続けた。長い間、二人の間に横たわっていた溝が、静かに埋まっていくのを感じる。それは、静かで、穏やかな和解の瞬間だった。
しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したユリウスは、涙を拭って顔を上げた。
「兄さん、約束する。僕が国に帰ったら、父には『ノア様はバシラの国の重要人物であり、到底帰還は不可能だった』と報告する。そして、二度とリヒトハイム家が兄さんに干渉しないよう、僕が盾になる。今度こそ、僕が兄さんを守るから」
その瞳には、かつての弱々しい光はなく、強い決意の光が宿っていた。
翌朝、ユリウスはバシラを発った。
去り際、彼はノアにだけ聞こえるように、小さな声で囁いた。
「兄さん、幸せにね」
その言葉に、ノアは力強く頷いた。
過去との決別は、決して辛いだけのものではなかった。それは、弟との新しい絆の始まりでもあった。嵐は過ぎ去り、ノアの心には、一片の曇りもない、澄み切った青空が広がっていた。
88
あなたにおすすめの小説
『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる
レイ
BL
「出来損ない」と捨てられた場所は、私の居場所ではありませんでした。
ラングリス王国の第三王子・フィオーレは、王族の証である『聖種の紋様』が現れなかったことで「偽物の番」と罵られ、雪降る国境へと追放される。
死を覚悟した彼の前に現れたのは、隣国アイゼン帝国の「冷徹皇帝」ヴォルフラムだった。
婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。
零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。
鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。
ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。
「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、
「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。
互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。
※諸事情により、本編、番外編「嫁溺愛大将と幼馴染み達」「イザームさんとルーカスくん」のみ再掲します。
「羽化」
「案外、短気」
「飴と鞭」
は未公開のままで失礼いたします。
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
追放された悪役令嬢、規格外魔力でもふもふ聖獣を手懐け隣国の王子に溺愛される
黒崎隼人
ファンタジー
「ようやく、この息苦しい生活から解放される!」
無実の罪で婚約破棄され、国外追放を言い渡された公爵令嬢エレオノーラ。しかし彼女は、悲しむどころか心の中で歓喜の声をあげていた。完璧な淑女の仮面の下に隠していたのは、国一番と謳われた祖母譲りの規格外な魔力。追放先の「魔の森」で力を解放した彼女の周りには、伝説の聖獣グリフォンをはじめ、可愛いもふもふ達が次々と集まってきて……!?
自由気ままなスローライフを満喫する元悪役令嬢と、彼女のありのままの姿に惹かれた「氷の王子」。二人の出会いが、やがて二つの国の運命を大きく動かすことになる。
窮屈な世界から解き放たれた少女が、本当の自分と最高の幸せを見つける、溺愛と逆転の異世界ファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる