βの俺がΩに分化したら、病弱なはずのαの主君の本性が覚醒。執着と溺愛で主従が逆転しました

水凪しおん

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第5話「芽生える才能と公爵家の影」

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 ラッセル様による過保護な『世話』が始まって数日が経った。
 俺の身体は徐々にΩであることに順応し始め、以前のような極度の気怠さは薄れてきた。
 しかし、それに反比例するようにラッセル様の支配はより一層甘く、そして濃密なものになっていく。

「レオンハルト、今日の昼食は庭園で取らないか。天気がいい」

「ですが、俺はまだ……」

「『私』がそうしたいんだ。お前は隣にいてくれるだけでいい」

 有無を言わせぬ物言いで、俺は彼に連れられて美しい庭園のガゼボへと向かった。
 もはや俺に拒否権はない。
 彼の言うことが、この屋敷の新しいルールだった。

 テーブルに並べられた豪華な食事を、またしてもラッセル様に食べさせてもらいながら、俺はふと彼の横顔に浮かぶ疲労の色に気づいた。

「ラッセル様、少し顔色が優れないようですが……」

「ああ、少しな。領地の経営が、あまり芳しくなくてな」

 その言葉に、俺はハッとした。
 そうだ。
 俺が自分の身体のことで精一杯になっている間にも、公爵家の当主としての彼の仕事は山積みのはずだ。
 病弱な身体で、どれほどの心労を抱えているのだろうか。

「……何か、俺にお手伝いできることはありませんか」

 気づけば、自然とそんな言葉が口をついて出ていた。
 従者としての習性が、まだ身体に染み付いている。

 ラッセル様は意外そうな顔をしたが、すぐに面白そうに口の端を上げた。

「お前に?そうだな……まあ、話を聞いてくれるだけでも助かる」

 彼は、ヴァレンティン公爵領が抱える問題についてぽつりぽつりと話し始めた。
 長引く日照りによる農作物の不作、近隣の領地との交易の不振、そしてそれに伴う財政の悪化。
 問題は深刻だった。

 話を聞きながら、俺はかつて書庫で読んだ書物の内容を思い出していた。
 従者の務めとして、領地経営に関する知識も一通り頭に入れていたのだ。
 その中には、書庫で読んだ古い書物の中に、かつてこの地で試され、忘れ去られた効率的な農業に関する知識も含まれていた。

「あの、ラッセル様。一つ、試してみてはいかがでしょうか」

「ん?なんだ」

「この領地の土壌は、特定の作物ばかりを育ててきたため地力が落ちているのではないでしょうか。いくつかの区画に分け、違う種類の作物を順番に育てる『輪作』という農法を取り入れてみては。また、近くの川から水路を引き水車を使えば、日照りの影響も軽減できるかと」

 我ながら、滑らかに言葉が出てくることに驚いた。
 それはまるで、ずっと前から知っていた知識のようだった。

 俺の言葉を聞き終えたラッセル様は、しばらくの間驚いたように目を丸くしていたが、やがてその紫紺の瞳に強い輝きを宿した。

「レオンハルト……お前、なぜそんなことを知っている?」

「え、あ、それは、書物で……」

「素晴らしい……!その発想はなかった。すぐに実行に移そう」

 ラッセル様は、まるで新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせている。
 その純粋な喜びに、俺の胸も少しだけ温かくなった。
 役に立てた。
 その事実が、素直に嬉しかった。

 しかし、その提案はすぐに壁にぶつかった。
 ラッセル様が家臣たちに俺の案を話したところ、重鎮の家臣たちから猛反対を受けたのだ。

「何を血迷われたのですか、ラッセル様!そのような前例のない農法、失敗すれば領民が飢えることになりますぞ!」

「そもそも、なぜ一介の従者、しかも素性の知れぬΩの言葉を真に受けられるのですか!」

 彼らにとって、俺はもはや護衛でも従者でもなく主君を誑かした得体の知れないΩでしかなかった。
 その突き刺すような視線に、俺は思わず俯いてしまう。

 だが、その時。

「黙れ」

 凛とした、しかし絶対的な威圧感を伴ったラッセル様の声が会議室に響き渡った。

「私の決定に口を挟むというのか。それに、レオンハルトは『一介の従者』ではない。私の伴侶となる者だ。彼を侮辱することは、私を侮辱することと知れ」

 伴侶、という言葉に家臣たちだけでなく俺自身も息を呑んだ。
 ラッセル様は、家臣たちを一人一人睨みつけるように見回すと静かに続けた。

「この計画は実行する。責任はすべて私が取る。異論のある者は、今すぐこの場を去るがいい」

 その迫力に、あれほど強硬に反対していた家臣たちも押し黙るしかなかった。

 会議の後、俺はラッセル様に呼び出された。

「すまなかったな、レオンハルト。嫌な思いをさせた」

「いえ……それよりも、伴侶とは……」

「いずれ、そうなる。私はお前以外の誰とも番うつもりはないからな」

 当たり前のように言い切る彼に、俺は言葉を失った。
 この人の執着は、俺が思っているよりもずっと深く、そして揺るぎないものなのかもしれない。

「だが、お前の才能には驚いた。もしかしたら、お前はヴァレンティン領の救世主になるかもしれないな」

 ラッセル様はそう言うと、俺の頭を優しく撫でた。
 その手つきは、まるで壊れ物を扱うかのようにどこまでも優しい。

 主君を守るためではなく、主君の隣で主君のために力を尽くす。
 それは、俺が思い描いていた忠誠の形とは違う。
 だが、悪くない、と。
 そう思ってしまった俺は、もうとっくにこの甘い支配に囚われてしまっているのかもしれなかった。
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