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第6話「実りの季節と縮まる距離」
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ラッセル様の鶴の一声で、俺の提案した農業改革は実行に移されることになった。
もちろん、全ての農地で一度に試すわけにはいかない。
まずは公爵家直轄の小さな農地を試験区画とし、成果を見ることになった。
俺は、体調の良い日にはラッセル様の許可を得て農地へ足を運んだ。
農夫たちに輪作の仕組みを説明し、水路の設計図を描き、水車の設置を指示する。
最初、彼らは「若様の寵愛を受ける謎のΩ」である俺を訝しげに見ていたが、俺が泥だらけになりながら彼らと共に働き、専門的な知識を披露するうちにその視線は徐々に信頼へと変わっていった。
「レオン様は、すげえなあ。俺たちよりずっと、土のことや作物のことを知ってなさる」
「ああ。まさか、こんな方法があったなんてな」
いつしか俺は、彼らから「レオン様」と呼ばれるようになっていた。
ラッセル様は、そんな俺の活動を少し心配そうに、しかし誇らしげに見守っていた。
彼自身も、多忙な執務の合間を縫って何度も農地を訪れた。
その度に、俺の身体を気遣い、冷たい飲み物や汗を拭うための布を差し出してくれる。
その姿は、まるで甲斐甲斐しく恋人の世話を焼くαそのものだった。
「あまり無理はするな。お前の身体は、お前一人のものではないのだから」
そう言って、俺の少し膨らみ始めた腹を優しく撫でるラッセル様。
まだ懐妊はしていないが、Ωの身体はαのフェロモンを浴び続けることで子を宿す準備を始めるという。
その事実が、俺をひどく落ち着かない気持ちにさせた。
季節が巡り、収穫の秋がやってきた。
試験区画の作物は、誰もが目を見張るほど見事な実りをつけた。
従来の農法で育てられた区画が日照りの影響で不作だったのに対し、俺たちの区画の収穫量は例年の三倍近くにものぼったのだ。
領民たちは歓喜し、その夜は村を挙げての収穫祭が開かれた。
祭りの中心で、領民たちから何度も感謝の言葉をかけられる。
「レオン様、本当にありがとうございます!」
「あなた様のおかげで、冬を越せます!」
その純粋な感謝の言葉に、胸が熱くなった。
主君を守ることだけが自分の存在意義だと思っていた。
だが、こうして多くの人々を笑顔にすることも同じくらい価値のあることなのかもしれない。
祭りの喧騒から少し離れた丘の上で、俺はラッセル様と二人、夜空を見上げていた。
「見ろ、レオンハルト。皆、笑っている。これもすべて、お前のおかげだ」
「いえ、俺だけの力では……ラッセル様が信じてくださったからです」
「ふふ、謙遜するな。私は、お前の才能を最初から信じていたさ」
ラッセル様はそう言うと、俺の肩をそっと抱き寄せた。
彼の体温が、心地よく伝わってくる。
出会った頃からずっと、この人の隣にいた。
けれど、今ほどその存在を近くに感じたことはない。
「レオンハルト」
「……はい」
「お前は、今、幸せか?」
静かな問いに、俺は答えに窮した。
幸せ、とは何だろう。
主君を守る従者としての誇りを失い、Ωとしてαに支配される日々。
それは、俺が望んだ人生とはかけ離れている。
だが。
「……分かりません。でも、こうしてラッセル様の隣にいて、領地の人々が笑っているのを見ると胸が温かくなります。悪い気は……しません」
それが、俺の精一杯の答えだった。
すると、ラッセル様は愛おしそうに目を細め、俺の唇に優しいキスを落とした。
それは、初めての時のような支配的なものではなく、慈しみに満ちた柔らかな口づけだった。
「なら、よかった。これから、もっとお前を幸せにしてやる。お前が、私なしでは生きていけないと思うくらいに」
その言葉は、甘い呪いのように俺の心に染み渡っていく。
彼の腕の中で、俺は静かに瞳を閉じた。
もう、元の関係には戻れない。
戻りたいとも、思わなくなっているのかもしれない。
この人の隣が、いつの間にか俺の新しい居場所になっていた。
***
農業改革の成功は、すぐに領内に広まった。
あれほど俺を蔑んでいた家臣たちも、その功績を認めざるを得なくなり俺を見る目が少しずつ変わっていくのを感じた。
しかし、光が強くなれば影もまた濃くなる。
レオンハルトの活躍は、ヴァレンティン公爵家内の勢力図を塗り替えるだけでなく、他の貴族たちの耳にも届いていた。
特に、ヴァレンティン家と対立関係にある古くからの貴族たちは、この状況を面白く思わないだろう。
穏やかな日々の裏で、新たな嵐が近づいていることをこの時の俺はまだ知らなかった。
もちろん、全ての農地で一度に試すわけにはいかない。
まずは公爵家直轄の小さな農地を試験区画とし、成果を見ることになった。
俺は、体調の良い日にはラッセル様の許可を得て農地へ足を運んだ。
農夫たちに輪作の仕組みを説明し、水路の設計図を描き、水車の設置を指示する。
最初、彼らは「若様の寵愛を受ける謎のΩ」である俺を訝しげに見ていたが、俺が泥だらけになりながら彼らと共に働き、専門的な知識を披露するうちにその視線は徐々に信頼へと変わっていった。
「レオン様は、すげえなあ。俺たちよりずっと、土のことや作物のことを知ってなさる」
「ああ。まさか、こんな方法があったなんてな」
いつしか俺は、彼らから「レオン様」と呼ばれるようになっていた。
ラッセル様は、そんな俺の活動を少し心配そうに、しかし誇らしげに見守っていた。
彼自身も、多忙な執務の合間を縫って何度も農地を訪れた。
その度に、俺の身体を気遣い、冷たい飲み物や汗を拭うための布を差し出してくれる。
その姿は、まるで甲斐甲斐しく恋人の世話を焼くαそのものだった。
「あまり無理はするな。お前の身体は、お前一人のものではないのだから」
そう言って、俺の少し膨らみ始めた腹を優しく撫でるラッセル様。
まだ懐妊はしていないが、Ωの身体はαのフェロモンを浴び続けることで子を宿す準備を始めるという。
その事実が、俺をひどく落ち着かない気持ちにさせた。
季節が巡り、収穫の秋がやってきた。
試験区画の作物は、誰もが目を見張るほど見事な実りをつけた。
従来の農法で育てられた区画が日照りの影響で不作だったのに対し、俺たちの区画の収穫量は例年の三倍近くにものぼったのだ。
領民たちは歓喜し、その夜は村を挙げての収穫祭が開かれた。
祭りの中心で、領民たちから何度も感謝の言葉をかけられる。
「レオン様、本当にありがとうございます!」
「あなた様のおかげで、冬を越せます!」
その純粋な感謝の言葉に、胸が熱くなった。
主君を守ることだけが自分の存在意義だと思っていた。
だが、こうして多くの人々を笑顔にすることも同じくらい価値のあることなのかもしれない。
祭りの喧騒から少し離れた丘の上で、俺はラッセル様と二人、夜空を見上げていた。
「見ろ、レオンハルト。皆、笑っている。これもすべて、お前のおかげだ」
「いえ、俺だけの力では……ラッセル様が信じてくださったからです」
「ふふ、謙遜するな。私は、お前の才能を最初から信じていたさ」
ラッセル様はそう言うと、俺の肩をそっと抱き寄せた。
彼の体温が、心地よく伝わってくる。
出会った頃からずっと、この人の隣にいた。
けれど、今ほどその存在を近くに感じたことはない。
「レオンハルト」
「……はい」
「お前は、今、幸せか?」
静かな問いに、俺は答えに窮した。
幸せ、とは何だろう。
主君を守る従者としての誇りを失い、Ωとしてαに支配される日々。
それは、俺が望んだ人生とはかけ離れている。
だが。
「……分かりません。でも、こうしてラッセル様の隣にいて、領地の人々が笑っているのを見ると胸が温かくなります。悪い気は……しません」
それが、俺の精一杯の答えだった。
すると、ラッセル様は愛おしそうに目を細め、俺の唇に優しいキスを落とした。
それは、初めての時のような支配的なものではなく、慈しみに満ちた柔らかな口づけだった。
「なら、よかった。これから、もっとお前を幸せにしてやる。お前が、私なしでは生きていけないと思うくらいに」
その言葉は、甘い呪いのように俺の心に染み渡っていく。
彼の腕の中で、俺は静かに瞳を閉じた。
もう、元の関係には戻れない。
戻りたいとも、思わなくなっているのかもしれない。
この人の隣が、いつの間にか俺の新しい居場所になっていた。
***
農業改革の成功は、すぐに領内に広まった。
あれほど俺を蔑んでいた家臣たちも、その功績を認めざるを得なくなり俺を見る目が少しずつ変わっていくのを感じた。
しかし、光が強くなれば影もまた濃くなる。
レオンハルトの活躍は、ヴァレンティン公爵家内の勢力図を塗り替えるだけでなく、他の貴族たちの耳にも届いていた。
特に、ヴァレンティン家と対立関係にある古くからの貴族たちは、この状況を面白く思わないだろう。
穏やかな日々の裏で、新たな嵐が近づいていることをこの時の俺はまだ知らなかった。
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