罪と罰とは

双葉

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裁判補佐を夢にみる僕は、休みの日はよく勉強のために裁判を傍聴する
人気のない案件を傍聴した方が落ち着いて聴くことが出来る
補佐は裁判中自分の意見を持たないから希望しているが、傍聴をしていると感情移入してしまい被害者・被告人のどちらにも同情してしまったことが何度もある
その中で一番が八年前に傍聴した殺人事件の裁判だ

被害者は結城ハル、被告人は夫の結城 竹次

検察の冒頭文読み上げでは、竹次は妻のハルを献身的な介護を行なっていたが、介護の中で恨みが募り近くに置いてあった刃物で首を刺し殺害との事だった

ハルの生前における介護態度、介護疲れ、年齢等が考慮され禁固三年の求刑だった
殺人の求刑にしては短い気持ちするが、家族間の殺人事件はナイーブな案件の為慎重になる

裁判官は黙秘権を説明してから竹次に事件の確認をした
「検察官が述べた内容に間違いはありませんか?」
「私が妻を殺した事に間違いはありません」
「わかりました。それでは弁護人、反対尋問を」
弁護士の顔をみて、今回の弁護は被告人にとっては"当たり"の弁護士と言える人物だと思った
刑事事件の弁護士としてはかなり優秀で、九分九厘が有罪になる刑事裁判にしては珍しい無罪を勝ち取った事もある弁護士だった
最初は私選弁護人かと思っていたが、国選弁護人だったと後で調べて驚いた
国選でこの人を当てた竹次の運は本当に良かったのかもしれないと傍聴席で変な感心をしてしまったのを覚えている
その弁護士が竹次に尋問を始めた
「もう一度、被告人に確認ます。被害者ハル氏の首を刺した事を認めるのですね」
「はい」
「調書には近くにあったナイフとありますが、具体的にはどこにあったナイフですか?」
「妻の枕元の盆の中に置いてあるナイフです。それでリンゴの皮を剥いたり、切ったりしていたやつです」
「わかりました。調書では衝動的に被害者殺害したとありますが、殺意はなかったのでは無いですか?」
「殺意?」
「『殺してやる』と言う気持ちです」
「私は最初は戸惑ったが、最後は妻を、ハルを殺す事に迷いは無かった」
「では殺意はあったと言うのですか?」
「そう聞かれたらわからなくなるが、最後、ハルを殺す為に力を入れた事に間違いはない。後悔もない。次はないが、あれば同じ事をする」
「勝手な発言は控えてください」
聞かれていない事まで答えた竹次に裁判官は注意した
弁護士は竹次になんとも言えない顔を向けている
優秀な弁護士のはずの彼は殺意がなかった事をアピールしたかったのだろうが、本人に否定され弁護のしようがなかったみたいだった
「以上で弁護人尋問を終わります」
「では検察官」
「はい。先程、同じ事が有ればまた同じ事をすると言いましたが、間違いは有りませんか」
「はい」
「終わります」

第一回公判は罪状と殺意の有無の確認のみで終わった
第二回公判は別に暮らす娘夫婦が証言台に立ち、自分たちの不甲斐なさ、ハルの死に竹次を恨む気持ちもあるが負担をかけ過ぎた後悔を涙ながらに語っていた
第三回公判は途中からの傍聴になったが、被告人ね黙秘や裁判官に良い印象を与えられない答えが多い事が気になった
質疑も答えやすく聞かれており、特に弁護人からの質問は上手い聞き方をしていたようにも思うものも多かったのにも関わらず
第四回公判に判決が出た
軽いと思っていた検察官の求刑より軽い禁固一年半
判決前に述べられた、老老介護の身体的・精神的疲れ、娘夫婦の証言、年齢等により異例の減刑
判決を聞いた時の竹次は裁判で見た中で一番悔しそうな顔をしていた
あんな悔しそうな顔をするくらいなら、嘘でも反省した風を装えば良かったのにと思ってしまった
そして、そんな事を考えてしまった自分にショックを受けた
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