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10.『家族』という名の××と××
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目が覚めたのは、翌日の夕方だった。
清潔なリネンの中、清められ、サッパリとした体で横たわったベッドの両隣にはアデルとジュリィがいて、2人も眠っているようだった。
泥のように眠っていたのだろう。ぼうっとする意識の中、鈍い頭をゆっくりと動かし、重い体を起こそうと身じろぎした時だった。
「…兄上?」
「……ァ…ル…」
「ああ、声が枯れてしまっていますね。…ごめんなさい。無理をさせてしまいました。お水をお持ちしますので、お待ち下さい」
眠っていたのが嘘のように、テキパキと動くアデルに目を丸くしていると、反対隣でジュリィも起き上がった。
「兄様、大丈夫?…ごめんね、体辛いよね。お水飲むの?ゆっくり起きようね」
「……ん…」
力が入らない体は重く、起き上がることすら一苦労なのに、ジュリィの手が背に回ると、軽々と上半身を起こされ、そのまま体を支えるように、腰を抱かれた。
「…ぁ…りが…」
「兄様、無理して喋らないで」
「……ん」
眉を下げるジュリィに頷き返せば、アデルが水の入ったグラスを持って戻ってきた。
「ゆっくりお飲み下さいね」
手渡されたそれにゆっくりと飲み下せば、ひんやりとした水が胃の中に染み渡っていくのが分かった。
ぼんやりとした意識が覚めるような心地良さにホッと息を吐けば、2人の纏う空気も緩んだ気がした。
「兄様、お腹空いてない?ご飯食べる?」
「お手洗いなどは大丈夫ですか?今はまだ立てないと思いますので、移動は私とジュリィにお任せ下さい」
「お風呂入る?体はちゃんと洗ったんだけど、お湯に入った方が気持ち良いよね」
「お体がまだ辛いですよね…まだお休みになっていて下さい。時間はいくらでもありますから」
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる2人は献身的で、ほんの少しの性も含まない手付きや眼差しは慈愛に満ちていた。
どうやら腰が抜けてしまったらしく、今の自分は歩くことはおろか、ベッドから起き上がることすらできないようだ。
通りでまったく下半身に力が入らない訳だ…とぼんやりと考えていると、ジュリィがモジモジしながら、服の裾をクンと引っ張った。
「…兄様……あの…」
不安そうに揺れる青い瞳。
言いにくそうに言葉を飲み込んだ唇は引き結ばれ、俯いた視線は泳いでいた。
それだけで、ジュリィが何を求めているのか、何を恐れているのか、何を心配しているのかが手に取るように分かってしまった。
「………」
既に全てを許してしまった心は、もう何に怯えることも、躊躇うことも無い。
ただそれが当たり前のことであるかのように、ジュリィの頭に手を伸ばし、柔らかな髪の毛をそっと撫でた。
「……大好きだよ、ジュリィ」
「───…ッ!!」
たった一言、本心を告げれば、ジュリィがバッと顔を上げた。
その顔は今にも泣きそうで、それでいて喜色に満ち溢れていて、見覚えのある“弟”の顔をしていた。
「…っ!兄様…、兄様…!大好きだよ、兄様…!」
本当は抱きつきたいのだろうに、自分の体のことを慮り、頭を撫でていた腕にぎゅうぎゅうとしがみつく様子は愛らしく、ふっと口元が緩んだ。
「…兄上…」
「…アデルも、おいで」
「…!」
ベッドの脇で所在なさげに立ち尽くすアデルを手招きすれば、まるで幼い子どものように目を輝かせたアデルがベッドに乗り上げ、身を屈めた。
差し出された頭に手を伸ばし、サラサラの髪に指を通せば、アデルがふるりと身震いした振動が手の平越しに伝わった。
「…大好きだよ、アデル」
「ッ…!…嬉しいです、兄上。私も、愛しております」
頭を撫でていた手を取られ、痛いほど握り締められた指先に、柔らかなキスを受ける。そのまま肩口に額を乗せ、俯いてしまったアデルは、泣いているようだった。
(……もう、拒んだりしない)
2人から伝わる深い愛情に、そっと瞼を閉じる。
例えそれが、兄弟愛を超えた行き過ぎたものであったとしても、許されない愛だとしても、もう逃げたりしない。…逃げられない。
(……あいしてるよ…)
ポツリと胸の内で呟いたそれが、どんな感情かなんて、自分にももう分からなかった。
ただ、どうしようもないほど愛しいと心から思ってしまった弟達が『幸せ』であるならば、それを願うならば───その為ならば、自分の身も心も、差し出しても構わないと、そう思ってしまったのだ。
まともに動けるようになるまで、2日も寝込むことになりながら、ようやく歩けるようになると、ゆっくりと実家への帰路についた。
用意されていた馬車は極々一般的なもので、あのおかしな仕様の馬車ではなくなったことに、こっそりと安堵の息を吐いた。
馬車の中でも両隣にぴったりと寄り添うアデルとジュリィは、片時も離れたくないと言わんばかりに腕や手を握り締め、まったく身動きが取れないことに思わず苦笑が零れた。
移動中は2人とも甘えたがりな弟そのもので、例え人の目の無い場であっても、過剰に触れられることも、過度な愛情を注がれることもなく、流れる景色を眺め、会話を楽しみ、平穏に過ごしながら馬車は進んだ。
街に立ち寄り買い物をすれば、仲睦まじい様子がそうさせるのか、微笑ましいものを見る目で見られ、なんとも居た堪れない気持ちになったが、それも次第に気にならなくなった。
仲の良い兄弟そのもの───どこからどう見てもそう見える関係は、宿に泊まると一変する。
長い道中は野営することもあり、そういった時は何も起こらないのだが、大きな宿の誰の目にも触れない空間に入ると、アデルとジュリィは“弟”の顔でなくなった。
3人で交わる時もあれば、1人ずつ交わる時もある…何か決め事でもあるのか、その加減は常に均衡が保たれ、どちらかに偏ることはなかった。
昼間の穏やかな様子が嘘のように、甘い言葉で愛を囁き、卑猥な言葉が耳を嬲り、淫らな雌になるまで徹底的に犯される───慣れない行為も、回数を増やすごとに戸惑いは抜け落ち、ただ肌を重ねる心地良さだけが残るようになっていた。
そうして体を繋げるたび、2人は必ず問うのだ。
「兄上」
「兄様」
「私のことが、お好きですか?」
「僕のこと、好き?」
何度も交わり、そのたびに何十回と同じ言葉を返した。
「大好きだよ……アデル、ジュリィ」
まるで何かの呪文のように、何度も何度も愛情を伝えれば、返ってくるのは決まって、心底嬉しいと言わんばかりの微笑みを浮かべた、2人からの愛の言葉だった。
「私も、愛しております」
「僕も、大好きだよ」
幸せそうなその声は、ぐずぐずに溶けた脳を更に溶かし、肉と骨の細部まで染み込んでいった。
「今、護衛に付いている騎士も、御者をしている従者達も、私が個人的に雇っている者達です」
あともう少しで実家に着く…いよいよ迫ったその瞬間に身を固くしていると、アデルが伯爵邸の現状を教えてくれた。
多くの使用人達はそのまま、家令の彼だけが、年齢を理由に彼の息子にその役目を譲り、今は相談役としてのんびりと過ごしているらしい。
その中に、アデルが個人的に雇った使用人達がおり、彼らは屋敷の使用人とは異なり、アデルの個人的な仕事をこなす為、基本的には住まいも分けているとのことだった。
「彼らは私達の関係も知っています。今回同行しているのも彼らだけです。ああ、口は固い者達ですから、ご安心下さい。屋敷の者達は、私とジュリィの気持ちも知りませんし、兄上との仲を打ち明けるつもりもありません。…彼らの前では、今まで通り過ごしたいと思っていますので、あまり心配なさらないで下さいね」
とどのつまり、アデルの私的な使用人というは、自分達の秘めた関係には口を閉じたまま、身の回りの世話をしてくれる者達ということだろう。
いつの間にか清められていた空間や、用意されていた食事など、ずっと不思議に思っていた謎も、自分の目に触れぬ所で、彼らが全てこなしてくれていたのだろう。
正直、恥ずかしくて堪らないが、何故か一度もその姿を目にしていないことを鑑みるに、意図的に自分と顔を合わせないようにしているのかもしれない。
礼を伝えるべきなのだろうが、今は合わせる顔がなく、それ以上踏み込んで聞くのはやめた。その上で、屋敷の者達の前では今までと変わらず過ごせることに心底安堵した。
「……皆、元気にしてるかな?」
「ええ、とてもお元気です。ですが兄上が出ていってしまった後は、皆さんとても落ち込んでいらっしゃいましたよ」
「す、すまない…」
「謝らないで、兄様。それだけ皆、兄様が大好きふってことだよ。…今回迎えに行くって言ったら、とても喜んでた。皆が兄様の帰りを待ってるよ」
「…ッ」
…ああ、なんて幸せなことだろう。
黙っていなくなった自分を案じ、帰りを待っていてくれる者達がいた───その幸福に、じんわりと目頭が熱くなった。
「…僕達だって、兄様のことずっとずっと、想ってたんだよ」
「…うん。ありがとう、ジュリィ」
まるで張り合うかのように、唇を尖らせるジュリィの頭を撫でれば、反対側の手をアデルに取られ、指先が絡んだ。
「兄上のお部屋はそのままですが、新しいお部屋を離れに作りましたので、できましたらそちらをお使い下さい。私とジュリィの部屋もそちらにありますので……離れには、私の使用人しか置いておりません。大きな声を出しても、屋敷の者達に聞かれることはありませんからね」
「っ…」
耳元で囁かれた声の裏側には多分な含みがあり、全て言葉にせずとも言われていることが分かり、カァッと頬が熱くなった。
「大丈夫ですよ。寝起きする場所が変わるだけで、生活圏は本邸です。露骨に私達の愛の巣にする訳ではありませんから、ご安心下さい」
「……うん」
思考を見透かしたようなアデルの言葉に小さく返事をしつつ、ふとそのように急に2人の生活場所を変えても大丈夫なのか、疑問が浮かんだ。
「私は構わないけど…二人はいいのか?本邸に部屋があるだろう?」
「いえ、もう長いこと、私もジュリィも離れで生活していますので、本邸の部屋はほとんど空ですよ」
「……そう、か」
「なぜ?」と湧いた疑問は、ギリギリのところで飲み込んだ。
今回のことで居を移した訳ではなく、『長いこと』というところに引っ掛かりを覚えたが、あまりにもキッパリと言い切ったアデルにはそれ以上聞きづらく、口を噤んだ。
(…落ち着いたら、聞いてみようかな)
たった数日の間に、自分の人生がひっくり返るほど色んなことが起こり過ぎて、ふわふわとした感覚が抜けず、地に足が着いていないのだ。
もう少し、落ち着いて過ごせるようになったら、その時にでも───その頃にはもう、自分は疑問を抱くことすらなく、アデルとジュリィから注がれる激情を丸々受け入れているのだろう…と諦観にも似た未来を漠然と思い浮かべるも、既に心が波立つことは無くなっていた。
愛しい弟達。
彼らが幸せであれば、自分も幸せなのだ。
(……例え、この感情が無理やり作り上げられたものだったとしても…)
それでも、そこに含まれていた愛情は間違いなく本物で、疑いようもない、自分の心だった。
馬車が伯爵邸の門をくぐり、長いアプローチを進む。
玄関ホールには、懐かしくて泣いてしまいそうな顔触れがズラリと並び、誰も彼もが、穏やかに微笑んでいた。
その中央、玄関の正面には親代わりであった家令の姿もあり、堪らず込み上げた感情に、グッと唇を噛み締めた。
ゆっくりと停まった馬車からアデルとジュリィが降り、その先でそっと手を差し伸べる。
エスコートのように差し出されたその手を取り、不安と緊張でドキドキと脈打つ心臓を胸に秘めながら、震える足で皆の前に立った。
「おかえりなさいませ、レオ様」
「…ッ!」
優しく微笑む家令の柔らかな声に合わせ、皆が一斉に腰を折った。
その一言で、紙切れ1枚で勝手にいなくなってしまったこと、心配と迷惑をかけてしまったことの後悔で重苦しかった胸はスッと軽くなった。
「おかえりなさい、兄上」
「おかえりなさい、兄様」
両の手を握ったアデルとジュリィの穏やかな微笑みに、瞳からは涙が一粒、ポタリと零れた。
もう、ここに帰ることはない───4年前、ここを出て行く時は、何の感情も湧かなかった。
それなのに、こうして戻ってきて胸に宿るのは、皆に愛されて過ごしてきた思い出と、胸が詰まるほどの懐かしさ、「帰ってきた」という、どうしようもない安堵だった。
「……ただいま、帰りました」
じわりと胸に滲んだ感情はなんだろう。
自然と緩んだ頬のまま、アデルとジュリィに笑みを返せば、甘やかな檻へと誘うように、優しく手を引かれた。
ああ…情の鎖で繋がれたこの身は、もう2度と、どこへも行けなくなった───繋いだ掌から伝わる温もりに、そんなことを思った。
--------------------
これにて表面となるレオくんのターンは終わりです!ここまで辿り着くのに2年掛かってしまいました…
残すはアデルくんとジュリィくんのターンとなる裏面ですが、来月の祭り(BL小説大賞)に参加したいなぁと思っておりまして…続きの更新はもう暫くお待ち下さいませ…!oyzすみません…!
清潔なリネンの中、清められ、サッパリとした体で横たわったベッドの両隣にはアデルとジュリィがいて、2人も眠っているようだった。
泥のように眠っていたのだろう。ぼうっとする意識の中、鈍い頭をゆっくりと動かし、重い体を起こそうと身じろぎした時だった。
「…兄上?」
「……ァ…ル…」
「ああ、声が枯れてしまっていますね。…ごめんなさい。無理をさせてしまいました。お水をお持ちしますので、お待ち下さい」
眠っていたのが嘘のように、テキパキと動くアデルに目を丸くしていると、反対隣でジュリィも起き上がった。
「兄様、大丈夫?…ごめんね、体辛いよね。お水飲むの?ゆっくり起きようね」
「……ん…」
力が入らない体は重く、起き上がることすら一苦労なのに、ジュリィの手が背に回ると、軽々と上半身を起こされ、そのまま体を支えるように、腰を抱かれた。
「…ぁ…りが…」
「兄様、無理して喋らないで」
「……ん」
眉を下げるジュリィに頷き返せば、アデルが水の入ったグラスを持って戻ってきた。
「ゆっくりお飲み下さいね」
手渡されたそれにゆっくりと飲み下せば、ひんやりとした水が胃の中に染み渡っていくのが分かった。
ぼんやりとした意識が覚めるような心地良さにホッと息を吐けば、2人の纏う空気も緩んだ気がした。
「兄様、お腹空いてない?ご飯食べる?」
「お手洗いなどは大丈夫ですか?今はまだ立てないと思いますので、移動は私とジュリィにお任せ下さい」
「お風呂入る?体はちゃんと洗ったんだけど、お湯に入った方が気持ち良いよね」
「お体がまだ辛いですよね…まだお休みになっていて下さい。時間はいくらでもありますから」
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる2人は献身的で、ほんの少しの性も含まない手付きや眼差しは慈愛に満ちていた。
どうやら腰が抜けてしまったらしく、今の自分は歩くことはおろか、ベッドから起き上がることすらできないようだ。
通りでまったく下半身に力が入らない訳だ…とぼんやりと考えていると、ジュリィがモジモジしながら、服の裾をクンと引っ張った。
「…兄様……あの…」
不安そうに揺れる青い瞳。
言いにくそうに言葉を飲み込んだ唇は引き結ばれ、俯いた視線は泳いでいた。
それだけで、ジュリィが何を求めているのか、何を恐れているのか、何を心配しているのかが手に取るように分かってしまった。
「………」
既に全てを許してしまった心は、もう何に怯えることも、躊躇うことも無い。
ただそれが当たり前のことであるかのように、ジュリィの頭に手を伸ばし、柔らかな髪の毛をそっと撫でた。
「……大好きだよ、ジュリィ」
「───…ッ!!」
たった一言、本心を告げれば、ジュリィがバッと顔を上げた。
その顔は今にも泣きそうで、それでいて喜色に満ち溢れていて、見覚えのある“弟”の顔をしていた。
「…っ!兄様…、兄様…!大好きだよ、兄様…!」
本当は抱きつきたいのだろうに、自分の体のことを慮り、頭を撫でていた腕にぎゅうぎゅうとしがみつく様子は愛らしく、ふっと口元が緩んだ。
「…兄上…」
「…アデルも、おいで」
「…!」
ベッドの脇で所在なさげに立ち尽くすアデルを手招きすれば、まるで幼い子どものように目を輝かせたアデルがベッドに乗り上げ、身を屈めた。
差し出された頭に手を伸ばし、サラサラの髪に指を通せば、アデルがふるりと身震いした振動が手の平越しに伝わった。
「…大好きだよ、アデル」
「ッ…!…嬉しいです、兄上。私も、愛しております」
頭を撫でていた手を取られ、痛いほど握り締められた指先に、柔らかなキスを受ける。そのまま肩口に額を乗せ、俯いてしまったアデルは、泣いているようだった。
(……もう、拒んだりしない)
2人から伝わる深い愛情に、そっと瞼を閉じる。
例えそれが、兄弟愛を超えた行き過ぎたものであったとしても、許されない愛だとしても、もう逃げたりしない。…逃げられない。
(……あいしてるよ…)
ポツリと胸の内で呟いたそれが、どんな感情かなんて、自分にももう分からなかった。
ただ、どうしようもないほど愛しいと心から思ってしまった弟達が『幸せ』であるならば、それを願うならば───その為ならば、自分の身も心も、差し出しても構わないと、そう思ってしまったのだ。
まともに動けるようになるまで、2日も寝込むことになりながら、ようやく歩けるようになると、ゆっくりと実家への帰路についた。
用意されていた馬車は極々一般的なもので、あのおかしな仕様の馬車ではなくなったことに、こっそりと安堵の息を吐いた。
馬車の中でも両隣にぴったりと寄り添うアデルとジュリィは、片時も離れたくないと言わんばかりに腕や手を握り締め、まったく身動きが取れないことに思わず苦笑が零れた。
移動中は2人とも甘えたがりな弟そのもので、例え人の目の無い場であっても、過剰に触れられることも、過度な愛情を注がれることもなく、流れる景色を眺め、会話を楽しみ、平穏に過ごしながら馬車は進んだ。
街に立ち寄り買い物をすれば、仲睦まじい様子がそうさせるのか、微笑ましいものを見る目で見られ、なんとも居た堪れない気持ちになったが、それも次第に気にならなくなった。
仲の良い兄弟そのもの───どこからどう見てもそう見える関係は、宿に泊まると一変する。
長い道中は野営することもあり、そういった時は何も起こらないのだが、大きな宿の誰の目にも触れない空間に入ると、アデルとジュリィは“弟”の顔でなくなった。
3人で交わる時もあれば、1人ずつ交わる時もある…何か決め事でもあるのか、その加減は常に均衡が保たれ、どちらかに偏ることはなかった。
昼間の穏やかな様子が嘘のように、甘い言葉で愛を囁き、卑猥な言葉が耳を嬲り、淫らな雌になるまで徹底的に犯される───慣れない行為も、回数を増やすごとに戸惑いは抜け落ち、ただ肌を重ねる心地良さだけが残るようになっていた。
そうして体を繋げるたび、2人は必ず問うのだ。
「兄上」
「兄様」
「私のことが、お好きですか?」
「僕のこと、好き?」
何度も交わり、そのたびに何十回と同じ言葉を返した。
「大好きだよ……アデル、ジュリィ」
まるで何かの呪文のように、何度も何度も愛情を伝えれば、返ってくるのは決まって、心底嬉しいと言わんばかりの微笑みを浮かべた、2人からの愛の言葉だった。
「私も、愛しております」
「僕も、大好きだよ」
幸せそうなその声は、ぐずぐずに溶けた脳を更に溶かし、肉と骨の細部まで染み込んでいった。
「今、護衛に付いている騎士も、御者をしている従者達も、私が個人的に雇っている者達です」
あともう少しで実家に着く…いよいよ迫ったその瞬間に身を固くしていると、アデルが伯爵邸の現状を教えてくれた。
多くの使用人達はそのまま、家令の彼だけが、年齢を理由に彼の息子にその役目を譲り、今は相談役としてのんびりと過ごしているらしい。
その中に、アデルが個人的に雇った使用人達がおり、彼らは屋敷の使用人とは異なり、アデルの個人的な仕事をこなす為、基本的には住まいも分けているとのことだった。
「彼らは私達の関係も知っています。今回同行しているのも彼らだけです。ああ、口は固い者達ですから、ご安心下さい。屋敷の者達は、私とジュリィの気持ちも知りませんし、兄上との仲を打ち明けるつもりもありません。…彼らの前では、今まで通り過ごしたいと思っていますので、あまり心配なさらないで下さいね」
とどのつまり、アデルの私的な使用人というは、自分達の秘めた関係には口を閉じたまま、身の回りの世話をしてくれる者達ということだろう。
いつの間にか清められていた空間や、用意されていた食事など、ずっと不思議に思っていた謎も、自分の目に触れぬ所で、彼らが全てこなしてくれていたのだろう。
正直、恥ずかしくて堪らないが、何故か一度もその姿を目にしていないことを鑑みるに、意図的に自分と顔を合わせないようにしているのかもしれない。
礼を伝えるべきなのだろうが、今は合わせる顔がなく、それ以上踏み込んで聞くのはやめた。その上で、屋敷の者達の前では今までと変わらず過ごせることに心底安堵した。
「……皆、元気にしてるかな?」
「ええ、とてもお元気です。ですが兄上が出ていってしまった後は、皆さんとても落ち込んでいらっしゃいましたよ」
「す、すまない…」
「謝らないで、兄様。それだけ皆、兄様が大好きふってことだよ。…今回迎えに行くって言ったら、とても喜んでた。皆が兄様の帰りを待ってるよ」
「…ッ」
…ああ、なんて幸せなことだろう。
黙っていなくなった自分を案じ、帰りを待っていてくれる者達がいた───その幸福に、じんわりと目頭が熱くなった。
「…僕達だって、兄様のことずっとずっと、想ってたんだよ」
「…うん。ありがとう、ジュリィ」
まるで張り合うかのように、唇を尖らせるジュリィの頭を撫でれば、反対側の手をアデルに取られ、指先が絡んだ。
「兄上のお部屋はそのままですが、新しいお部屋を離れに作りましたので、できましたらそちらをお使い下さい。私とジュリィの部屋もそちらにありますので……離れには、私の使用人しか置いておりません。大きな声を出しても、屋敷の者達に聞かれることはありませんからね」
「っ…」
耳元で囁かれた声の裏側には多分な含みがあり、全て言葉にせずとも言われていることが分かり、カァッと頬が熱くなった。
「大丈夫ですよ。寝起きする場所が変わるだけで、生活圏は本邸です。露骨に私達の愛の巣にする訳ではありませんから、ご安心下さい」
「……うん」
思考を見透かしたようなアデルの言葉に小さく返事をしつつ、ふとそのように急に2人の生活場所を変えても大丈夫なのか、疑問が浮かんだ。
「私は構わないけど…二人はいいのか?本邸に部屋があるだろう?」
「いえ、もう長いこと、私もジュリィも離れで生活していますので、本邸の部屋はほとんど空ですよ」
「……そう、か」
「なぜ?」と湧いた疑問は、ギリギリのところで飲み込んだ。
今回のことで居を移した訳ではなく、『長いこと』というところに引っ掛かりを覚えたが、あまりにもキッパリと言い切ったアデルにはそれ以上聞きづらく、口を噤んだ。
(…落ち着いたら、聞いてみようかな)
たった数日の間に、自分の人生がひっくり返るほど色んなことが起こり過ぎて、ふわふわとした感覚が抜けず、地に足が着いていないのだ。
もう少し、落ち着いて過ごせるようになったら、その時にでも───その頃にはもう、自分は疑問を抱くことすらなく、アデルとジュリィから注がれる激情を丸々受け入れているのだろう…と諦観にも似た未来を漠然と思い浮かべるも、既に心が波立つことは無くなっていた。
愛しい弟達。
彼らが幸せであれば、自分も幸せなのだ。
(……例え、この感情が無理やり作り上げられたものだったとしても…)
それでも、そこに含まれていた愛情は間違いなく本物で、疑いようもない、自分の心だった。
馬車が伯爵邸の門をくぐり、長いアプローチを進む。
玄関ホールには、懐かしくて泣いてしまいそうな顔触れがズラリと並び、誰も彼もが、穏やかに微笑んでいた。
その中央、玄関の正面には親代わりであった家令の姿もあり、堪らず込み上げた感情に、グッと唇を噛み締めた。
ゆっくりと停まった馬車からアデルとジュリィが降り、その先でそっと手を差し伸べる。
エスコートのように差し出されたその手を取り、不安と緊張でドキドキと脈打つ心臓を胸に秘めながら、震える足で皆の前に立った。
「おかえりなさいませ、レオ様」
「…ッ!」
優しく微笑む家令の柔らかな声に合わせ、皆が一斉に腰を折った。
その一言で、紙切れ1枚で勝手にいなくなってしまったこと、心配と迷惑をかけてしまったことの後悔で重苦しかった胸はスッと軽くなった。
「おかえりなさい、兄上」
「おかえりなさい、兄様」
両の手を握ったアデルとジュリィの穏やかな微笑みに、瞳からは涙が一粒、ポタリと零れた。
もう、ここに帰ることはない───4年前、ここを出て行く時は、何の感情も湧かなかった。
それなのに、こうして戻ってきて胸に宿るのは、皆に愛されて過ごしてきた思い出と、胸が詰まるほどの懐かしさ、「帰ってきた」という、どうしようもない安堵だった。
「……ただいま、帰りました」
じわりと胸に滲んだ感情はなんだろう。
自然と緩んだ頬のまま、アデルとジュリィに笑みを返せば、甘やかな檻へと誘うように、優しく手を引かれた。
ああ…情の鎖で繋がれたこの身は、もう2度と、どこへも行けなくなった───繋いだ掌から伝わる温もりに、そんなことを思った。
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これにて表面となるレオくんのターンは終わりです!ここまで辿り着くのに2年掛かってしまいました…
残すはアデルくんとジュリィくんのターンとなる裏面ですが、来月の祭り(BL小説大賞)に参加したいなぁと思っておりまして…続きの更新はもう暫くお待ち下さいませ…!oyzすみません…!
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めっちゃ先気になります( ᐪ ᐪ )天使の落とし子から来て読み始めましたがめちゃめちゃ上手いし、感動するし、面白いしでもう更新めっちゃ楽しみにしてます🤦♀️😿💞攻めの視点も気になります〜🫶🫶続き楽しみにしてます🎶
コメントありがとうございます(*´◒`*)
一旦表面は終わり…ということで、区切りのいいところで停滞中ですが、続きを気にして下さり、本当にありがとうございます…!😭🙏
欲望のままに書いたお話ですが、楽しくお読み頂き、とっても嬉しいです(*´︶`*)💕
なかなか多方面で忙しく、更新が遅れていますが、攻め視点まで書いて、きちんと完結させたいと思っておりますので、更新再開まで気長にお待ち頂けましたら幸いです…!oyz
コメントありがとうございます(*´◒`*)
一応表面は完結ということになりますね!ありがとうございます(о´∀`о)
洗脳系ハッピーエンドですが(笑)お兄ちゃんはこれからも少しずつ時間をかけて、完全に弟くん達に堕とされていく予定です🤗💕
えっちの為の体力作りにも励んでもらいたいと思います!💪
コメントありがとうございます(*´◒`*)
お久しぶりでございます…!大変長らく不在にしておりまして、申し訳ございませんでした…!oyz💦
好き放題書いている本作ですが、だからこそ最高とのお言葉を頂けて、とっても嬉しいです!(о´∀`о)
完結まではまた一旦お休みとなりますが、続きも楽しくお読み頂けましたら幸いです✨
全作好きと仰って頂き、作者冥利に尽きます…!😭🙏ありがとうございます…!
全体的に更新ペースがゆっくりですが、その分、どちらの作品も丁寧に書いていきたいと思います!
温かいお言葉を励みに、東雲ハッピーセットでこれからも頑張ります!💪