元精霊使いのささやかなミッション

RIO

文字の大きさ
24 / 24

24

しおりを挟む
 ダディアは、四方を敵に囲まれた小国だった。南北からは魔物が襲ってくる上に、東西には大国が位置している。

 精霊使いの育成に力を入れたことで、どうにかやっていけている状況だ。エリカ・メイヤーは、王宮の第一部隊の中でも、異色の存在だった。

 特に、精霊を回復させるだなんてことは、今のところ彼女以外にできた試しはない。もちろん、彼女は後方支援だけでなく前衛にも配置されていた。気まぐれだと言われている精霊でも、皆彼女の言うことをよく聞いたからだ。



 ただ、それは彼女が突然姿を消すまでのことだった。


 あまりにも突然すぎて、しばらく誰も気づかなかったほどだ。幸いに、と言えばいいのか、彼女はとりあえず前線の防衛がなんとかなるくらいの人員を配置した上でいなくなったから、これといった被害はなかった。


 ただ、彼女の場合、「いなくなりました」では済まなかったのだ。



「もう、1年だぞ。分かっているのか?」


 先程から、部屋の中を行ったりきたりしているのは、この国の王太子だ。彼は、いらだったようにエルドレッドに声をかけた。

「探してはいるんですよ」

「そんなことで、済むわけがないだろう!どういう状況か分かっていないのか?」

「彼女が優秀なのは、殿下が一番ご存じなのでは?本気で隠れようと思えば、そう簡単に見つけることはできないでしょう」

 エルドレッドは、エリカがいなくなって1ヶ月後に彼女を発見している。その時点で何とかなればよかったが、彼女は戻ってくる気もなかったし、そもそも精霊すら使えなくなっていた。

「お前は、無能なのか!?」

 ふざけたことを言うのもいい加減にしておけよ、と続けて、王太子は机を叩いた。今のところ、彼女の行方を必死に探しているのは、彼1人と言っていいだろう。他の人間はもう、「唯一と言ってもいい優秀な精霊使いを管理できなかった責任を誰が取るのか」と「それが他国に流出する可能性がある」という話に切り替わっている。エリカが戻ってこない以上、責任を取るのはこの王太子になるだろう。

 ただ、それは別にエリカのせいでもない。彼はずいぶん昔に王位継承権の争いから脱落していて、本当ならそのときに死んでいてもおかしくなかったからだ。

 しかし、数年前にエリカは彼を精霊使いを束ねる責任者として、この王太子を選んでいた。当時彼女は名実ともに精霊使いの筆頭とも言える存在で、そんな彼女の意向を無視できる人間はいなかったのだ。王太子と婚姻を結ぶとなれば、優秀な精霊使いが生まれる可能性も高い。

本当なら別の王太子をあてがいたかっただろうが、精霊がついている以上、彼女が選んでいない他の王太子を代わりにもできなかった。嫌だと言われればおしまいだからだ。

 彼女がなぜこの王太子を選んだのかはよく分からないが、そのとき彼は死にかかっていた。同情だったのか、それとも何か理由があったのか、エルドレッドが知ることではない。

「エリカに比べれば、そうなりますね」

「…………今年中に見つからなければ、どうなるか分かっているんだろうな?」

「重々、承知していますよ」

 エルドレッドには、王太子にエリカの行方を話すつもりは毛頭なかった。見つけた瞬間に心中でも図りそうな男を、誰が連れて行くというのだろう。

 そもそも、彼女がいなくなったのは、ほぼ確実にこの王太子が原因だった。一体何を思ったのか、彼女が大切にしていた精霊を壊すきっかけを作ったからだ。しかし、彼は何をしでかしたのか、今でも分かっていないのかもしれない。


 年末までには、エリカも多少は力を使えるようになっているだろう。そのために、彼女のよく知る精霊を連れていったのだ。エルドレッドは、彼女がここに戻ってこようと、国外に脱出しようとどちらでもいいと思っていた。

「分かっているなら、早く探しに行け!」

 半ば追い出されるようにして、エルドレッドは部屋を出た。

 エリカは、どうするつもりなのだろう。国を出ることを選んだのなら、ついていくのもいいかもしれない、と彼は考えていた。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

猫なので、もう働きません。

具なっしー
恋愛
不老不死が実現した日本。600歳まで社畜として働き続けた私、佐々木ひまり。 やっと安楽死できると思ったら――普通に苦しいし、目が覚めたら猫になっていた!? しかもここは女性が極端に少ない世界。 イケオジ貴族に拾われ、猫幼女として溺愛される日々が始まる。 「もう頑張らない」って決めたのに、また頑張っちゃう私……。 これは、社畜上がりの猫幼女が“だらだらしながら溺愛される”物語。 ※表紙はAI画像です

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...