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部屋の中に現れた少年を見て、私は内心ため息をついた。扉の外にはエリックがいるかもしれず、大声で会話をするのははばかられる。
急に追い出された後、部屋の中では話し声が聞こえるなんて怪しすぎるではないか。幸い、ダインの声は周囲に聞こえることはないけれど。
「…………それで、一体お前は私の何を調整するんだ?」
私はできるだけ窓際に近づいて、それから小声で答えた。ダインはにやにやと笑っている。
「……時間があったら、多少は何とかなるでしょ?」
基本的には、彼の回復を促すにあたって、緊急時のときのように生気を与える必要はない。契約している相手が近くにいれば、それなりにどうにかなるらしいのだ。どういう仕組みなのか、私にはよく分からない。彼らはそんなことを話そうとしないし、どちらかというと『回復が早まっているなんて気のせいだ』とごまかしてくる。
「それは、頼み事をする態度なのか?──だいたい、よく礼も言わずに無視できたものだな」
「分かってるわ。ごめんなさい」
反論のしようはなかった。そもそも、私はダインを置いて何も言わずに王都を去っている。その上、彼がここに現れたときですら、できることなら無視しようとしていたのだから。
彼がそういったことをあまり気にしないとしても、今回力を借りようとするのは虫がよすぎるだろう。
ダインは何か言い募ろうとしていたようだったが、私が謝ったとたん黙り込んでしまった。王都にいたときから私は精霊に生気を与える代わりに、言うことを聞いてもらっていた。こちらも言葉を選び間違えたら死ぬかもしれないのだからお互い様だ、という気持ちもあって、言い合いをしたことはあっても謝ったことはほとんどない。だから、彼は驚いたのだろう。
「ところで、どうしてあなたはこんな使い物にならなくなってるの?」
ダインは、この場所に現れたときから異様だった。私が王都を出たときはそんなことはなかったのに、いきなり消えかかっているのだから。しかも、回復させてもまた状態は悪くなっている。私の力が足りないとはいえ、おかしかった。
「あそこに誰がいると思ってるんだ?あんな場所にいたら、誰でも壊されるぞ」
「あなたなら、抵抗できたんじゃない?」
「……うるさいな」
王宮には、力のある精霊使いがいる。彼らのほとんどは、精霊が壊れようが消えようが気にすることはない。ある意味、ただの道具だと思っているのだから仕方がないだろう。私があの場所にいたときは散々ぶつかった相手もいる。確かに、精霊を回復させる人間がいなくなった以上、なんとなく状況は想像できた。
ただし、ダインがこの状態になっているのは説明がつかない。彼は人を選んだし、その気になれば使われることを拒否できたはずだった。だいたい、よりによってここに送り込まれてくるのがダインだなんて、おかしいにもほどがある。
「それより、お前のことだ。──いい加減、呪いは解けたんだろう?」
「呪いなんかじゃないわよ」
ダインが手を伸ばし、私の頬に触れた。ほんの数日前まで精霊に近づかれると跳ね上がっていた心臓も、今は平静を保っている。だから私は、彼をできる限り無視していたかったのだ。
ダインが何を『呪い』と言っているかは分かっている。私は1年前に、精霊に触れることができなくなってしまった。それは別に呪いではなくて、私がそう望んだからだ。私の愛する精霊は、くだらない我が儘を聞いてくれただけで、呪いをかけたわけではない。
「あれが呪いでなくて、何だと言うんだ?あいつも、本当に馬鹿な奴だな」
「私がそうして欲しいって言ったの!あなたには関係ないでしょ!」
「お前がそう言ったのだとしても、大した意味はなかったな。もう、平気なんだろう?」
ダインの言うとおり、私が王都から去るきっかけとなった問題はほとんど解消していた。彼は私に触れたままだったけれど、気分は特に悪くない。彼のいう呪いとやらが作動しなくなったのは、ダインと契約をしたからだろう。
「────だから、あなたには会いたくなかったのよ」
「ひどい言い草だな。それなら、私を無視していれば良かっただけだろう?」
「そんなことをしてたら、全員死んでただけじゃない」
エリックがもし、ダインを無理やり使ったとしたら、彼も無事ではなかったはずだ。とは言え、ダインは消えることに対して、それほど嫌悪感を抱いていないようだった。こんなことを言ってもあまり意味はないのだろう。
ただ、私は精霊が使えるようになったとしても、王都に戻る気はなかった。エリックが王都に行くかは彼に決めてもらうとして、最低限の手伝いをしたら私は早いうちにこの場所を去ろう。
「ねえ、ダイン。私がこの国を出て行くと言ったら、手伝ってくれる気はある?」
彼はあまりためらうことなく、『もちろん、見返りがあるのなら』と答えた。
急に追い出された後、部屋の中では話し声が聞こえるなんて怪しすぎるではないか。幸い、ダインの声は周囲に聞こえることはないけれど。
「…………それで、一体お前は私の何を調整するんだ?」
私はできるだけ窓際に近づいて、それから小声で答えた。ダインはにやにやと笑っている。
「……時間があったら、多少は何とかなるでしょ?」
基本的には、彼の回復を促すにあたって、緊急時のときのように生気を与える必要はない。契約している相手が近くにいれば、それなりにどうにかなるらしいのだ。どういう仕組みなのか、私にはよく分からない。彼らはそんなことを話そうとしないし、どちらかというと『回復が早まっているなんて気のせいだ』とごまかしてくる。
「それは、頼み事をする態度なのか?──だいたい、よく礼も言わずに無視できたものだな」
「分かってるわ。ごめんなさい」
反論のしようはなかった。そもそも、私はダインを置いて何も言わずに王都を去っている。その上、彼がここに現れたときですら、できることなら無視しようとしていたのだから。
彼がそういったことをあまり気にしないとしても、今回力を借りようとするのは虫がよすぎるだろう。
ダインは何か言い募ろうとしていたようだったが、私が謝ったとたん黙り込んでしまった。王都にいたときから私は精霊に生気を与える代わりに、言うことを聞いてもらっていた。こちらも言葉を選び間違えたら死ぬかもしれないのだからお互い様だ、という気持ちもあって、言い合いをしたことはあっても謝ったことはほとんどない。だから、彼は驚いたのだろう。
「ところで、どうしてあなたはこんな使い物にならなくなってるの?」
ダインは、この場所に現れたときから異様だった。私が王都を出たときはそんなことはなかったのに、いきなり消えかかっているのだから。しかも、回復させてもまた状態は悪くなっている。私の力が足りないとはいえ、おかしかった。
「あそこに誰がいると思ってるんだ?あんな場所にいたら、誰でも壊されるぞ」
「あなたなら、抵抗できたんじゃない?」
「……うるさいな」
王宮には、力のある精霊使いがいる。彼らのほとんどは、精霊が壊れようが消えようが気にすることはない。ある意味、ただの道具だと思っているのだから仕方がないだろう。私があの場所にいたときは散々ぶつかった相手もいる。確かに、精霊を回復させる人間がいなくなった以上、なんとなく状況は想像できた。
ただし、ダインがこの状態になっているのは説明がつかない。彼は人を選んだし、その気になれば使われることを拒否できたはずだった。だいたい、よりによってここに送り込まれてくるのがダインだなんて、おかしいにもほどがある。
「それより、お前のことだ。──いい加減、呪いは解けたんだろう?」
「呪いなんかじゃないわよ」
ダインが手を伸ばし、私の頬に触れた。ほんの数日前まで精霊に近づかれると跳ね上がっていた心臓も、今は平静を保っている。だから私は、彼をできる限り無視していたかったのだ。
ダインが何を『呪い』と言っているかは分かっている。私は1年前に、精霊に触れることができなくなってしまった。それは別に呪いではなくて、私がそう望んだからだ。私の愛する精霊は、くだらない我が儘を聞いてくれただけで、呪いをかけたわけではない。
「あれが呪いでなくて、何だと言うんだ?あいつも、本当に馬鹿な奴だな」
「私がそうして欲しいって言ったの!あなたには関係ないでしょ!」
「お前がそう言ったのだとしても、大した意味はなかったな。もう、平気なんだろう?」
ダインの言うとおり、私が王都から去るきっかけとなった問題はほとんど解消していた。彼は私に触れたままだったけれど、気分は特に悪くない。彼のいう呪いとやらが作動しなくなったのは、ダインと契約をしたからだろう。
「────だから、あなたには会いたくなかったのよ」
「ひどい言い草だな。それなら、私を無視していれば良かっただけだろう?」
「そんなことをしてたら、全員死んでただけじゃない」
エリックがもし、ダインを無理やり使ったとしたら、彼も無事ではなかったはずだ。とは言え、ダインは消えることに対して、それほど嫌悪感を抱いていないようだった。こんなことを言ってもあまり意味はないのだろう。
ただ、私は精霊が使えるようになったとしても、王都に戻る気はなかった。エリックが王都に行くかは彼に決めてもらうとして、最低限の手伝いをしたら私は早いうちにこの場所を去ろう。
「ねえ、ダイン。私がこの国を出て行くと言ったら、手伝ってくれる気はある?」
彼はあまりためらうことなく、『もちろん、見返りがあるのなら』と答えた。
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