アンビバレンツ坩堝

宮塚恵一

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第6話 向こうの人生

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「おれも特に、事細かに覚えているわけじゃないっすよ」

 雄也とねず子の二人は店を出て、ホテルではなくあの袋小路に向かっていた。

「雄也さんは、アンティーク家具とかを扱う雑貨屋の店長で、おれはバイトだったんスよ。店長もそのせいか顔が広くて、一緒にいたおれも結構、色々な人と付き合ってたみたいです。それもあって、こっちで知らない人だけど、向こうで知ってる人と会うとさっきみたいに思わず……」
「向こうの感覚になっちゃう?」
「そんな感じっスね。いや、わからんです。さっきも言ったように、基本的に向こうの記憶はぼんやりしてるんで。夢みたいな感じ、が近いっスかね」

 ねず子は、雄也と話している間にだいぶ砕けた話し方をするようになってきたが、雄也も不思議と嫌な気はしない。これは、自分の中にも向こうの記憶とやらが少し影響しているからか、それとも単にねず子の人柄か。

「ねず子ちゃんって元々は男なの?」
「いや、向こうでも女の子の筈……」
「筈?」
「言ったじゃないっスか。ぼんやりしてるんスよ、記憶。けど、一人称はだったみたいで。……こんな話、〈特會点〉以前ならただの不思議ちゃんっスけどね」
「でも実際、向こうの記憶を持っている人は〈特會点〉以後、決して少なくはない。そこまでおっかなびっくりになることもないさ。僕の悪友にも、記憶こそないけど性別が逆転した癖に、それを目一杯楽しんでる奴とかいるよ」
「おー、それは凄い精神力っス……」

 話しているうちに、袋小路に着いた。まだ昼間に来るのは珍しい。やはり鬱蒼と生い茂る雑草は誰も手入れをしておらず、ここに店がある光景など、想像できない。

「本当だ。ここっスね。思い出して来ました。店に入ると、店長はカウンターじゃなく、煙管片手に玄関まで出迎えて来て。いつも和服なのに、裾が汚れないように優雅に歩いて」
「煙管に和服?」

 全然、自分の趣味に思えない。けれど、悪くはなさそうだ。

「全然、僕とは違うんだね」
「あー、でも」

 口籠るねず子を睨みつけてみた。ねず子は、ひえっと小さく悲鳴をあげて、言葉を続けた。

「夜遊びは激しかった……と思うッス」
「なるほど」

 雄也が今みたいに遊び始めたのはいつの頃だったか。高校を中退した前後くらいだったとは思う。その頃は、高校の制服を着て待ち合わせ場所で待っていると、喜ばれたものだ。
 全然違うと思っていても、向こうの自分も、本質的な部分で似通った人生を送ったのかもしれない。

「そんな感じっスかね。おれが思い出せるのは」
「ふうん。ありがとう。で、この後どうする?」
「え? この後って」
「忘れた? 僕は元々、君と遊ぶ為に会うことにしたんだけど。予期せぬ面白い話が聞けて良かったけどさ」
「えっと、じゃあ」

 ねず子は耳を赤らめて、肩を揺らす。それから一分程の沈黙を経て、静かに口を開いた。

「じゃ、じゃあお願いします」
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