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16.先輩と私

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 博士率いるシャッガイ領域調査班によって、司祭ゼフィレッリィの言葉の裏付けは直ぐに取れた。

 地球内部からは確かにこれまでのシャッガイ領域のデータと照らし合わせても、それに似た反応が観測されること。怪獣出現時にその反応数値が有意に上昇されることなど。

 間違いなく、地中深くに存在する何かと怪獣は呼応しており、ゼフィレッリィの言っていることが、唯の狂人の戯言なんかではないことが、HERMヘルマの調査で明らかになっていった。
 それは皮肉にも、これまで先輩が怪獣と対峙し続けたデータの積み重ね故にわかったことだ。

「先輩、入りますよ」

 調査班との会議があるとの連絡を入れたにも関わらず、返信を寄越さないと、私に先輩の様子を見てくれないか、と博士から連絡があった。

 ゼフィレッリィの言葉を受けてから、明らかに先輩は意気消沈していた。魂の抜け殻になったみたい。そんな先輩を、私のみならずあの博士までもが心配していた。

「大丈夫ですか?」

 私が部屋に入っても、先輩はベッドに横になって、天井を見つめ続けている。
 私はきょろきょろと、先輩の部屋を見回す。

 机の上には、先輩とショッピングモールに遊びに行った時に贈ったウサギのぬいぐるみキーホルダーや、私が以前先輩に勧めた漫画の単行本、週刊雑誌(私のよく知らないミリタリー系の雑誌だった)などが置いてある。

 初めて先輩の部屋に来た時の殺風景さと比べると、かなり先輩の色がわかるようになっている、と思った。
 先輩の後頭部にある枕についているブルーの枕カバーだって、私以外のHERMヘルマ職員からクリスマスプレゼントとして先輩が貰っていた物だ。
 以前なら、プレゼントを貰っても開封せずに積んだり、捨てていたらしい。

 私が来てから先輩は少しずつ変わっていった、と皆口々に言っていた。

 そんな先輩が、再び以前と同じように冷たい空気を纏うようになってしまったことに対し、私は心臓を貫かれるような気持ちを味わっていた。

「笑えるよね」

 ポツリ、と先輩が口を開いた。身体を持ち上げて、ベッドの縁に膝を丸めて座る。

「怪獣を殺すのがわたしの使命だと思ってた。ヴォズィガを、怪獣をこの手で殺す力を手にしたのは運命だ、って。でも違った。わたしのして来たことは、無意味どころか、事態を悪化させてたんだ」

 先輩の家族は、ヴォズィガに殺されたということは聞いている。先輩がまだ幼い頃に、ヴォズィガは先輩の故郷に出現して、家族を、友達を踏み潰して行ったと。

 それからHERMヘルマの能力を見出された先輩は、HERMヘルマに協力すれば怪獣と戦うことが出来るという申し出に子供ながら飛び付いて、ひたすらに怪獣を殺し、ヴォズィガを狙う殺戮者スレイヤーになったことを。

 それだけに、自分が怪獣を殺し続けたことは、ヴォズィガに力を与えることになったのだと知って、ショックだったのだ。

 私も先輩と同じ眼を持っている。先輩程ではないが、この組織に来てから数え切れない程に怪獣を殺した。けれど、先輩程の落胆はなかった。
 私も確かに、怪獣に襲われたけど、こうして生きているし、結果的にヴォズィガに救われたようなものだから、複雑な心境なのは確かだけれど、私は先輩程、失ってない。

 十代の貴重な時間を奪った怪獣とHERMヘルマに腹が立つことはしょっちゅうだったが、私の選んだ道だ。

 先輩には私と違い、選ぶ機会があるという嘘すら与えられなかった。先輩は、怪獣に全てを奪われて、怪獣を殺して、それで世界の為に戦っていると自分を鼓舞し続けて、ようやく生きて来た人なんだ。

 その苦しみは、察するに余りある。

「そんなことないです」

 でも私は、口にした。先輩への想いを。違う。無意味だとか事態を悪化させただとか、そんなわけない。先輩が戦って、先輩が守ったものだってちゃんとある。

「先輩が戦わなかったら怪獣に奪われていた命が幾つありますか!? 先輩が戦ったことで、希望を持てた人がここにはいっぱいいます! あんな奴の言うこと間に受けないでください。先輩のせいなんかじゃない。先輩はただ、皆を守ろうとしただけじゃないですか。怪獣が地球を守ろうとしていたですって? ちゃんちゃらおかしいです。あいつら、躊躇なく人間を食べ尽くすんですよ! そんな奴らと、戦おうってのは当たり前じゃないですか! 私は戦いますよ。戦い続けます。先輩がもう戦いたくないって言うなら、先輩の分だって!!」

 私は必死に、とにかく思いつくままに言葉を並び立てた。息継ぎしないで一息に言葉を紡いだものだから、途中で咳き込んだ。

 先輩はそれを聞いて、立ち上がった。

「駄目だよ」

 先輩は咳き込む私の両肩に、今にも泣きそうな顔で手を置いた。

「一人で戦うなんて、言っちゃ駄目だよ」
「じゃあ」

 私は深く息を吸い込んで、先輩の眼を見た。吸い込まれそうな綺麗な瞳が潤んでいるのを見て、どきっとする。それでも私は、先輩に負けじと、彼女と同じように、彼女の両肩を握った。

「戦いましょう! 二人で! ヴォズィガと!」

 私の勢いで出たに、先輩は静かに頷いた。

「そうだね。……わかった」

 先輩は肩から手をどかして、私の手を握って下に下ろした。それから目を拭って、無理やり笑う。

「ヴォズィガを倒そう。全力で」
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