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日常
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「ただいま」
ぼくがコンビニから帰ってくると、おかえりとソファに横になったえみりが元気なさげに応えた。
「買ってきたよ、パンケーキ」
その言葉に、えみりはがばりと起き上がった。
「あったの?」
「あったあった。この間は売り切れてて残念だったけど」
最近のコンビニスイーツは、一度話題になるとすぐに売り切れる上、回転率も高いから近くのコンビニで見つけられなかった場合、探し当てるのがなかなかに困難だ。
ぼくはコンビニのパンケーキを袋から取り出して、パッケージ裏の説明を読む。
電子レンジで温めてから食べるタイプのようで、ぼくはパンケーキを電子レンジを指定の時間分セットして、コンビニに行く前に淹れていたコーヒーをマグカップに注いで、リビングのテーブルまで持っていく。
チン、と電子レンジから、パンケーキが温まった音が鳴ったので、電子レンジからパンケーキを取り出してお皿に乗せ、付属のバターとシロップをかけ、冷蔵庫の中からホイップクリームを取り出すと、その上にたっぷりとのっける。
「早く。早く食べて」
はいはい、とぼくはえみりのいるソファの隣に座る。
「えみりも食べない?」
「いいの。体調悪いときにモノ食べるとゲロみたいな味するし。ちなみに今の体調、確実にそれ」
「じゃあ仕方ない」
お言葉に甘えて、とぼくはパンケーキをほおばった。
やわらかい生地の食感と、クリームの甘みが口いっぱいに広がる。本当に近頃のコンビニスイーツとはあなどれない。
「おいしい?」
「うん、おいしい。最近の中でもかなりの当たりだよ、これは」
「そっか。じゃあわたしも」
えみりは僕の横に体をぴったりとくっつけて、僕の服をずらして肩をあらわにする。
「いただきます」
かぷり、とえみりはぼくの肩に噛みついた。
うっ、と痛みに思わず声をあげたが、えみりは目をつむり、ぼくの肩を一心不乱にしゃぶっている。
すうっと全身に寒気のようなものが走って、ぼくは身震いした。
「あ、うごかないで」
「反射だからしょうがないでしょ」
「しょうがなくない」
えみりは不服だと言わんばかりに、さらにぼくの肩を噛む力を強めた。
「ぷはぁ。ごちそうさま」
えみりがぼくの肩から口を離した。
ぼくはひりひりと痛む肩をさする。そこにはふつうの歯形と、注射を刺したような二つの小さな刺し跡があった。
えみりは顔を紅潮させ、ぼくに笑いかける。
にっこりと笑うその上歯には、人間のものではない鋭い犬歯が目立つ。
「うまい。さっきのやつ、また買ってきて」
「今度な、今度」
ぼくは疲れてそのままソファにもたれこんだ。
えみりの吸血衝動が抑えられなくなり、日光を直接浴びることもできなくなって三年。
ぼくとえみりの二人で住むアパートの一室は、いつも雨戸が閉まったままだ。
えみりは一日の大半を、ソファまわりで過ごしている。
最初のうちは気になる映画やドラマをストリーミング再生で見ていたりして過ごしていたそうだが、最近はそれにも飽きてただテレビをつけっぱなしにしたり、YouTubeで適当に音楽を流して廃人のようにぼーっと過ごすのが常だった。
それが少し変わったのは、新型ウイルスの流行で、ぼくの仕事のほとんどがリモートワークになってからで、最近の彼女のマイブームは、ぼくに色々なものを食べさせて、その時の血の味を吟味することだ。
「ねーねー。ステーキ。今度ステーキ食べてよ」
「高いでしょ。業務用スーパーで安売りしてたら買ってくるよ」
「でもあれ食べた後の血、おいしくないんだもん」
ぼくはえみりに血をあげた後、腰をあげて洗濯機を稼働させに行った。
洗濯が終わるまで待っている間、ハンガーにかかっている洗濯物を取り込んで、たたんでいく。
「ひまじゃ。血、吸っていい?」
「いやだ。洗濯物たためないでしょ」
「けち。おばか!」
ふん、とえみりはソファに置いてある毛布をかぶって、ふて寝しはじめてしまった。
「まあでも、せっかくなんだし今度なにかいつもは食べないようなおいしいものでも食べようか」
世間は外出自粛だが、こちとらもうもうずっと前から外出厳禁である。
「あ、ウーバーってもうこの辺の地域使えりんだっけ?」
「むり。もうちょっと駅に近いくらいのとこじゃないとだめっぽい。この間、アプリダウンロードして確認した」
毛布の中からくぐもった声で応えるえみり。
そっか。それは残念。
たたんだ洗濯物をタンスにしまっていき、毛布の上から、えみりのわきの下あたりをこしょぐる。
「わ! ちょっと、やめて! それ反則! あはは! もう、ばか!」
えみりは毛布を蹴り飛ばして、両手をわきわきとうごかし、ぼくに反撃してきた。
「あはは! やめて!」
「さきにやったのはどっちじゃい!」
えみりはぼくの服をえいやと脱がし、また肩に噛みついて血を吸いはじめた。
「あ、それこそ反則」
「ふん、ひひんでふー。わはっへるほひのひもほいひいひ」
数ヶ月前まで、毎日仕事で外に出なければいけなかったときは、えみりはこちらから体を差し出さないと血も吸わないくらいだった。
けれど、外出自粛でえみりといっしょにいる時間が増えてからは目に見えてえみりの笑顔も増えて、自分から血も吸うようになった。
こうやって、急に噛みついてくるのはやめてほしいけど。
ぷはぁ、と血を吸い終わり、えみりがぼくの背中をたたいた。
「わかった。今思いついた。タピオカ、タピオカジュース飲みたい」
「それ、ブームだいぶ前じゃない?」
「いいんですー。わたしはのんでないんだもん」
今、世の中は大変だし、これから仕事をどうするかも正直悩む。
えみりがこれだけ元気になるのなら、自粛期間があけても在宅ワークできるような仕事に転職するべきか。
まあでもしばらくは不謹慎だとしても。願わくば。
こんなおうち時間が、もう少しだけ続いたらいいな、とぼくはそぼくに思った。
ぼくがコンビニから帰ってくると、おかえりとソファに横になったえみりが元気なさげに応えた。
「買ってきたよ、パンケーキ」
その言葉に、えみりはがばりと起き上がった。
「あったの?」
「あったあった。この間は売り切れてて残念だったけど」
最近のコンビニスイーツは、一度話題になるとすぐに売り切れる上、回転率も高いから近くのコンビニで見つけられなかった場合、探し当てるのがなかなかに困難だ。
ぼくはコンビニのパンケーキを袋から取り出して、パッケージ裏の説明を読む。
電子レンジで温めてから食べるタイプのようで、ぼくはパンケーキを電子レンジを指定の時間分セットして、コンビニに行く前に淹れていたコーヒーをマグカップに注いで、リビングのテーブルまで持っていく。
チン、と電子レンジから、パンケーキが温まった音が鳴ったので、電子レンジからパンケーキを取り出してお皿に乗せ、付属のバターとシロップをかけ、冷蔵庫の中からホイップクリームを取り出すと、その上にたっぷりとのっける。
「早く。早く食べて」
はいはい、とぼくはえみりのいるソファの隣に座る。
「えみりも食べない?」
「いいの。体調悪いときにモノ食べるとゲロみたいな味するし。ちなみに今の体調、確実にそれ」
「じゃあ仕方ない」
お言葉に甘えて、とぼくはパンケーキをほおばった。
やわらかい生地の食感と、クリームの甘みが口いっぱいに広がる。本当に近頃のコンビニスイーツとはあなどれない。
「おいしい?」
「うん、おいしい。最近の中でもかなりの当たりだよ、これは」
「そっか。じゃあわたしも」
えみりは僕の横に体をぴったりとくっつけて、僕の服をずらして肩をあらわにする。
「いただきます」
かぷり、とえみりはぼくの肩に噛みついた。
うっ、と痛みに思わず声をあげたが、えみりは目をつむり、ぼくの肩を一心不乱にしゃぶっている。
すうっと全身に寒気のようなものが走って、ぼくは身震いした。
「あ、うごかないで」
「反射だからしょうがないでしょ」
「しょうがなくない」
えみりは不服だと言わんばかりに、さらにぼくの肩を噛む力を強めた。
「ぷはぁ。ごちそうさま」
えみりがぼくの肩から口を離した。
ぼくはひりひりと痛む肩をさする。そこにはふつうの歯形と、注射を刺したような二つの小さな刺し跡があった。
えみりは顔を紅潮させ、ぼくに笑いかける。
にっこりと笑うその上歯には、人間のものではない鋭い犬歯が目立つ。
「うまい。さっきのやつ、また買ってきて」
「今度な、今度」
ぼくは疲れてそのままソファにもたれこんだ。
えみりの吸血衝動が抑えられなくなり、日光を直接浴びることもできなくなって三年。
ぼくとえみりの二人で住むアパートの一室は、いつも雨戸が閉まったままだ。
えみりは一日の大半を、ソファまわりで過ごしている。
最初のうちは気になる映画やドラマをストリーミング再生で見ていたりして過ごしていたそうだが、最近はそれにも飽きてただテレビをつけっぱなしにしたり、YouTubeで適当に音楽を流して廃人のようにぼーっと過ごすのが常だった。
それが少し変わったのは、新型ウイルスの流行で、ぼくの仕事のほとんどがリモートワークになってからで、最近の彼女のマイブームは、ぼくに色々なものを食べさせて、その時の血の味を吟味することだ。
「ねーねー。ステーキ。今度ステーキ食べてよ」
「高いでしょ。業務用スーパーで安売りしてたら買ってくるよ」
「でもあれ食べた後の血、おいしくないんだもん」
ぼくはえみりに血をあげた後、腰をあげて洗濯機を稼働させに行った。
洗濯が終わるまで待っている間、ハンガーにかかっている洗濯物を取り込んで、たたんでいく。
「ひまじゃ。血、吸っていい?」
「いやだ。洗濯物たためないでしょ」
「けち。おばか!」
ふん、とえみりはソファに置いてある毛布をかぶって、ふて寝しはじめてしまった。
「まあでも、せっかくなんだし今度なにかいつもは食べないようなおいしいものでも食べようか」
世間は外出自粛だが、こちとらもうもうずっと前から外出厳禁である。
「あ、ウーバーってもうこの辺の地域使えりんだっけ?」
「むり。もうちょっと駅に近いくらいのとこじゃないとだめっぽい。この間、アプリダウンロードして確認した」
毛布の中からくぐもった声で応えるえみり。
そっか。それは残念。
たたんだ洗濯物をタンスにしまっていき、毛布の上から、えみりのわきの下あたりをこしょぐる。
「わ! ちょっと、やめて! それ反則! あはは! もう、ばか!」
えみりは毛布を蹴り飛ばして、両手をわきわきとうごかし、ぼくに反撃してきた。
「あはは! やめて!」
「さきにやったのはどっちじゃい!」
えみりはぼくの服をえいやと脱がし、また肩に噛みついて血を吸いはじめた。
「あ、それこそ反則」
「ふん、ひひんでふー。わはっへるほひのひもほいひいひ」
数ヶ月前まで、毎日仕事で外に出なければいけなかったときは、えみりはこちらから体を差し出さないと血も吸わないくらいだった。
けれど、外出自粛でえみりといっしょにいる時間が増えてからは目に見えてえみりの笑顔も増えて、自分から血も吸うようになった。
こうやって、急に噛みついてくるのはやめてほしいけど。
ぷはぁ、と血を吸い終わり、えみりがぼくの背中をたたいた。
「わかった。今思いついた。タピオカ、タピオカジュース飲みたい」
「それ、ブームだいぶ前じゃない?」
「いいんですー。わたしはのんでないんだもん」
今、世の中は大変だし、これから仕事をどうするかも正直悩む。
えみりがこれだけ元気になるのなら、自粛期間があけても在宅ワークできるような仕事に転職するべきか。
まあでもしばらくは不謹慎だとしても。願わくば。
こんなおうち時間が、もう少しだけ続いたらいいな、とぼくはそぼくに思った。
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