吸血女子のちゅうちゅうおうち時間

宮塚恵一

文字の大きさ
1 / 1

日常

しおりを挟む
「ただいま」
 ぼくがコンビニから帰ってくると、おかえりとソファに横になったえみりが元気なさげに応えた。
「買ってきたよ、パンケーキ」
 その言葉に、えみりはがばりと起き上がった。
「あったの?」
「あったあった。この間は売り切れてて残念だったけど」
 最近のコンビニスイーツは、一度話題になるとすぐに売り切れる上、回転率も高いから近くのコンビニで見つけられなかった場合、探し当てるのがなかなかに困難だ。

 ぼくはコンビニのパンケーキを袋から取り出して、パッケージ裏の説明を読む。

 電子レンジで温めてから食べるタイプのようで、ぼくはパンケーキを電子レンジを指定の時間分セットして、コンビニに行く前に淹れていたコーヒーをマグカップに注いで、リビングのテーブルまで持っていく。

 チン、と電子レンジから、パンケーキが温まった音が鳴ったので、電子レンジからパンケーキを取り出してお皿に乗せ、付属のバターとシロップをかけ、冷蔵庫の中からホイップクリームを取り出すと、その上にたっぷりとのっける。

「早く。早く

 はいはい、とぼくはえみりのいるソファの隣に座る。

「えみりも食べない?」
「いいの。体調悪いときにモノ食べるとゲロみたいな味するし。ちなみに今の体調、確実にそれ」
「じゃあ仕方ない」
 お言葉に甘えて、とぼくはパンケーキをほおばった。

 やわらかい生地の食感と、クリームの甘みが口いっぱいに広がる。本当に近頃のコンビニスイーツとはあなどれない。

「おいしい?」
「うん、おいしい。最近の中でもかなりの当たりだよ、これは」
「そっか。じゃあわたしも」

 えみりは僕の横に体をぴったりとくっつけて、僕の服をずらして肩をあらわにする。

「いただきます」
 かぷり、とえみりはぼくの肩に噛みついた。
 うっ、と痛みに思わず声をあげたが、えみりは目をつむり、ぼくの肩を一心不乱にしゃぶっている。
 すうっと全身に寒気のようなものが走って、ぼくは身震いした。

「あ、うごかないで」
「反射だからしょうがないでしょ」
「しょうがなくない」

 えみりは不服だと言わんばかりに、さらにぼくの肩を噛む力を強めた。

「ぷはぁ。ごちそうさま」

 えみりがぼくの肩から口を離した。
 ぼくはひりひりと痛む肩をさする。そこにはふつうの歯形と、注射を刺したような二つの小さな刺し跡があった。

 えみりは顔を紅潮させ、ぼくに笑いかける。
 にっこりと笑うその上歯には、人間のものではない鋭い犬歯が目立つ。

「うまい。さっきのやつ、また買ってきて」
「今度な、今度」
 ぼくは疲れてそのままソファにもたれこんだ。


 えみりの吸血衝動が抑えられなくなり、日光を直接浴びることもできなくなって三年。
 ぼくとえみりの二人で住むアパートの一室は、いつも雨戸が閉まったままだ。

 えみりは一日の大半を、ソファまわりで過ごしている。
 最初のうちは気になる映画やドラマをストリーミング再生で見ていたりして過ごしていたそうだが、最近はそれにも飽きてただテレビをつけっぱなしにしたり、YouTubeで適当に音楽を流して廃人のようにぼーっと過ごすのが常だった。

 それが少し変わったのは、新型ウイルスの流行で、ぼくの仕事のほとんどがリモートワークになってからで、最近の彼女のマイブームは、ぼくに色々なものを食べさせて、その時の血の味を吟味することだ。

「ねーねー。ステーキ。今度ステーキ食べてよ」
「高いでしょ。業務用スーパーで安売りしてたら買ってくるよ」
「でもあれ食べた後の血、おいしくないんだもん」

 ぼくはえみりに血をあげた後、腰をあげて洗濯機を稼働させに行った。

 洗濯が終わるまで待っている間、ハンガーにかかっている洗濯物を取り込んで、たたんでいく。

「ひまじゃ。血、吸っていい?」
「いやだ。洗濯物たためないでしょ」
「けち。おばか!」

 ふん、とえみりはソファに置いてある毛布をかぶって、ふて寝しはじめてしまった。

「まあでも、せっかくなんだし今度なにかいつもは食べないようなおいしいものでも食べようか」

 世間は外出自粛だが、こちとらもうもうずっと前から外出厳禁である。

「あ、ウーバーってもうこの辺の地域使えりんだっけ?」
「むり。もうちょっと駅に近いくらいのとこじゃないとだめっぽい。この間、アプリダウンロードして確認した」

 毛布の中からくぐもった声で応えるえみり。
 そっか。それは残念。
 たたんだ洗濯物をタンスにしまっていき、毛布の上から、えみりのわきの下あたりをこしょぐる。

「わ! ちょっと、やめて! それ反則! あはは! もう、ばか!」

 えみりは毛布を蹴り飛ばして、両手をわきわきとうごかし、ぼくに反撃してきた。

「あはは! やめて!」
「さきにやったのはどっちじゃい!」

 えみりはぼくの服をえいやと脱がし、また肩に噛みついて血を吸いはじめた。

「あ、それこそ反則」
「ふん、ひひんでふいいんですー。わはっへるほひのひもほいひいひわらってるときの血もおいしいし

 数ヶ月前まで、毎日仕事で外に出なければいけなかったときは、えみりはこちらから体を差し出さないと血も吸わないくらいだった。
 けれど、外出自粛でえみりといっしょにいる時間が増えてからは目に見えてえみりの笑顔も増えて、自分から血も吸うようになった。
 こうやって、急に噛みついてくるのはやめてほしいけど。

 ぷはぁ、と血を吸い終わり、えみりがぼくの背中をたたいた。

「わかった。今思いついた。タピオカ、タピオカジュース飲みたい」
「それ、ブームだいぶ前じゃない?」
「いいんですー。わたしはのんでないんだもん」

 今、世の中は大変だし、これから仕事をどうするかも正直悩む。
 えみりがこれだけ元気になるのなら、自粛期間があけても在宅ワークできるような仕事に転職するべきか。

 まあでもしばらくは不謹慎だとしても。願わくば。
 こんなおうち時間が、もう少しだけ続いたらいいな、とぼくはそぼくに思った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...