隔ての空

宮塚恵一

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final episode 〔Separated sky〕

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 恐る恐る、僕は咲凜の肩に触れた。

 咲凜の原型は、全く残っていやしない。
 もう、どうしようもないのだと理性は言っている。

 だけど自分に何が出来るのか、その確信が今、胸の奥にある。

 口を開けたらすぐにでも口から飛び出そうなほど、心臓の鼓動が速い。
 こんなこと、許されない。
 はあはあと息も乱れるのを、首を振り、肺にある空気を全て吐き出すことで抑えた。

 僕はぎゅっと目を瞑った。
 脳裏に咲凜の笑顔がいくつも浮かぶ。

 わけのわからないまま終わりにしたくなかった。
 
 深呼吸をして、更に咲凜に近づき、首を抱いた。
 僕の今まで見ていたものを、否定するように。

 息が苦しい。目眩に襲われ、今にも吐きそうな僕の背が、とんとんと叩かれた。

 僕は急いで目を開けて、咲凜の肩を押す。

「痛い」

 咲凜がいた。

 目の前が潤み、僕は強く目を瞑った。そして再び目を開けても、そこには彼女がいる。

 消し炭なんかではない。僕の知る、僕の見覚えのあるままの、咲凜。

「ここは?」

 咲凜はきょとんと首を傾げ、僕を見つめた。
 異常なほどに見開かれた目に、顔を背けそうになる。

「君は誰だい。ボクは誰だい?」

 阿澄さんの時と同じだ。

 あの日、よろよろと前すら見えなくなっていた様子の阿澄さん。
 あの男と一度、阿澄さんは戦っていたのだと思う。
 それで男は殺し損ねた阿澄さんを、阿澄さんは男に奪われた大切な宝物を探していた。

 雑木林の中で倒れてしまった阿澄さんは、今思えば、あの時既に息絶えていた。

 それに僕が触れ、阿澄さんは仮初の蘇生を果たした。

 そう、仮初の蘇生だ、と僕は思う。
 阿澄さんも、今目の前にいる咲凜も、本当に生き返ったわけじゃない。

 でも、阿澄さんは死体になってなお、自身の探し物を探し続けていた。
 それこそ幽霊と同じように、自分の未練だけは、もしかして覚えているのかもしれない。

 その証拠に、僕を見つめる咲凜の目は、雑木林で起き上がった阿澄さんと同じようにすっかり瞳孔が開いてしまっている。

「大丈夫。ほら、立って」

 僕は咲凜の手を取って、ゆっくりと立ち上がらせた。
 咲凜がこうしていられるのは、きっと阿澄さん以上に長くないと思う。
 他ならぬだから、それは何となくわかっていた。

 僕は咲凜が崩れないように、ゆっくりと手を引いて、体育倉庫の外に出た。

 空を見上げた。

 変わらず円がそこにある。真っ赤に光るその円は、空こそ照らしていないがまるで太陽のようで。

「真っ赤」

 倉庫の外に出て、咲凜がぼそりと小さく、つぶやいた。

 僕を真似してか、咲凜も空を見上げていた。
 それから瞳孔の開いた表情のまま、にっこりと頬を緩ませる。

「真っ赤だ! 真っ赤だよ、すごいねえ!」

 咲凜は空を見上げて、小さく跳ねる。
 その顔は、咲凜が初めて僕に話しかけてくれた時と同じように、無邪気にほころんでいた。

「そうだね」

 僕は震える手を誤魔化すように、反対側の手で腕を掴んだ。

 円が見えると皆に伝えた時以上に、自分の居場所がないことを僕は悟っていた。
 あの男の言っていた言葉の意味を少しだけ理解した。

「行こう」

 僕は改めて咲凜の手を引く。
 咲凜は頷き、僕の後に続く。

 そして僕と咲凜は二人手を取って、夜の闇の中を、小さく歩み始めた。
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