テキーラ・ウルフが死んだ。

宮塚恵一

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#11 古くからの秩序

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 斬撃が飛んできた。
 俺は再度飛び退き、その太刀筋を避ける。
 飛ぶ斬撃が、向かいにある車を真っ二つにした。

「その装備は、また人を殺す気かよ」

 などと軽口を叩こうとする暇もなく、紅ヤマトが距離を詰めてきた。

「うおっと!」

 あらかじめ右手に握った装置のボタンを押す。俺の目の前に小さな盾が展開された。ザ・ロワイヤル製の携帯型電磁物理シールド。ミサイルだろうが防ぐという触れ込みのその盾は、紅ヤマトの攻撃を紙一重で防ぐ。高くついたが、死んじまうよりかはマシだ。
 俺は走り出して、紅ヤマトから見えない位置まで移動しようとしたが、先回りされる。
 再度シールドを展開し、紅ヤマトの斬撃を防ぐ。
 すかさず、シールドの隙間から手榴弾グレネードを投げ入れる。大きな爆発音と爆炎と共に、俺はシールドもろとも吹き飛ばされるが、シールドのおかげで爆撃を身体に受けることだけは防ぐ。
 だが背中から倒れてしまい、鈍い痛みが全身を伝わった。
 急いで立ち上がり、紅ヤマトの方を向き直る。

「おい、マジか……」

 紅ヤマトは先程の場所から一歩も動いていなかった。

「爆炎を斬った」

 にべもなく、紅ヤマトはそう言い捨てる。

「お前に恨みはない、がすまない」

 言って、紅ヤマトがこちらに弾丸のごとく一直線に飛んでくる。
 紅ヤマトの能力はシンプルだ。

 超パワー&超スピード。

 シンプルかつ絶対的な力をもってして彼は、この国の平和を脅かすヴィランを退治してきた。
 その気高い精神と振る舞いに、ヒーローでもヴィランでもない蝙蝠野郎どっちつかずの自分も惹かれていた。

 いや、と言うよりも。

 殺し屋という業界に身を置きながらもヴィランになり切れなかったのは、彼のおかげあってこそだ。

 電磁物理シールド、手榴弾に続き、隠し持っていた拳銃型ビームライフルを取り出す。
 紅ヤマトに向かい、それを連射した。
 だが無駄だった。
 全ての弾を斬り落とし(ビームライフルだぞ)、紅ヤマトはこちらに向かい超スピードで飛んできて、刀を振るう……。

「そこまでだ!」

 瞬間、地下駐車場に止まる数台の車から、ハイビームの光が紅ヤマトに向けて放たれた。俺と紅ヤマトは眩しさに怯む。

「なるほど。確かにこれは応援を頼むはずだな、マナヒコ」

 カツカツと、ハイヒールの音を地下に響かせて、ウルフレディが登場する。その頭髪の赤いメッシュがハイビームの光によく映える。

 車の中、そして左右には、ウルフレディ直属の、銀狼組の若衆達が出張っていた。

「一応聞いておこう。なぜ殺した」
「……そうだな」

 数の暴力にこのまま切り抜けるのは難しいと判断したのか、紅ヤマトは刀を降ろした。

「ウルフレディ、君には伝える必要もあるだろう」
 紅ヤマトは兜を脱ぎ、その素顔を晒した。
 もう何年と変わらない、若々しい顔だ。

「君のお爺さん、テキーラ・ウルフと私は盟友だったんだ」
「……何?」

「トップヒーローである紅ヤマトと、大物ヴィランであるウルフ。私たち二人は、裏でヒーローとヴィラン、お互いの情勢を交換しあっていた。もう何年も前からだ」

 紅ヤマトの独白に、俺は混乱した。

「あんた何を言ってる?」
「真実だ。私はヒーローの情報をウルフに渡し、彼のシノギを助け、ウルフは私にヴィランの内部情報を提供する。それにより、ヒーローは的確にヴィランを捕縛することができる」
「なんでそんな……」

「この国の平和のためだ」

 紅ヤマトは俺を鋭い眼光で睨みつけた。

「前世紀も、警察機構が暴力団ヤクザとやっていたことだ。元を辿れば、戦後国外からの防波堤に、国家が裏社会を利用したのと何も変わらない……ッ!」
「理屈はわかる。銀狼組も、かつてはそうした裏の秩序に生かされた組織だ」
 ウルフレディが怪訝そうに紅ヤマトを一瞥した。
「だが、お前はそういうのを嫌うタイプだと思っていたがな」
 紅ヤマトは大きく頷く。
「……元々はな。だが! ヒーローだけで、犯罪や悪と闘うのも限界があった! そこで私は、宿敵ともであるウルフと手を組んだ」
 欺瞞だ、と俺は思った。
「それが何故、ウルフを殺した」
 敵意を隠さない声音で尋ねるウルフレディに対し、答えにくそうに紅ヤマトは口を開いた。

「ウルフは海外の、この国に根付く陳達とも違う、上海の組織に自分の組を売り渡そうとしていた」
「馬鹿な……」
「繰り返すが、真実だ。」
「奴自身、近づきつつある自分の最期までに何を為すか、思うところがあったようだ。だがそうなれば、奴にとっては利害の一致に過ぎない我々の同盟もまた破綻。そしてその破綻は……隠すべき同盟の暴露すら意味する」
「詰まるところ、口封じか。毒はヒーロー仲間からでも借り受けたか? そこはまあ問題ではない。確かに、今のお前の話が全て真実で、そして表につまびらかにされれば、ウルフの死を超える大事件だ」
 ふん、とウルフレディは己の鼻を鳴らした。
「だが、興味深い話ではあるな。紅ヤマト、お前がウルフを殺した下手人であれば、我ら銀狼組が殺すのは確定事項だ。しかし、今の話を詳しく聞かせてもらってからな」
「……いいだろう。俺もここを無理に切り抜けて、殺しを重ねたくはない」

 気付けば、勝手に二人の間で話が進んでいた。

「少し待った。お二人さん」

 俺は口どもりそうになりながら、言葉を紡ぐ。

「それはちょっと、無理だ」
「なんだと?」

 紅ヤマトが俺の方を向き直るのと同時に。

「こ、の、スカタン、があ!!」

 大男のランニングエルボーが紅ヤマトの顔を直撃した。

「……! ジェイク」

 ヒーローズバーのマスタージェイク・フィールドが、怒髪天をつくような形相で、自身が吹き飛ばした紅ヤマトを睨みつけていた。

「ウルフレディ、悪いな。俺が呼んだ」
 俺は片手を上げて詫びを入れた。
 マスターが飛んで出てきた方向を見ると、何人か、あのバーでも見かけたことのあるような顔を見知った中堅ヒーローが待機していた。あのパンカーバイスもいる。
 紅ヤマト相手に、自分程度が敵うはずもない、そう思い、ウルフレディだけではなく、この地下に入る前に、マスターにも救援を依頼していた。自分から数分返事の電話がなければ、ここに出動してほしい、と。

「私もいる!」

 その大声に、俺やウルフレディが振り返る先にはザ・クラウンが宙に浮いてポーズを決めているところだった。

「レディ! 君にはすまないね。あの後、マナヒコから改めて緊急出動の依頼があったのだ。大捕物の可能性がある。金はいくらでも出すから来てくれ、とな」

 ザ・クラウンはちらりと紅ヤマトを見た。

「だがまさか、本当にあなただとは……」
「銀狼組の面々に、ジェイクにザ・ロワイヤル筆頭か……」
 ふ、と紅ヤマトは笑い、両手を上げた。
「私も馬鹿じゃない。ここまで囲まれてしまえば、なす術はないな……」
 紅ヤマトは俺を見る。
「どうやらお前を甘く見すぎていたらしい」
「紅ヤマト……」
 紅ヤマトは、俺を『受けた依頼から逃げない』と言ってくれたが、そんな格好いいもんじゃない。少なくとも、今回の依頼から、俺は逃げた。
 紅ヤマトを、殺すことはできなかった。
「あんたはもう、ウルフを殺したときから、いや、もうずっと前、ウルフとグルになっちまった時から、ヒーローとして死んでたんだよ」
 俺は紅ヤマトに向かい、そう嘯くのが精一杯だった。
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