53 / 90
本編
17 - 1 あの日の夜
しおりを挟む
あの日、私は遅番で十五時に出勤していた。閉店は二十四時。その後、片付けや掃除もあって帰宅はもっと遅くなるのだけど。
アスター、ロゼ、ディラン、そしてギルド受付のユリアナとハノンが座るテーブル。私はそこに呼ばれて注文を取る度、奢りだと言ってアスターから酒をもらっていた。
「みんな随分飲んでるみたいだけど大丈夫なの? 次ラストオーダーだからね。アスターはもう終わりにしなさいよ」
注文を受けたお酒のグラスを四つテーブルに運ぶと、お尻に伸びてくるアスターの手を払い除けた。グラスを手にしたのはロゼ以外の四人。ロゼはもう飲食していないのか、テーブルの上に彼の手は見えない。
「何だよ、つれないなサリダ。お前もここに座って飲んでいけば?」
「私はまだ勤務中なのよ」
そう言いつつも、アスターに渡されたショットグラスを呷る。渡された酒は少し変な甘みのある独特の味。あまり好みではなかった。
テーブルに目をやると、ロゼとディランがこちらを見ていた。自分の店のお酒なのに、不味そうな顔でもしてしまっただろうか。
アスターに捕まらないよう距離を取って会話していると、ユリアナとハノンがアスターに話を振って意識を逸らしてくれる。
「ねえアスター聞いてよ~! ディランが来月ランクアップしたらご馳走してくれるんだって」
「お、マジか。四番街のレストラン連れてけよー」
「何でお前を連れてかなきゃなんねえんだよ」
ディランはランク六の試験を来月受けるらしい。彼は優秀だと聞いているからきっと受かるだろう。ディランは私にも声をかける。
「サリダも来るか?」
「ギルド員とプライベートな付き合いはしないの。お祝いの言葉だけ贈るわ。受かったらね」
笑顔を浮かべていると、視界が僅かにずれた。普段酔うことはあまりないけれど、先ほどの酒がかなりキツかったのか頭がフワフワしてくる。
「ああ……もう仕事に戻るわね」
他のテーブルに呼ばれて注文を聞いたり接客をしばらくした後、少しカウンターの奥で休憩しようかと思っていると、後ろから手を取られる。大きく冷たい手。
視線を腕から肩、首に移し、顔を見上げる。あの男たちの中で一番背の高いロゼ。無口であまり話していなかったが、私の手をつかむのは確かに彼だった。
「すみません、手洗いに連れてってくれませんか」
「珍しいわねロゼ。酔ってるの……?」
あまり飲んでいるように見えなかったが、普段クールな彼に頼られると何故か気分が上がった。
彼を店の奥にあるトイレスペースへ案内するが、足取りはしっかりしており、私の手もしっかりと握っている。それより私の方が足取りも重く、ふらついているかもしれない。
トイレの通路まで来ると、ロゼは何かを服のポケットから出して私の手に握らせた。
「さっき飲まされたでしょう。それ、飲んでおいてください」
「え? なあに、これ……」
手の中には薄紙に包まれた粉末。
何の粉?
「アスターが飲ませた酒に恐らく薬が入っています。それは抑制剤。効き目が緩むはずなので、すぐ飲んでください」
「薬って……あなたたち何やってんの!? 他の女の子に変なこととかしてないでしょうね?」
ロゼにつかまれた手首が一瞬チクリと痛みを感じた。ロゼの指輪か何かが引っかかり、ぷくりと血が浮かぶ。
「すみません、引っかかったみたいです。これで押さえてください。これは後で捨てて構いません」
ロゼが血の滲んだ腕に白いハンカチを当てた。清潔そうな布に赤い水玉模様ができる。白いハンカチがもったいない。
「……さあトイレはそこよ、行ってらっしゃいな」
心配する素振りを見せるロゼがトイレに入るまで見送ると、私はすぐに厨房の方へ戻った。
渡された粉薬も怪しいものだ。何なのだろう、アスターもロゼも。まさか普段から女性に怪しいことをしているんじゃないだろうかと疑った。
アスターはともかく、ロゼはいつも沈着冷静で馬鹿なことをする男ではないと思っていた。だけどアイツらと絡んでいるから安全とも言いきれない。そう思うと何故か妙に落胆した。
アスター、ロゼ、ディラン、そしてギルド受付のユリアナとハノンが座るテーブル。私はそこに呼ばれて注文を取る度、奢りだと言ってアスターから酒をもらっていた。
「みんな随分飲んでるみたいだけど大丈夫なの? 次ラストオーダーだからね。アスターはもう終わりにしなさいよ」
注文を受けたお酒のグラスを四つテーブルに運ぶと、お尻に伸びてくるアスターの手を払い除けた。グラスを手にしたのはロゼ以外の四人。ロゼはもう飲食していないのか、テーブルの上に彼の手は見えない。
「何だよ、つれないなサリダ。お前もここに座って飲んでいけば?」
「私はまだ勤務中なのよ」
そう言いつつも、アスターに渡されたショットグラスを呷る。渡された酒は少し変な甘みのある独特の味。あまり好みではなかった。
テーブルに目をやると、ロゼとディランがこちらを見ていた。自分の店のお酒なのに、不味そうな顔でもしてしまっただろうか。
アスターに捕まらないよう距離を取って会話していると、ユリアナとハノンがアスターに話を振って意識を逸らしてくれる。
「ねえアスター聞いてよ~! ディランが来月ランクアップしたらご馳走してくれるんだって」
「お、マジか。四番街のレストラン連れてけよー」
「何でお前を連れてかなきゃなんねえんだよ」
ディランはランク六の試験を来月受けるらしい。彼は優秀だと聞いているからきっと受かるだろう。ディランは私にも声をかける。
「サリダも来るか?」
「ギルド員とプライベートな付き合いはしないの。お祝いの言葉だけ贈るわ。受かったらね」
笑顔を浮かべていると、視界が僅かにずれた。普段酔うことはあまりないけれど、先ほどの酒がかなりキツかったのか頭がフワフワしてくる。
「ああ……もう仕事に戻るわね」
他のテーブルに呼ばれて注文を聞いたり接客をしばらくした後、少しカウンターの奥で休憩しようかと思っていると、後ろから手を取られる。大きく冷たい手。
視線を腕から肩、首に移し、顔を見上げる。あの男たちの中で一番背の高いロゼ。無口であまり話していなかったが、私の手をつかむのは確かに彼だった。
「すみません、手洗いに連れてってくれませんか」
「珍しいわねロゼ。酔ってるの……?」
あまり飲んでいるように見えなかったが、普段クールな彼に頼られると何故か気分が上がった。
彼を店の奥にあるトイレスペースへ案内するが、足取りはしっかりしており、私の手もしっかりと握っている。それより私の方が足取りも重く、ふらついているかもしれない。
トイレの通路まで来ると、ロゼは何かを服のポケットから出して私の手に握らせた。
「さっき飲まされたでしょう。それ、飲んでおいてください」
「え? なあに、これ……」
手の中には薄紙に包まれた粉末。
何の粉?
「アスターが飲ませた酒に恐らく薬が入っています。それは抑制剤。効き目が緩むはずなので、すぐ飲んでください」
「薬って……あなたたち何やってんの!? 他の女の子に変なこととかしてないでしょうね?」
ロゼにつかまれた手首が一瞬チクリと痛みを感じた。ロゼの指輪か何かが引っかかり、ぷくりと血が浮かぶ。
「すみません、引っかかったみたいです。これで押さえてください。これは後で捨てて構いません」
ロゼが血の滲んだ腕に白いハンカチを当てた。清潔そうな布に赤い水玉模様ができる。白いハンカチがもったいない。
「……さあトイレはそこよ、行ってらっしゃいな」
心配する素振りを見せるロゼがトイレに入るまで見送ると、私はすぐに厨房の方へ戻った。
渡された粉薬も怪しいものだ。何なのだろう、アスターもロゼも。まさか普段から女性に怪しいことをしているんじゃないだろうかと疑った。
アスターはともかく、ロゼはいつも沈着冷静で馬鹿なことをする男ではないと思っていた。だけどアイツらと絡んでいるから安全とも言いきれない。そう思うと何故か妙に落胆した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる