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本編
11 - 2 臆病者
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セリーヌは画材道具を整理しながら、私に笑顔を向ける。
「で、彼は恋人? 恋人繋ぎしてたでしょ~?」
「違うわ。……あれは、彼が勝手に……」
ロゼはわざと人目に付くように手を繋いでいたんだろう。ウィスコールの誰かに目撃されるように。アスターの耳に入るように。
「付き合ってみればいいじゃない!」
「……もう、割り切った関係でいるって話したし、ギルド員は危険な仕事だから付き合う気はないの」
「あら……そうなの。でもね、好きな気持ちがあるなら手を離しちゃ駄目よ? サリダはもっと自由に生きたらいいのよ。いい女なんだから幸せになってほしいわ」
自由に、望むように。レオンと同じようなことを言う。先のことは何も考えず、気軽に付き合えれば楽なのかもしれない。
ウィスコールは治安警備隊に協力している仕事も多く、ランクが上がれば上がるほど危険な任務も増える。何ヶ月も姿を見せない常連だったギルド員が、結局そのまま帰らぬ人になったと後で知ることもあった。彼らはいついなくなるともわからない、そういう仕事なのだ。
「私は……臆病なのよ。好きな人と歳を重ねるのは幸せなことだと思う。だけどそれ以上に失う怖さを知っているから、……ギルド員の彼とは考えられないわ」
ロゼの本心だって何も知らない。ラモントで私にしか注文を言わないのも、ただ話しやすかっただけなのかもしれない。私を抱いたのだって同情や慰めの類いだろう。
消極的な私と違い、いつも積極的なセリーヌは可愛い声で笑い私にはっきりと告げる。
「サリダって難しいことを考えてるのね。そんなに好きだって顔してるのに」
指摘された言葉で頬が熱くなり、同時に認めたくなかった言葉が胸に刺さってツキンと痛む。ストレートに物を言うセリーヌが見たままの私をそう言うのだから、それほど顔に出ているってことなんだろう。ロゼにそんな顔を見られたりしただろうか……。
私は表情を誤魔化すように下を向いて話題を変えた。
「セリーヌはたくさん絵を描いているのね」
「そうよー。買ってくれた人が幸せになれるよう、一つ一つおまじないをかけながら描いてるの」
セリーヌは時々、少女のように可愛らしいことを言う。大好きな絵をひたすら描く、純粋な子供のままなのかもしれない。
他人とのコミュニケーションをあまり取っていない彼女は、無神経な発言も間々あるけれど。
普段絵を売る時はどうしてるのか尋ねると、セリーヌの恋人がしてくれるらしく、全て任せているという。だから毎日絵に没頭できるようだ。
ちゃんと食事を取るように忠告すると「はいはい~」と彼女は相槌を打つ。ずぼらな彼女には耳が痛い言葉なのだろう。
セリーヌは絵画道具を片付けながら、箱の中から円錐状の赤い物をつまみ上げて、それを口にくわえた。くわえた唇が赤い色に染まっている。固形絵の具だ。
「セリーヌ、また絵の具を舐めてるでしょ! それ本当に口にして大丈夫なやつなの!?」
「あはは、癖で舐めちゃうのよね。植物とか天然の物で作られてるから、子供が口にしても問題ない物よー」
そう言って絵の具の箱を私に見せる。原料は口にしても問題ない植物で無害なものと書かれている。だからって、子供でも塊を口に入れる子はいないでしょうよ。セリーヌのくわえている絵の具を取り上げて、食べるならご飯にしなさいと軽く説教した。ディランがここにいたら母親みたいだと言われそうだ。
そろそろ恋人がやってくる時間だと聞かされ、私はセリーヌの部屋を出た。彼女のように何も考えず積極的になれたらどんなに楽だろう。私は自由奔放で楽天的な彼女が少し羨ましかった。
階段を三階まで下りて自室へ戻る時、ボサボサ頭でヨレヨレの服装の男性が、階段を上がってくるのがちらりと見えた。たまに見かけるセリーヌの恋人だ。足音は四階まで上がって扉の閉まる音が響いた。
ロゼの家に戻って中に入ると、窓から夕日が入り込み部屋の中がオレンジ色に染まっていた。ガランとした部屋は何もないせいか、床を歩く靴音も壁に反響する。何だか物寂しさが強調されているみたいだ。
ふと、テーブルに置かれた一枚の紙が目に入る。手に取ると物すごい癖字の読みにくい文面が綴られていて、思わず笑みが零れた。
『サリダ。いつ戻れるかわからないので、食材は全て使い切ってもらえると助かります。よろしくお願いします』
たったそれだけ。まるで業務連絡のよう。私はその癖のある字を指でなぞった。筆圧も強くて紙に文字が刻印されたかのように凹んでいる。私は手にしていた紙を曲げないように、持ってきていた本に挟んで自分の荷物の中へ大事に仕舞った。
「で、彼は恋人? 恋人繋ぎしてたでしょ~?」
「違うわ。……あれは、彼が勝手に……」
ロゼはわざと人目に付くように手を繋いでいたんだろう。ウィスコールの誰かに目撃されるように。アスターの耳に入るように。
「付き合ってみればいいじゃない!」
「……もう、割り切った関係でいるって話したし、ギルド員は危険な仕事だから付き合う気はないの」
「あら……そうなの。でもね、好きな気持ちがあるなら手を離しちゃ駄目よ? サリダはもっと自由に生きたらいいのよ。いい女なんだから幸せになってほしいわ」
自由に、望むように。レオンと同じようなことを言う。先のことは何も考えず、気軽に付き合えれば楽なのかもしれない。
ウィスコールは治安警備隊に協力している仕事も多く、ランクが上がれば上がるほど危険な任務も増える。何ヶ月も姿を見せない常連だったギルド員が、結局そのまま帰らぬ人になったと後で知ることもあった。彼らはいついなくなるともわからない、そういう仕事なのだ。
「私は……臆病なのよ。好きな人と歳を重ねるのは幸せなことだと思う。だけどそれ以上に失う怖さを知っているから、……ギルド員の彼とは考えられないわ」
ロゼの本心だって何も知らない。ラモントで私にしか注文を言わないのも、ただ話しやすかっただけなのかもしれない。私を抱いたのだって同情や慰めの類いだろう。
消極的な私と違い、いつも積極的なセリーヌは可愛い声で笑い私にはっきりと告げる。
「サリダって難しいことを考えてるのね。そんなに好きだって顔してるのに」
指摘された言葉で頬が熱くなり、同時に認めたくなかった言葉が胸に刺さってツキンと痛む。ストレートに物を言うセリーヌが見たままの私をそう言うのだから、それほど顔に出ているってことなんだろう。ロゼにそんな顔を見られたりしただろうか……。
私は表情を誤魔化すように下を向いて話題を変えた。
「セリーヌはたくさん絵を描いているのね」
「そうよー。買ってくれた人が幸せになれるよう、一つ一つおまじないをかけながら描いてるの」
セリーヌは時々、少女のように可愛らしいことを言う。大好きな絵をひたすら描く、純粋な子供のままなのかもしれない。
他人とのコミュニケーションをあまり取っていない彼女は、無神経な発言も間々あるけれど。
普段絵を売る時はどうしてるのか尋ねると、セリーヌの恋人がしてくれるらしく、全て任せているという。だから毎日絵に没頭できるようだ。
ちゃんと食事を取るように忠告すると「はいはい~」と彼女は相槌を打つ。ずぼらな彼女には耳が痛い言葉なのだろう。
セリーヌは絵画道具を片付けながら、箱の中から円錐状の赤い物をつまみ上げて、それを口にくわえた。くわえた唇が赤い色に染まっている。固形絵の具だ。
「セリーヌ、また絵の具を舐めてるでしょ! それ本当に口にして大丈夫なやつなの!?」
「あはは、癖で舐めちゃうのよね。植物とか天然の物で作られてるから、子供が口にしても問題ない物よー」
そう言って絵の具の箱を私に見せる。原料は口にしても問題ない植物で無害なものと書かれている。だからって、子供でも塊を口に入れる子はいないでしょうよ。セリーヌのくわえている絵の具を取り上げて、食べるならご飯にしなさいと軽く説教した。ディランがここにいたら母親みたいだと言われそうだ。
そろそろ恋人がやってくる時間だと聞かされ、私はセリーヌの部屋を出た。彼女のように何も考えず積極的になれたらどんなに楽だろう。私は自由奔放で楽天的な彼女が少し羨ましかった。
階段を三階まで下りて自室へ戻る時、ボサボサ頭でヨレヨレの服装の男性が、階段を上がってくるのがちらりと見えた。たまに見かけるセリーヌの恋人だ。足音は四階まで上がって扉の閉まる音が響いた。
ロゼの家に戻って中に入ると、窓から夕日が入り込み部屋の中がオレンジ色に染まっていた。ガランとした部屋は何もないせいか、床を歩く靴音も壁に反響する。何だか物寂しさが強調されているみたいだ。
ふと、テーブルに置かれた一枚の紙が目に入る。手に取ると物すごい癖字の読みにくい文面が綴られていて、思わず笑みが零れた。
『サリダ。いつ戻れるかわからないので、食材は全て使い切ってもらえると助かります。よろしくお願いします』
たったそれだけ。まるで業務連絡のよう。私はその癖のある字を指でなぞった。筆圧も強くて紙に文字が刻印されたかのように凹んでいる。私は手にしていた紙を曲げないように、持ってきていた本に挟んで自分の荷物の中へ大事に仕舞った。
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