上手に息がしたい

にーなにな

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 冷たい床に頬が当たる感覚と痛みで目を覚ます。窓から差し込む月明かりからまだ外が明るくないのがわかる。何とか時間を把握しようと時計を確認しようと身体を動かす。
「痛っ」
 床で寝ていたせいで身体が痛い。正確に言うと殴られ床で気絶していたから身体が痛い。よろよろと歩きなんとか枕元の時計に辿り着き窓辺で時間を確認する。時計は4時22分を指していた。もう朝とも言える時間だが、身体は全くと言っていいほど休まってはいない。僅かな時間だが寝よう。そばにある布団に横になる。

 気がつくと窓からはこっちの状態などお構いなしに光が差し込み強制的に起こされる。まだまだ眠い上疲れなんて取れていないが、今日は平日つまり学校に行かなければいけない。部屋を見ると部屋の反対側で兄が布団を蹴って寝ている。起こさないよう静かに干しっぱなしになっているシャツに袖通す。お腹に治りかけてた黄色い痣の横に青紫の痣がありげんなりとする。何か胃に入れようと冷蔵庫を開ける。中身はお酒とコンビニスイーツ3つ。朝食で食べれそうなものはない。食パンはないかと台所を探すが見当たらない。胃が受け付ける状態とは思えないが、やむをえないためシュークリームのようなものをとりあえず食べる。顔を洗うため洗面所に移動し顔を洗い寝癖を整える。今日も顔には怪我してないこちを確認し安心する。鞄を持って出かけるため洗面所の扉を開ける。
「幸斗おはよう」
 目の前には4歳上の兄・池平唯人がいた。思わず固まってしまう僕を避け洗面所で身なりを整え始めた。寝癖のついた長めの黒髪に不健康にも感じる白く透き通った肌。遠くから見ればかなり女性的な見た目をしている。
「何突っ立ってんの。出掛けねえの」
 その声に我に返り急いで布団のそばに転がっている鞄を持ち玄関へと急ぐ。
「はい。お小遣い」
 玄関で靴を履いていると銀行名の書かれたシワシワの封筒を目の前に出された。
「ありがとうございます」
 両手で取ろうとするとスッと封筒が上げられ受け取れなかった。
「目を見てちゃんと言って」
 恐る恐る顔を上げ兄と目が合う。昨晩とは違い穏やかな表情で僕を見ている。
「唯人兄さんありがとうございます」
 兄は満足げな顔に変わり僕の手に封筒を渡す。
「今日もオレ頑張るからよろしく」
「わかりました。いってきます」
 兄の言葉に居心地が悪くなり足早に外へ出る。兄が頑張るからと言って送り出す日は家でシゴトをするから夜中まで帰るなを意味する。夜中の2時くらいまで家に帰れないこと、家で兄がしているシゴトのこと、そして兄のお客さんが帰った後の家に帰るということ。気持ちを変えようと渡された封筒の中身を確認し頭の中で家計簿を書き出していく。しかしどれを考えても気持ちが薄暗い方へと引っ張られる。
 思わずため息が出る頃には学校に着いていた。僕が教室の扉を開けると一瞬静まり空気が冷える。しかしそれもすぐに元に戻る。良くも悪くも数年前から無駄な物は買えなくなったため、専ら勉強ばかりしていたおかげで地元では有名な進学校へ入学できた。治安は良くいじめ等はないが、僕の特殊な環境のことや兄のことは知れ渡っているため腫れ物扱いをされている。幼い頃普通に遊んでいた頃のことを思い出すと寂しいが、後2年で今の環境を抜け出すため勉強に専念できる環境と考えれば存外悪くない。
 問題は学校が終わってから家に帰るまで過ごす場所だ。学校が19時には閉まり市内の図書館も21時には閉館する。図書館の近くの23時まで営業してるファストフード店で1番安いハンバーガーで閉店時間まで粘る。それから夜中の2時までの過ごし方が僕にとって最大の課題だ。最近は家の近くの公園で過ごしていたが、ついに昨日補導され兄に迷惑をかけた。結果、床に気絶する形となってしまった。どうするべきか学校、図書館と課題をこなしつつうだうだ悩んだが結局良い回答が出なかった。図書館の閉館時間となったため本を一冊借り外へと出る。いつものようにハンバーガー一つで閉店時間まで粘り、それでもまだ3時間は家に帰ることができない。
 行き場を失っていると図書館の近くにこぢんまりとしているが街灯のある公園に辿り着いた。2時までずっと散歩しているというわけにもいかないので今日はとりあえずここで過ごすことにした。
 街灯の下のベンチで今日借りた本を読む。ここの辺りは治安も良く人通りも少ないためそこそこ安心して読書に耽ることができる。いい場所を見つけることができ、本を読んでいると僕の後ろからガサガサっと音がした。どうやら茂みから音がしたようだ。恐る恐る覗き込むとそこにはダンボールに入った猫がいた。小さく白く痩せこけている捨て猫のようだ。
「まるで僕みたい」
 そんなことを呟きながらネコを撫でる。ダンボールの中には毛布が敷かれておりミルクがあった。捨てた本人かはたまた別の誰かか分からないが誰かは世話をしているようだ。猫がニャーっと鳴き僕の手に擦り寄る。
「僕は拾ってあげられないよ。ごめんね」
 これ以上触っては愛着が湧いてしまうと僕は再びベンチに戻り、本を読む。本というのはなかなか偉大な物で時間をあっという間に溶かしていく。気が付けば時計は1時40分になっていた。今から帰れば家に着く頃には2時は過ぎるだろうと本をしまい公園を後にした。
 家に着くと電気はついていないようだった。家にいないのか、それとも寝てるのか分からないためそっと玄関を開ける。兄は部屋にある机に突っ伏して寝ているようだった。周りには空き缶が転がっていた。起こさないように静かに動きとりあえずシャワーを浴びた。シャワー室を出る頃には眠気のピークが来ていた。早く寝ようと僕の布団へと向かう途中で足を掴まれた。そしてバランスを崩し前から倒れ込んだ。
「痛い」
 その直後脇腹への強烈な蹴りが入る。
「うっ」
 痛みに苦しんでいると背中に足が乗っかり体重をかけられた。
「何してるの?帰ってきたのにただいまも無し?オレはオッサンの相手して辛かったのになんで?オレのこと労わってくれないの?」
「…ごっめん…なさっい」
「いずれオレのために稼いでくれると思って養ってんのに自覚がないんじゃないの」
 さらに体重がかかり圧迫される。苦しい。
「…ごめっ」
 息苦しくもなりうまく言葉が出てこずにいると兄は僕の背中の上で地団駄を踏み始めた。
「学校で悠長にお前が勉強している間オレはずっと辛いんだよ。なのに何でお前は…」
 謝らないと、何か言わないとと思ったが耐えられず僕は悶絶した。
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