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第7話 対面
侍女長に導かれて、私は屋敷の奥へと進んでいった。長い廊下の窓からは、手入れの行き届いた庭園がちらっと見えた。それらを見る余裕も無いまま、彼女の後を付いていく。
ドレスに身を包み、髪も整えられた姿は、いまだに自分のものとは思えなかった。鏡に映った時の驚きは、まだ心の中で余韻を残している。
「こちらです」
彼女は廊下の突き当たりで足を止め、扉の前で振り返った。
「エドモンド様がお待ちです。緊張なさらずに」
そんな事を言われても、緊張してしまう。彼女は扉をノックした。
「どうぞ」
部屋の中から低い男性の声が聞こえた。侍女長は扉を開けると、私を先に通した。
部屋に足を踏み入れた瞬間、私は軽く息を呑んだ。広い部屋に期待していたのに、意外と質素なこの空間。ベッドとテーブル、椅子が一つ。
しかし目を引いたのは、部屋の隅に置かれた鎧と剣、盾など武具の数々。それらは使い込まれた跡があるにも関わらず、丁寧に手入れされ、艶やかに輝いていた。まるで展示品ではなく、実際に使用するものだと感じた。
気になって目を向けていた私は、ふと我に返った。ジロジロと見回すのは失礼だと思い、視線を部屋の主へと向けた。
そこで私は、再び息を飲んだ。
ベッドの上に腰掛けていたのは、顔から両手の先まで白い包帯に覆われた男性だった。顔の大部分も包帯で覆われていたが、隙間から覗く瞳は鋭く、琥珀色に輝いていた。
そして、その体格。包帯の下からも分かる引き締まった肩幅と腕の筋肉。鍛え抜かれた騎士の身体だった。彼が部屋の隅にある武具の持ち主なのだろう。
私は背筋を伸ばし、失礼のないよう心がけた。
「エドモンド様、エレノア様をお連れしました」
侍女長が丁寧に告げる。
「あぁ」
低く、唸るような声で彼は答えた。その声には迫力があった。
私は一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「初めまして、エレノア・ヴァンローゼと申します」
頭を上げると、彼の鋭い目が私をじっと見つめていた。まるで獣が獲物を見るような、しかし、違う――何かを見極めようとするような真剣な眼差し。
「……」
彼は何も言わず、じっと私を見続けた。その視線の重みに、私は緊張で息をするのも忘れそうになる。でも、目を逸らすことは出来なかった。
時間が止まったような感覚。部屋の中の空気が凝固し、私の鼓動だけが大きく響いているように思えた。
やがて、彼の表情がわずかに和らいだ気がした。
「なるほど」
彼は低く呟いた。その声には、何かを理解したような響きがあった。
「……え、えっと?」
困惑して、私は思わず言葉を漏らした。
「君は、妹には似ていないようだね」
予想外の言葉に、私は目を丸くした。
「そ、そうでしょうか?」
自分と妹の違い。それは鏡を見るたびに感じてきたこと。彼女は美しく、私は地味だった。彼女は社交的で、私は内向的。でも、その事を指摘されているようには感じない。もっと別の、何か。
その何かは、私にはわからなかった。
「しかし、女性とはいえ細すぎるな。ちゃんと食べているのか?」
彼の視線が、私の細い腕に向けられた。鋭い観察眼で、私の体型をひと目で判断したようだ。
「えっと」
突然の問いに、私は言葉に詰まった。ずっと十分な食事を与えられてこなかった事実が恥ずかしく、言葉を選べなかった。
「まだ昼食は、済ませていないよな?」
彼は柔らかな口調で続けた。責めるような調子ではなく、むしろ気遣いに満ちていた。
「は、はい。昼食は、まだ、食べてないですけど……」
私が戸惑いながら答えると、彼は満足そうに頷いた。
「よし。丁度いい時間だし、食事を用意してくれ。彼女の分も」
エドモンドは侍女長に向かって言った。その声には自然な命令の響きがあり、彼が生まれながらの高貴な人間であることを感じさせた。
「了解しました」
侍女長は一瞬だけ微笑み、すぐに表情を引き締めて部屋を出て行った。
二人きりになった空間。窓から差し込む日差しが、床に長い影を作っていた。
「そこにある椅子に座って、しばらく待ってくれ。すぐ食事が運ばれてくるはずだ」
彼は包帯の下からでも伝わる、温かさが籠もった声で言ってくれた。
「はい」
私は言われた通り椅子に座った。膝の上で手を握りしめ、どう振る舞えばいいのか分からずにいた。気を使ってくれていることを感じる。だけど、どう振る舞えば良いのかわからない。
部屋に静けさが広がる。彼のベッドから私の椅子までは、それほど距離はない。けれど、その間には言葉にできない緊張感が漂っていた。
「長旅だったろう」
突然、彼が静けさを破った。その声は優しく、やはり気遣いに満ちていた。
「はい……」
私はかすかに答えた。実家から追い出されるように送り出された記憶が蘇り、言葉を継ぐのが難しかった。
「無理に話さなくてもいい」
彼は私の心を読んだかのように言った。
「食事が来たら、ゆっくり話そう」
その言葉に、私は初めて肩の力を抜くことができた。緊張からくる硬さが少しずつ解け、椅子に深く腰掛けることができた。
彼――エドモンド・ウィンターフェイドは、私が想像していたのとはまったく違う人物だった。騎士だと聞いていたから、厳格で冷たい人を想像していた。だが、その実、彼の目には温かな光が宿っていた。その違いに、私は少し戸惑いながらも、どこか安堵を感じていた。
ドレスに身を包み、髪も整えられた姿は、いまだに自分のものとは思えなかった。鏡に映った時の驚きは、まだ心の中で余韻を残している。
「こちらです」
彼女は廊下の突き当たりで足を止め、扉の前で振り返った。
「エドモンド様がお待ちです。緊張なさらずに」
そんな事を言われても、緊張してしまう。彼女は扉をノックした。
「どうぞ」
部屋の中から低い男性の声が聞こえた。侍女長は扉を開けると、私を先に通した。
部屋に足を踏み入れた瞬間、私は軽く息を呑んだ。広い部屋に期待していたのに、意外と質素なこの空間。ベッドとテーブル、椅子が一つ。
しかし目を引いたのは、部屋の隅に置かれた鎧と剣、盾など武具の数々。それらは使い込まれた跡があるにも関わらず、丁寧に手入れされ、艶やかに輝いていた。まるで展示品ではなく、実際に使用するものだと感じた。
気になって目を向けていた私は、ふと我に返った。ジロジロと見回すのは失礼だと思い、視線を部屋の主へと向けた。
そこで私は、再び息を飲んだ。
ベッドの上に腰掛けていたのは、顔から両手の先まで白い包帯に覆われた男性だった。顔の大部分も包帯で覆われていたが、隙間から覗く瞳は鋭く、琥珀色に輝いていた。
そして、その体格。包帯の下からも分かる引き締まった肩幅と腕の筋肉。鍛え抜かれた騎士の身体だった。彼が部屋の隅にある武具の持ち主なのだろう。
私は背筋を伸ばし、失礼のないよう心がけた。
「エドモンド様、エレノア様をお連れしました」
侍女長が丁寧に告げる。
「あぁ」
低く、唸るような声で彼は答えた。その声には迫力があった。
私は一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「初めまして、エレノア・ヴァンローゼと申します」
頭を上げると、彼の鋭い目が私をじっと見つめていた。まるで獣が獲物を見るような、しかし、違う――何かを見極めようとするような真剣な眼差し。
「……」
彼は何も言わず、じっと私を見続けた。その視線の重みに、私は緊張で息をするのも忘れそうになる。でも、目を逸らすことは出来なかった。
時間が止まったような感覚。部屋の中の空気が凝固し、私の鼓動だけが大きく響いているように思えた。
やがて、彼の表情がわずかに和らいだ気がした。
「なるほど」
彼は低く呟いた。その声には、何かを理解したような響きがあった。
「……え、えっと?」
困惑して、私は思わず言葉を漏らした。
「君は、妹には似ていないようだね」
予想外の言葉に、私は目を丸くした。
「そ、そうでしょうか?」
自分と妹の違い。それは鏡を見るたびに感じてきたこと。彼女は美しく、私は地味だった。彼女は社交的で、私は内向的。でも、その事を指摘されているようには感じない。もっと別の、何か。
その何かは、私にはわからなかった。
「しかし、女性とはいえ細すぎるな。ちゃんと食べているのか?」
彼の視線が、私の細い腕に向けられた。鋭い観察眼で、私の体型をひと目で判断したようだ。
「えっと」
突然の問いに、私は言葉に詰まった。ずっと十分な食事を与えられてこなかった事実が恥ずかしく、言葉を選べなかった。
「まだ昼食は、済ませていないよな?」
彼は柔らかな口調で続けた。責めるような調子ではなく、むしろ気遣いに満ちていた。
「は、はい。昼食は、まだ、食べてないですけど……」
私が戸惑いながら答えると、彼は満足そうに頷いた。
「よし。丁度いい時間だし、食事を用意してくれ。彼女の分も」
エドモンドは侍女長に向かって言った。その声には自然な命令の響きがあり、彼が生まれながらの高貴な人間であることを感じさせた。
「了解しました」
侍女長は一瞬だけ微笑み、すぐに表情を引き締めて部屋を出て行った。
二人きりになった空間。窓から差し込む日差しが、床に長い影を作っていた。
「そこにある椅子に座って、しばらく待ってくれ。すぐ食事が運ばれてくるはずだ」
彼は包帯の下からでも伝わる、温かさが籠もった声で言ってくれた。
「はい」
私は言われた通り椅子に座った。膝の上で手を握りしめ、どう振る舞えばいいのか分からずにいた。気を使ってくれていることを感じる。だけど、どう振る舞えば良いのかわからない。
部屋に静けさが広がる。彼のベッドから私の椅子までは、それほど距離はない。けれど、その間には言葉にできない緊張感が漂っていた。
「長旅だったろう」
突然、彼が静けさを破った。その声は優しく、やはり気遣いに満ちていた。
「はい……」
私はかすかに答えた。実家から追い出されるように送り出された記憶が蘇り、言葉を継ぐのが難しかった。
「無理に話さなくてもいい」
彼は私の心を読んだかのように言った。
「食事が来たら、ゆっくり話そう」
その言葉に、私は初めて肩の力を抜くことができた。緊張からくる硬さが少しずつ解け、椅子に深く腰掛けることができた。
彼――エドモンド・ウィンターフェイドは、私が想像していたのとはまったく違う人物だった。騎士だと聞いていたから、厳格で冷たい人を想像していた。だが、その実、彼の目には温かな光が宿っていた。その違いに、私は少し戸惑いながらも、どこか安堵を感じていた。
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