旅の道連れ、さようなら【短編】

キョウキョウ

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旅の道連れ、さようなら

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「君を、僕たちのパーティーから除名させてもらう」
「……」

 夜。焚き火の前で休んでいた俺に向かって、目の前の男性が放った言葉に俺は何の感情も表すこと無く、ただボーッと彼の目を見返していた。何を言っているのかが、よく理解できなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。

「これから先の旅において、パーティーの連携がより大事になってくる。しかし、君は協調性もなくて自分勝手に動いて戦闘している。この先の戦いにおいて、他人の事を気にせずに動くような君は、パーティーの足手まといになるかも知れない」
「……」

 熱くなって、除名処分の理由を説明する目の前の青年。それを、俺は黙って聞いていた。面倒で話したくないから。

「これは、既にメンバーの意見を纏めて決定された事だ。今更、何を言っても僕らのパーティーから君を除名するのは、変えようのない事実なんだ」

 申し訳無さそうに顔を歪めて、青年が言う。こちらの答えなんて、最初から期待はしていないのかな。

「だから、申し訳ないが今夜中にパーティーから離れてほしいんだ」
「わかった」

 しばらく黙っていた俺は口を開いて、反論もしないで了承する言葉を出した。おそらく、彼が望んでいた答えだろうから。これで、会話を終わらせることが出来るだろう。

 言われた通りに早速、この場所を離れたほうが良いんだろうな、ということを理解した俺は旅の荷物をまとめて出ていく。と言っても、まとめる程の荷物も無いから、準備には全く時間は掛からなかった。

「もう出ていくのか? みんなと別れは必要ないのか」
「……」

 僅かな旅の荷物をまとめ終わって、仲間から外され一人で旅を再開する為の準備が整った。これで、もう歩き出して行くことが出来る。そんな俺の背中に青年の驚いた声が聞こえてくる。

「なんとか言ったら、どうなんだ?」
「はぁ……。今夜中って君が言ったことだろう? 別に、お別れも特に必要ないさ。もう二度と会う事も無いだろうからね」

 そう言って俺は彼の返事も待たず、纏めた荷持を背負って夜の暗い森の中へと歩き出した。「薄情だな」という青年の呟きが聞こえたような気がしたが、足を止めずにズンズンと歩を進める。

 しかし、最後まで彼の言葉をよく理解できなかった。そもそも俺は、いつから……彼の言う冒険者パーティーの一員に加えられていたのだろうか?


***


 それは半年ぐらい前の事だった。一人で旅をしていた俺、ある日から見知らぬ青年がコソコソと俺の後ろに付いてきた。

 人との意思疎通を苦手としている俺は、後ろを付いて歩く青年に特に指摘する事もなく放っておいた。時間が経てば勝手に何処かに行くだろうと考えて、無視を貫いていた。しかし彼は、俺から付かず離れずの距離を保ちつつ同じ方向をずっと歩いて、後ろを付いてくる。

 強敵のモンスターを探して森をさまよい歩く俺の後ろに、付いて歩く青年。

 発見したモンスターと俺が戦闘に入った時には、姿を隠して離れて観察するような邪魔にならない距離を取って。夜は勝手に、俺の立てた簡易拠点の焚き火、テントの近くに居座って休む彼。

 同じ道を進む俺たちの間には会話も一切無くて、それでも勝手に後ろを付いてくる青年。気にはなったものの、人と接するのが苦手で会話するのも指摘するのも面倒で、ずっと放置する俺。というような奇妙な関係が数日間も続いた。

 もしかして、俺の持つ荷物を奪うことが目的なのだろうか。俺の隙をついて、何か仕掛けてくるようなら返り討ちにするぐらいは余裕そうだった。青年に脅威は感じてない。

 後ろを付いてくる彼を放置していたら、ある日から青年とは別の男性がもう一人、いつの間にか増えていた。親しそうに話し合う青年と、合流してきた男。

 それでも俺は、特に何も言わずに目的の強敵モンスターを探して、森の中を歩く。後ろを付いてくる青年と男。傍から見たら、3人組パーティーのようにも見える感じだったが、本当に無関係だ。


 それから、あれよあれよという間に後ろから付いてくる人数が増えていって、男性三人に女性六人という、大人数パーティーになっていた。

 それでも俺は、特に指摘することも無く彼らの様子を見ているだけだった。向こうも不思議な事に何も言ってこなかったから。そもそも俺は、彼らと言葉を交わしていない。他人同士だった。

 言葉による合意も許可も無いまま、後ろを付いて歩くパーティー。自然な流れで、一緒に旅をするような感覚になっていた。

 彼らは楽しそうな会話を交えて後ろを付いて歩いてくる。俺は彼らの様子を観客席から演劇を見るような気分で、ちょっとだけ楽しみながら眺めていた。


「僕は、必ず魔王を倒して世界を救う」決意の眼差しで、そんな事を宣う青年。

「立派な決意です、ルーク様」と胸の前に手を合わせ感動している僧侶の女性。

「俺も、お前のことを支えてやるぜ」と青年の肩に手を置く戦士の男。

「ふふっ、我らが居れば平和な世界も再び訪れるであろう」と老人臭い喋り方をしている、魔法使いの格好をした少女。

「我ら、王国騎士が支援します」と鎧に身を包んだ男女の全身鎧武装兵士たち。


 まるで喜劇だ。実力が伴っていない。そんな彼らの無謀な目標のやり取りを、旅を続けている間の気分転換に眺めていた俺。

 そして今日。何の前触れもなく、青年が近づいてきて初めて話しかけられた。そう思っていたら、突然のパーティー除名宣言だった。

 まさか初めて交わす言葉が、そんな内容だとは予想していなかった。理解する為に、しばらく時間がかかっていた。

 パーティーから除名って。そもそも、俺は彼らと誰一人としてまともに会話をした記憶は無いんだが。

 今日初めて話すことになったルークと呼ばれている青年以外には、誰とも話していないし。メンバーの名前すら正確に把握していない。そんな、薄い薄い関係。

 けれど、パーティー除名宣言されることになったらしい。つまり俺は、いつの間にか彼らの仲間の一人として加えられていた、という事なのか。

 パーティーに加えられていた意識も無いままで、いきなりの除名処分という唐突な出来事に納得はいかないものの、それならそれで一緒に居たいとも思わない。詳しく事情を聞いてみようとも思ったが、会話が面倒だし適当に合わせて返事をしていた。それに目的だった強敵モンスターも、あらかた倒し終えたし次の場所へ移動するべき時期だった。

 まぁ、いい機会かと半年程を一緒に居た彼らと別れることにする。そもそも、彼らは後ろを勝手に付いてきただけだ。

 ただ、心配だったのは彼らの実力で大丈夫だろうか、という事だけ。これから先、無事に生きていけるのか。

 まぁ、前を歩く俺と後ろを付いて歩いてくるだけの彼ら。そんな、知人ですらない関係。わざわざ、指摘する必要も無いか。そう思って、特に注意することもなく早々に別れた。


***


 ルークがパーティーから一名、除名処分にした翌朝の事だった。


 森を抜けて街へと向かう道中にて、モンスターの大群と遭遇した彼らは武器を手に取り、慌てて戦闘に入った。すぐに片がつくだろうと予想していたルーク。


 けれど予想は大きくハズレて、すぐ劣勢になった彼ら。


「助けて、ルーク!」
「くっ、まだコッチが片付いていない。ヘレン! アイシャの援護を!」

「こっちは無理じゃッ! 手が離せん! アランは、彼奴は、どこに行ったのだ!?」
「ココに居る! だが更にコッチから敵の増援、来るぞ!」



 大量のモンスターに囲まれて、逃げ場を無くしてしまったルークのパーティー達。ダメージを受けて助けを求める僧侶の女性、狼狽えながら指示を出すルーク。魔法の詠唱に入って手が離せなくなった魔法使いの女性、そして更なる敵の増援を目にした男。



「もう、保ちません! 我らも限界です」
「王都で訓練してきた、最強の騎士なんだろう!? なんとか踏ん張ってくれッ!」

 音を上げる兵士たちに激を飛ばすルーク。しかし、みんなが限界だった。

 押し寄せてくるモンスター目掛けて、全力で剣を振り攻撃を加えながらルークは、何故こんな事になったのか考えて理解できないでいた。

 今までは順調に、戦闘も問題なくこなせていた筈だったのに。パーティー、初めてのピンチだった。

 ギルドの評価も上々でランクも上がってきて、依頼をこなし実績も着々と積んできたはず。そして、処理をどうするか頭を悩ませていた異物も排除できた。

 ルークは、昨夜パーティーから追放した男の価値を理解してなかった。

 最初は襲い来るモンスターの盾にするのに都合が良かったから、偶然出会った男の後を付けて一緒に付いて行っただけだった。文句も言わない無口な男で、何も話さなかったのも都合がいい。利用しやすかった。

 それからルークは仲間と合流して、見知らぬ男を盾にしつつ戦闘を繰り返し、経験を積んで実力も上がってきた。

 そしてもう、モンスターの盾にする男は必要無くなったとルークは判断した。勇者パーティーとして価値を上げるために、どこの馬の骨とも知れぬ男はパーティーから除外する必要があった。異物を排除するために、メンバーと話し合って追放の場面を整えた。メンバーからも異論はなく満場一致で、男をパーティーから除名することが決まった。


 しかしルークは、男が優先的に強力なモンスターを排除してくれていたことに、遂に気付くことはなかった。ちょっと強いぐらいの戦士程度の実力だという評価しか、していなかった。

 本当の実力に気付かないまま、見知らぬ男に強力モンスターを優先的に戦わせるという事がパーティー内では恒例化していて、メンバーが自分たちの実力を錯覚するようになっていたのだ。

 旅をしている間、モンスターへの盾に利用されていた男は、パーティーメンバーを守ろうと考え率先して強力なモンスターを倒していたわけではなく、強い相手を求めていたから。

 彼の目的は、強いモンスターとの戦闘をすることだけ。他には特に気を配っていなかった。ルーク達がどうなろうとも、別になんとも思わない。有象無象だと、そう思われていたことにすら気付かなかったルーク達。

 だからこそ、モンスターの盾に利用されていた男は強力なモンスターを倒したとしても誇ることもせず、ただひっそりと一人で満足するだけだった。そもそもお互いに会話も無かったし、パーティーのメンバーという意識は無かったから。

 男の活躍を正しく理解している者は居なかった。ルーク達は全員、戦闘を繰り返して生き残ること、自分のことで精一杯というぐらいの戦闘能力しか無かった。

 そんな環境に居たから、ルークは男をパーティーから追放したとしてもやっていけると誤った認識をするようになっていた。たった一人、パーティーから抜けたぐらいで影響は無いだろうと軽はずみな判断。

 それが今モンスターへの盾だった男が居なくなって早速、戦闘で窮地に陥っている理由だった。実力を誤ったまま戦闘に入ってしまって、離脱するタイミングも逃してしまった。

「くっ!?」
「ルークッ!?」

 こんな筈じゃなかったと最期に後悔しながら、ルークの意識は途絶えた。
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