女男の世界

キョウキョウ

文字の大きさ
5 / 60
第1章 姉妹編

第04話 姉妹

しおりを挟む
「ハルさんやサキさん、って誰ですか?」

 聞こえたのは、誰だか分からない人の名前だった。分からないままにしておきたくないので、香織さんに尋ねる。

「えっと……ハルちゃんはね、あなたの姉よ」
 
 戸惑いながら、説明してくれる香織さん。そうか、姉の名前か。それを誰だと聞かれたら、戸惑ってしまうのも仕方ないよね。聞いた僕が悪かった。

「それから次女のサキちゃん、三女のサアヤちゃん。最後の一人が、ゆうくんよりも年下の妹で四女のアオイちゃん」

 記憶では、間違いなく一人っ子だったはず。知らないうちに、三人の姉と一人の妹が出来たらしい。

(いきなり姉妹が出来るなんて、ゲームとかマンガみたいな展開だなコレは……)

「覚えてない?」
「わからないです……ごめんなさい」

 記憶には、それらの人物について全く浮かび上がってこなかった。

 静寂。気まずいから、なにか話さないといけない。切り出す言葉を考えていると、家の玄関が開く音が聞こえた。

 次に廊下を歩く音。誰かが家へと入ってきた。

「あっ、誰か帰ってきたのかしら」

 そう言いながら席を立って、扉に向かう香織さん。

「ハルちゃん待って、こっちこっち」

 扉を開け、長女のハルさんという、僕の姉だという人物を呼びとめる。

「帰っていたのかい、母さん。……それと、おかえり優」

 眼鏡を掛けた、つり目のお姉さんが入ってきた。前半は香織さん、後半は僕に目線を向けて言う。年は20代半ばぐらいだろうか、キリッとした引き締まった表情が印象的だ。

「えっと、ただいま……です」

 返事を返すと不可解な表情をしていて眉をひそめるハルと呼ばれた女性。彼女の顔を見て、だんだんと言葉が尻すぼみになる。

 香織さんが部屋へ入ってきた女性に近づいて話をしている。部屋にやってきた女性と香織さん、なにを話しているかは聞こえない。

 手持ち無沙汰になった僕は、香織さんに入れてもらったお茶を飲みながら、改めてダイニングルームを見回した。意外に汚れている。僕の率直な感想。

 床には髪の毛とホコリが目に見えてわかる。何日掃除機を掛けてないんだろうか。台所の脇にいっぱいに入っているゴミ袋が3つ見える。すごく気になる。すぐにでも掃除したい。

 いつの間にか話が終わっていて、席につく二人。香織さんは変わらずに、僕の目の前の席に座った。そして眼鏡の女性が、僕の左隣に座る。距離が近い。

「私の事は、分かるかい?」
「あのっ、えっと。……わからないです、ごめんなさい」

 迫ってくる美人な顔に戸惑いながら、謝る。見覚えがなかったから、正直に答えるしかない。

「いや、良い。私は、はる。季節の春と書いて、春だ」
「佐藤優です、よろしくお願いします」

 思わず自己紹介しながらペコッと頭を下げて礼をしてしまったが、よく考えると向こうはこちらをよく知っているだろうから、今の行為は無意味だと思った。それでも迷惑そうな顔もせずに、春さんは笑顔を浮かべた。

「あぁ、よろしく」

 とてもキレイな笑顔だった。顔を真っ直ぐ見つめられて、恥ずかしくなった僕は、話題転換を狙って香織さんに話を振る。

「それで他の人は、今どうしてるの?」
「確か、サキちゃんはいつもの部活ね。サアヤちゃんと、アオイちゃんはどうしたのかしら?」
「葵は、卒業式の準備で学校に行っているはずだ。紗綾はわからない」

 僕のとっさの問いかけに、顎に手を当てて律儀に考えてくれる香織さん。そして、家族のスケジュールを把握しているらしい春さん。

「春さんは、何をしていたんですか?」

 姉という人物を少しでも知っておこうと、勇気を振り絞って質問してみた。

「ん? 私はバイトから帰ってきたところだ。それと私も、母さんと話す時のように普通に話してくれ。それから”お姉ちゃん”と呼んでくれないかい?」

 倒れる前はそう呼んでいたのだろうか。もしかしたら緊張している僕に気を利かせて、接しやすくしてくれたのだろうか。

「わかりま……。わかった、春お姉ちゃん」

 彼女は家族だそうだから、敬語はおかしいか。そう考えて、普通に話してみる。

「ぐうっ」

 春お姉ちゃんは眉の間の皺を深くし呻いて、右手を口に当て明後日の方向に顔を背ける。もしかして不愉快に感じたのだろうか。いきなり気安すぎたかもしれない。

「あの、やっぱり春さんって」
「いやッ! 良い! そのままで良い! お姉ちゃんと呼んでくれ」

 瞬時に顔をこちらに向け、間髪入れず鬼気迫るような勢いで言葉を返された。

「えっ、あっ……うん」

 妙な迫力に、おかしな返事をすることが精一杯だった。


 春お姉ちゃんが落ち着いたのを見計らって、香織さんが言う。

「みんなが帰ってくるまでもう少し時間が掛かりそうね、どうしましょう」
「先に優に部屋を見せよう。もしかしたら、なにか思い出すかもしれない」
「それでいい?ゆうくん」

 春さんの提案について、僕に許可を求めてくる。

「うん、部屋を見せて。もしかしたら、それを見てなにか思い出すかも」
「そうね! じゃあ、今から行ってみましょ」

 ダイニングルームを出て、三人で並んで階段を登る。そして二階へ上がった。廊下の一番奥へと進んでいく。普通の家の、扉の前に到着した。

「はい、部屋のカギ。病院にいる間は私が管理していたわ。どうぞ」

 香織さんから、お尻のポケットから出したカギを渡される。

「ありがとう」

 部屋のカギで扉を開けて、中を見る。

(ぐわっ、これ僕の部屋か)

 部屋の中を見た瞬間に思わず、心のなかで呻く。

 まず目についたのは、扉の正面にある二人掛けの白いソファー。ソファーの上には、ピンクと青の、丸いよくわからないキャラクターのぬいぐるみが二つ。

 ソファーの前に薄いピンクのローテーブルに、左側にはベット。掛け布団はこれまたピンクで、キャラクターのプリントされた毛布が上にかぶさっている。右側には、勉強机とタンスに本棚が並んでいる。

 これもピンクだ。床には絨毯が敷かれている。これもピンク。窓にはカーテンが掛けられてある。ピンクだ。あまりのピンク具合に目がチカチカしてきた。

「それじゃあ、下で待っているから部屋は自由に見ていてね。何かあったら、すぐに呼んで頂戴。じゃあ、行きましょハルちゃん」
「あぁ、わかった」

 香織さんは部屋の中には入らずにそう言って、春お姉ちゃんを伴って階下へと戻っていった。

「ふうっ。落ち着かない部屋だなぁ……」

 扉を閉めて、もう一度部屋を見回す。僕の中には全く記憶に無い部屋、意識的には他人の部屋に感じられた。言葉の通り、落ち着かない。とにかく、以前の自分を知るため部屋を探ることにした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...