女男の世界

キョウキョウ

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第1章 姉妹編

閑話03 佐藤春の場合

(あぁ。かったるい、かったるい)

 春は、引越しのアルバイトを選んだことを少し後悔していた。

 割が良くて、勉強ばかりで鈍った体に少しでも運動になるかと自分を納得させた。それに、大学春休みの短期バイトなのですぐに終わるだろう、とも考えていた。

 さっさと働いて、お金を受け取って、家に帰る。

(確か今日、優が家に帰ってくるんだっけ)

 春は、優に対して苦手意識を持っていた。傲慢でわがままで、女の言うことなんて一つも聞かないようになってから、言葉を交わすことも殆どなくなっていた。

 相手は男性で、しかも弟なのであまり強く当たれない。

 ただ、嫌いというわけではない。むしろ、姉妹の中で一番好きだと言えるぐらいに好意は持っていた。優の小さい頃に一番世話したのが春だった。やはり弟は可愛い。世界一かわいいと思っている。姉バカを自覚していた。

 ようやく仕事が終わって、駅から家まで歩いて10分。ぼーっと空を眺めながら、足を進める。

 家の前まで来たので、ジーパンのポケットからカギを取り出し玄関を開ける。

(とりあえず、部屋に戻って荷物を置くかな)

 靴を脱ぐ、階段へ向かい歩く。

「ハルちゃん待って、こっちこっち」

 その時、ダイニングルームの扉が開き中から母さんの声が聞こえた。声のした方へ向くと、母さんが手招きをしている。

(しかたない、先にこっちか)

 どうやら急ぎの用事らしい。部屋に荷物を置きに戻る前に、母さんの後ろに続いて、ダイニングルームに入る。

 そこに、今日帰ってくると聞いていた優が座って待っていた。

「帰っていたのかい、母さん。……それと、おかえり優」
「えっと、ただいま……です」

 優に対して、おかえりとあいさつする。だけど、少し様子が変だ。いつものように無視されるか“うざい”“うっさい”なんて言葉が飛んでくるかぐらいに思っていたが、その予想は外れた。

(え? 普通に返事を返してくれた。それに、なんだこの可愛い反応は!?)

「ハルちゃん」

 母さんが顔を寄せてきて、声を小さくして話してくる。内緒話。

「怖い顔になってるよ」

 優の意外な反応に、眉間にシワがよっていた。怖い顔になっていたようだ。母さんに指摘されて、顔を元に戻す。

「ん……。でも、優が普通に返事してくれたのが意外でな」

 こちらも、母さんに合わせて声のボリュームを落としてから、言葉を返す。

「あのね、返事してくれたのはこの前話した病気の影響だよ」
「確か記憶喪失だったか……しかし、人格まで変わるものなのか?」

 以前とは違う彼の返事、それに身に纏う雰囲気というようなものが違う。それらの違いに困惑しながら、疑問に思ったことを質問してみる。

「先生とお話したんだけれど、記憶喪失だけじゃなくて長い間眠った影響で混乱していて記憶違いがあるらしいのよ。ただ記憶が戻ったら、勘違いしている記憶なんかは元に戻るかもしれないって」
「ん……、とにかく記憶が戻るまであのままなのか」

 横目で隠しながら、優を見る。小さな手でコップをギュッと握り、きょろきょろと周りを見回している。小動物を彷彿とさせる動きだ。

(かわいい……)

「生活していくうちに、記憶が戻るかもしれないって。それで、姉妹の事もちょっと分からないらしくて説明していたの」
「わかった」

 席に戻る母親に続いて、優の左側の席に座る。優と並んで座ったのはいつ以来か。目線を送ってくる優に質問してみた。

「私の事は、分かるかい?」
「あのっ、えっと。……わからないです、ごめんなさい」

 可愛いと声が漏れそうになるのを必死で抑える。変に思われたら嫌だから。ここの印象で、今後の対応が変わるだろう。ならば、お姉さんぽく見て欲しい。そう考えて慎重に対応する。

「いや、良い。私は、春。季節の春と書いて、春だ」

 多少落胆しながら、ぶっきらぼうな物言いしかできない自分に呆れる。もう少し、印象良く出来ないのか。

「佐藤優です、よろしくお願いします。」

 自己紹介された。もちろん知っている。だけど、そんな考えは表に出さないように対応する。挨拶は大切だよね。

「あぁ、よろしく」

 何故か妙に可笑しく感じて、必死に笑いを押し殺して表情を取り繕って、返した。優が恥ずかしそうに顔を赤らめながら、母さんに話題を振る。もっと話したいのに。

「それで他の人は、今どうしてるの?」
「確か、サキちゃんはいつもの部活ね。サアヤちゃんと、アオイちゃんはどうしたのかしら?」
「葵は、卒業式の準備で学校に行っているはずだ。紗綾はわからない」

 朝、制服で出かける葵を見送ったのを思い出しながら話す。紗綾はいつもの様に、私が出かけるときにはいつの間にかいなくなっていた。

「春さんは、何をしていたんですか?」
「ん? 私はバイトから帰ってきたところだ。それと私も、母さんと話す時のように普通に話してくれ。それから”お姉ちゃん”と呼んでくれないかい?」

 母さんに対しては普通に話しているのに、私に対しては敬語で話すのに不満を抱いた。それならと、呼び方を変えて普通に話してくれるようお願いしてみた。

 今の、慎ましやかな優ならどんな事でも聞いてくれそうな、そんな父性を感じたからだ。

「わかりま……わかった、春お姉ちゃん」
「ぐうっ」

 春お姉ちゃんと呼ばれた時、幼い日の優がフラッシュバックした。小さく素直で、とっても可愛かった頃の優を。その呼び方、最高じゃないか!

「あの、やっぱり春さんって」
「いやッ! 良い! そのままで良い! お姉ちゃんと呼んでくれ」

 前の呼び方に戻されると、ずっとそのまま固定になりそう。私は急いで返事した。お姉ちゃん呼びが最高だったので、これからはそれで呼んで欲しいとお願いする。

「みんなが帰ってくるまでもう少し時間が掛かりそうね、どうしましょう」

 母さんが言う言葉に、落ち着き払って感じを装い返す。

「先に優に部屋を見せよう。もしかしたら、なにか思い出すかもしれない」
「それでいい?ゆうくん」

 記憶は戻って欲しい。けれど、今の優も最高だ。なら、このまま何も思い出さずに過ごしてくれれば……。

 いや、駄目だな。それは私のワガママ過ぎる。優が記憶を取り戻すことが一番大事だろう。

「うん、部屋を見せて下さい」

 ダイニングルームを出て、三人で並んで階段を登って、二階へ上がる。一番奥へと進む。
 
 優を部屋まで送った後、母さんの後に続いてダイニングルームに戻った。
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