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第15話 トラブル続々※イザベラ視点
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ついに、この日が来た。
私が主催を任された、記念すべき最初のパーティー。ヴァンデルディング公爵家の威光を背負い、社交界に私の実力を示す舞台。長い準備期間を経て、ようやく迎えた晴れの日。
会場となる大広間を見回す。準備は完璧に整っていた。
中央に鎮座する大きな噴水が、朝の光を受けてキラキラと輝いている。水が優雅に噴き上がり、まるで宝石のように美しいわ。光が水滴に反射して、虹色の輝きを放っている。これこそが、今回のパーティーの目玉。誰も見たことのない、斬新な演出。社交界に新風を吹き込む、革命的なアイデア。
思わず、うっとりと見惚れてしまう。
壁際には異国風の装飾が施され、華やかな雰囲気を醸し出している。金色の布地が天井から垂れ下がり、色とりどりの花々が大きな花瓶に活けられ、煌びやかな燭台が壁を飾っている。東方の国々をイメージした赤と金の組み合わせ、南方の島々を思わせる鮮やかな青と白のコントラスト。私がイメージしていた通り。
あのスタッフたち、準備の段階で散々文句を言っていたけれど、結局ちゃんとやってくれたじゃない。最初から素直に従っていれば、あんなに時間を無駄にすることもなかったのに。
お姉様が主催していたパーティーと比べて、明らかに私のほうが優れている。こんな大胆な演出は、姉には絶対にできなかった。保守的で、つまらなくて、変化を恐れていた。前例に縛られて、新しいことに挑戦する勇気がなかった。だけど、私は違う。新しい時代を作るのは、私。社交界の常識を塗り替えるのは、この私なのよ。
「これで、社交界の評価は完全に私のものになる」
自信に満ちた笑みが、自然と浮かんでくる。
衣装も完璧。今日のために特注した、純白のシルクドレス。王国で最高の仕立て屋に依頼した、世界に一つだけの傑作。噴水の青と共鳴して、私の美しさがより引き立つはず。計算され尽くした配色。胸元には公爵家から贈られた宝石をあしらい、髪には真珠の飾りを編み込んだ。時間をかけて完成させた、完璧なヘアスタイル。
控え室の大きな鏡の前に立って、もう一度自分の姿を確認する。化粧も完璧。白い肌に頬の紅、唇の艶やかな色、目元の輝き。全てが計算通り。どの角度から見ても美しい。どんな照明の下でも完璧に映える。
「イザベラ様、ロデリック様が到着なさいました」
扉をノックする音と共に、報告の声が聞こえた。
「すぐ行くわ」
最後にもう一度、鏡で自分の姿を確認する。完璧。本当に完璧。これ以上ないくらい、美しく輝いている。
急いで移動する。到着すると、ロデリック様が私の姿を見て、笑顔を浮かべてくれた。その瞳に、明らかな感嘆の色が浮かんでいる。
「とても、美しいよ、イザベラ」
その言葉に、顔が熱くなるのを感じた。嬉しい。本当に嬉しい。婚約相手となった彼に、こうして認められている。評価されている。愛されている。
「ありがとうございます、ロデリック様。今日は必ず、成功させて見せます」
私は自信を込めて宣言した。胸を張って、堂々と。この自信は、決して根拠のないものじゃない。私には才能がある。お姉様から奪い取った――いえ、正当に取り戻した評価を、今日この場で証明してみせる。
「ああ、期待しているよ」
ロデリック様は優しく微笑んだ。その笑顔が、私の自信をさらに高める。期待してくれている。彼の期待に応えるためにも、失敗は許されない。いいえ、そもそも失敗なんてありえない。私の計画は完璧なんだから。
「それでは、参りましょうか。そろそろ、参加者の方々がいらっしゃる時間ですわ」
私はロデリック様の腕を取って、会場へ移動する。彼の腕に手を添えると、その肌の感触が伝わってくる。公爵家の嫡男の腕。この腕が、私のものになったのよ。
会場の入り口で、続々と到着する貴族たちを出迎える予定だった。主催者として、完璧な第一印象を与えなければ。
「ようこそいらっしゃいました」
優雅に微笑みながら、一人ひとりに挨拶をする。見た目を整えて、笑顔を作れば、それで完璧な主催者の出来上がり。
「イザベラ様、お美しいですわ」
取り巻きの友人たちが到着した。一番の取り巻きである、ヴィオレット・ハミルトンが賞賛の言葉をかけてくれる。彼女の瞳には、明らかな羨望の色が浮かんでいる。私の美しさに、私の地位に、嫉妬しているのね。でも、それでいい。私が上で、彼女が下。それが正しい関係。
「ありがとう。あなたも素敵よ」
社交辞令を返しながら、内心では優越感に浸る。彼女のドレスも悪くはないけれど、やっぱり私には到底及ばない。私の純白のドレスの輝きには、決して敵わない。
「まあ、これは……」
会場に入った参加者たちが、中央の噴水に視線を向ける。その瞬間、会場全体の空気が変わったのを感じた。ざわめきが広がる。皆が立ち止まり、噴水を見つめている。
「こんな室内に噴水とは、珍しいですわね」
ある貴婦人が、扇子を広げながら囁いた。その声には、驚きが含まれている。
「斬新な演出ですこと」
噴水について、囁き合う声が聞こえてくる。参加者たちが驚いている。予想通り。私のアイデアに、皆が注目している。話題の中心になっている。これが、私の求めていたもの。注目される快感。評価される喜び。
「ふふ、やっぱり」
内心で笑みが広がる。この反応を待っていた。誰もやったことのないことをやり遂げる。それが、私の才能の証明。
「ん?」
視線を会場に戻すと、年配の貴族の何人かが、噴水を見て微妙な表情をしていた。侯爵家の当主らしい初老の紳士が、眉をひそめているように見える。だけど、すぐに表情を戻したから、きっと気のせい。驚きすぎて、一瞬戸惑っただけでしょう。
「イザベラ様、素晴らしい演出ですわ」
ヴィオレットが、少し大げさに興奮気味に言った。その声は、わざとらしいくらい明るい。
「でしょう? お姉様には絶対に思いつかない、革新的なアイデアよ」
自信たっぷりに答える。声を少し大きめにして、周りにも聞こえるように。これで、社交界での私の地位は確固たるものになる。『ヴァンデルディング公爵家のイザベラは、革新的なアイデアの持ち主』――そういう評判が、今日この場から広まっていく。
会場には、それなりの数の貴族たちが集まっている。若い貴族たちは噴水の周りに集まり、珍しそうに眺めている。年配の貴族たちは、少し離れた場所で談笑している。この空間は、私がアイデアを出して作り出したもの。私の作品。
パーティーが始まって、しばらく経った頃。スタッフが困った顔で私のところに駆け寄ってきた。慌てた様子で、額には汗が浮かんでいる。
「イザベラ様、大変申し訳ございません。料理の提供が遅れておりまして……」
「何ですって?」
私は眉をひそめた。せっかく良い雰囲気だったのに。いきなりトラブルを起こすなんて。誰が原因なのよ。私の完璧な計画に、水を差すつもり?
「異国料理の調理に手間取っており、予定よりも時間がかかってしまって……。料理人たちが慣れない調理法に苦戦しておりまして、それに食材の一部が予定と違うもので代用したため、味の調整に……」
「言い訳は良いから、早くしなさい! 参加者の方々を待たせないで!」
思わず声を荒げながら、指示してしまう。こんな簡単なことも、ちゃんとできないなんて。スタッフの質が低すぎる。
スタッフは申し訳なさそうに頭を下げて、急いで厨房へと戻っていった。
本当に、使えない人たちばかり。お姉様の時は、こんなトラブルなんてなかったはず。いえ、きっとトラブルは発生していたけど、私に見えないところで処理していただけでしょうね。今回は、私が指示して全てを見ているから、問題が目につくだけ。
ようやく料理が提供され始めた。
異国風の香辛料が効いた、色とりどりの料理。赤、黄色、緑、オレンジ――鮮やかな色彩が目を引く。東方の国の料理らしい、複雑な香りが漂ってくる。見た目は華やか。これなら、参加者も喜んでくれるはず。話題性も抜群。
「これは……何料理でございましょうか」
料理に手をつけた年配の貴婦人が、困惑した表情を浮かべた。料理を一口食べて、すぐに表情が固まる。
「見た目通り香辛料が、かなり強いですわね……」
別の貴族が、小声で囁く。咳き込みそうになるのを、必死で堪えているように見える。
「私の口には、少し合わないかもしれませんわ」
そっと、料理を皿に残す人の姿が見える。一口だけ食べて、あとは手をつけない。口元を拭って、水を飲む。
……え? どうして?
こんなに華やかで、異国情緒あふれる料理なのに。斬新で、目を引くのに。珍しくて、話題性があるのに。
でも、若い貴族たちは――そう、若い人たちは楽しそうに食べている。『珍しい味ですね』『面白いですわ』そんな声が聞こえてくる。ほら、やっぱり好評じゃない。年配の人たちは、ただ新しいものに慣れていないだけ。保守的なだけ。
「イザベラ様」
またスタッフが、さらに慌てた様子で近づいてきた。また顔色が悪い。何か、とんでもない問題でも起きたというの?
「何?」
苛立ちが声に出てしまう。次から次へと、どうしてこんなに問題ばかり持ってくるの。私を困らせるつもり? わざと?
「お、お客様から、料理についての苦情が……。香辛料が強すぎる、食材が新鮮でない、調理法が適切でないと……」
「料理を用意した者に謝罪させなさい! 私に報告する前に、さっさと対処して!」
私は小声で、厳しく言い放った。
本当に、どうしてこんなにトラブルばかり。私の指示は完璧だったはずなのに。「異国料理を提供しなさい」って言っただけなのに。それを実行するのが、そんなに難しいことなの? 全部、スタッフの対応が悪いせいだわ。準備不足。経験不足。努力不足。
問題は、これだけで終わらなかった。トラブルが続く。まるで呪われているかのように。
次に報告に来たスタッフは、顔面蒼白だった。
「イザベラ様……装飾の一部が落下してしまい、参加者の方がお怪我を……」
「何ですって!?」
思わず、声が大きくなった。周りの視線が、一斉に私に集まる。慌てて口を閉じる。どうして、そんなことに? 会場内で怪我人が出るなんて、最悪じゃないのよ。賠償を請求されるかも。いえ、確実に追求される。公爵家の名誉にも関わる。
「どうしてそんなことに!? 装飾の設置は、ちゃんと確認したんでしょうね!?」
「申し訳ございません……。設置は確認したのですが、想定以上の重量で、その確認が不十分だったようで……」
スタッフが深々と頭を下げる。
私は慌てて、怪我したという参加者のもとへ向かった。心臓がドキドキする。どうしよう、どうしよう。大事にならないように、うまく収めないと。
幸い、大きな怪我ではなかったけれど。額に小さな擦り傷ができていて、少し血が滲んでいる。スタッフが慌てて手当てをしている。でも、これは。
「大変申し訳ございませんでした」
丁寧に謝罪する。できる限り優雅に、できる限り誠実に見えるように。
でも、参加者の視線は冷たい。その目には、明らかな非難の色が浮かんでいる。周囲の貴族たちも、ひそひそと囁き合っている。扇子で口元を隠しながら、でもはっきりと聞こえるように。
「準備不足ではないかしら」
「安全管理が杜撰ですわね」
「やはり、経験不足なのでしょうか」
私のせいじゃないわよ。私は指示しただけ。実際に設置したのはスタッフなんだから。スタッフの確認不足が原因なのに。なんで私が、そんな目で見られなくちゃいけないの。私は悪くない。私は完璧な計画を立てた。準備する側が無能だっただけ。
不満はあるが、ここで出しても意味はない。顔に出さないように、必死で申し訳ないという表情でいる。でも、頬が引きつっているのを感じる。
取り巻きの友人たちも、困惑した表情を浮かべている。ヴィオレットは視線を逸らしている。他の友人たちも、なんだか私から距離を取ろうとしているように見える。さっきまでの賞賛の眼差しは、もうどこにもない。もう、最悪。どうして、こんなことに。
ようやく、音楽隊の演奏が始まった。
明るくて、賑やか。若い貴族たちは楽しそうに聞いている。リズムに合わせて体を揺らしていた。これで、少しは会場の雰囲気が変わってくれたら!
「これは……少し、品がないのではないかしら」
聞こえてきた声に、ハッとして視線を向ける。年配の貴族が、明らかに顔をしかめていた。あの方は、社交界で影響力のある婦人。その表情は、不快感を隠していない。これは、マズイ。
「パーティーの雰囲気に、合っていませんわね」
別の貴婦人も、不快そうな表情を隠さない。さらに影響力のある方も。
「まるで、酒場の音楽のようですわ」
そんな。酒場だなんて。これは流行の曲なのに。若い人たちに人気の、最新の音楽なのに。
私は動揺を隠して、笑顔を保とうとした。顔の筋肉が、こわばっているのを感じる。あの人達だけに合わなかっただけだから、大丈夫。若い人たちは楽しんでいる。いえ、楽しんでいるように見える。それでいいじゃない。時代は変わっていくのよ。古い価値観に縛られる必要なんて、ないんだから。年配の人たちの意見なんて、もう時代遅れなんだから。
そう自分に言い聞かせた、その時。
ゴボゴボゴボ――
突然、会場内に異様な音が響いた。
「なんの音? って、え!?」
聞こえてきたのは会場の中央。噴水の方から。そこに視線を向けると――
水量が、急激に増えている。噴き上がる水の勢いが、さっきの倍以上になっている。何が起こっているの。どうして、こんなことに。
「どうして……!?」
配管から、異常な量の水が噴き出している。制御が効いていない。水が天井近くまで噴き上がり、周囲に飛び散る。
「きゃあああああ!」
参加者の悲鳴が響き渡る。会場中に、恐怖の叫び声が広がった。
私が主催を任された、記念すべき最初のパーティー。ヴァンデルディング公爵家の威光を背負い、社交界に私の実力を示す舞台。長い準備期間を経て、ようやく迎えた晴れの日。
会場となる大広間を見回す。準備は完璧に整っていた。
中央に鎮座する大きな噴水が、朝の光を受けてキラキラと輝いている。水が優雅に噴き上がり、まるで宝石のように美しいわ。光が水滴に反射して、虹色の輝きを放っている。これこそが、今回のパーティーの目玉。誰も見たことのない、斬新な演出。社交界に新風を吹き込む、革命的なアイデア。
思わず、うっとりと見惚れてしまう。
壁際には異国風の装飾が施され、華やかな雰囲気を醸し出している。金色の布地が天井から垂れ下がり、色とりどりの花々が大きな花瓶に活けられ、煌びやかな燭台が壁を飾っている。東方の国々をイメージした赤と金の組み合わせ、南方の島々を思わせる鮮やかな青と白のコントラスト。私がイメージしていた通り。
あのスタッフたち、準備の段階で散々文句を言っていたけれど、結局ちゃんとやってくれたじゃない。最初から素直に従っていれば、あんなに時間を無駄にすることもなかったのに。
お姉様が主催していたパーティーと比べて、明らかに私のほうが優れている。こんな大胆な演出は、姉には絶対にできなかった。保守的で、つまらなくて、変化を恐れていた。前例に縛られて、新しいことに挑戦する勇気がなかった。だけど、私は違う。新しい時代を作るのは、私。社交界の常識を塗り替えるのは、この私なのよ。
「これで、社交界の評価は完全に私のものになる」
自信に満ちた笑みが、自然と浮かんでくる。
衣装も完璧。今日のために特注した、純白のシルクドレス。王国で最高の仕立て屋に依頼した、世界に一つだけの傑作。噴水の青と共鳴して、私の美しさがより引き立つはず。計算され尽くした配色。胸元には公爵家から贈られた宝石をあしらい、髪には真珠の飾りを編み込んだ。時間をかけて完成させた、完璧なヘアスタイル。
控え室の大きな鏡の前に立って、もう一度自分の姿を確認する。化粧も完璧。白い肌に頬の紅、唇の艶やかな色、目元の輝き。全てが計算通り。どの角度から見ても美しい。どんな照明の下でも完璧に映える。
「イザベラ様、ロデリック様が到着なさいました」
扉をノックする音と共に、報告の声が聞こえた。
「すぐ行くわ」
最後にもう一度、鏡で自分の姿を確認する。完璧。本当に完璧。これ以上ないくらい、美しく輝いている。
急いで移動する。到着すると、ロデリック様が私の姿を見て、笑顔を浮かべてくれた。その瞳に、明らかな感嘆の色が浮かんでいる。
「とても、美しいよ、イザベラ」
その言葉に、顔が熱くなるのを感じた。嬉しい。本当に嬉しい。婚約相手となった彼に、こうして認められている。評価されている。愛されている。
「ありがとうございます、ロデリック様。今日は必ず、成功させて見せます」
私は自信を込めて宣言した。胸を張って、堂々と。この自信は、決して根拠のないものじゃない。私には才能がある。お姉様から奪い取った――いえ、正当に取り戻した評価を、今日この場で証明してみせる。
「ああ、期待しているよ」
ロデリック様は優しく微笑んだ。その笑顔が、私の自信をさらに高める。期待してくれている。彼の期待に応えるためにも、失敗は許されない。いいえ、そもそも失敗なんてありえない。私の計画は完璧なんだから。
「それでは、参りましょうか。そろそろ、参加者の方々がいらっしゃる時間ですわ」
私はロデリック様の腕を取って、会場へ移動する。彼の腕に手を添えると、その肌の感触が伝わってくる。公爵家の嫡男の腕。この腕が、私のものになったのよ。
会場の入り口で、続々と到着する貴族たちを出迎える予定だった。主催者として、完璧な第一印象を与えなければ。
「ようこそいらっしゃいました」
優雅に微笑みながら、一人ひとりに挨拶をする。見た目を整えて、笑顔を作れば、それで完璧な主催者の出来上がり。
「イザベラ様、お美しいですわ」
取り巻きの友人たちが到着した。一番の取り巻きである、ヴィオレット・ハミルトンが賞賛の言葉をかけてくれる。彼女の瞳には、明らかな羨望の色が浮かんでいる。私の美しさに、私の地位に、嫉妬しているのね。でも、それでいい。私が上で、彼女が下。それが正しい関係。
「ありがとう。あなたも素敵よ」
社交辞令を返しながら、内心では優越感に浸る。彼女のドレスも悪くはないけれど、やっぱり私には到底及ばない。私の純白のドレスの輝きには、決して敵わない。
「まあ、これは……」
会場に入った参加者たちが、中央の噴水に視線を向ける。その瞬間、会場全体の空気が変わったのを感じた。ざわめきが広がる。皆が立ち止まり、噴水を見つめている。
「こんな室内に噴水とは、珍しいですわね」
ある貴婦人が、扇子を広げながら囁いた。その声には、驚きが含まれている。
「斬新な演出ですこと」
噴水について、囁き合う声が聞こえてくる。参加者たちが驚いている。予想通り。私のアイデアに、皆が注目している。話題の中心になっている。これが、私の求めていたもの。注目される快感。評価される喜び。
「ふふ、やっぱり」
内心で笑みが広がる。この反応を待っていた。誰もやったことのないことをやり遂げる。それが、私の才能の証明。
「ん?」
視線を会場に戻すと、年配の貴族の何人かが、噴水を見て微妙な表情をしていた。侯爵家の当主らしい初老の紳士が、眉をひそめているように見える。だけど、すぐに表情を戻したから、きっと気のせい。驚きすぎて、一瞬戸惑っただけでしょう。
「イザベラ様、素晴らしい演出ですわ」
ヴィオレットが、少し大げさに興奮気味に言った。その声は、わざとらしいくらい明るい。
「でしょう? お姉様には絶対に思いつかない、革新的なアイデアよ」
自信たっぷりに答える。声を少し大きめにして、周りにも聞こえるように。これで、社交界での私の地位は確固たるものになる。『ヴァンデルディング公爵家のイザベラは、革新的なアイデアの持ち主』――そういう評判が、今日この場から広まっていく。
会場には、それなりの数の貴族たちが集まっている。若い貴族たちは噴水の周りに集まり、珍しそうに眺めている。年配の貴族たちは、少し離れた場所で談笑している。この空間は、私がアイデアを出して作り出したもの。私の作品。
パーティーが始まって、しばらく経った頃。スタッフが困った顔で私のところに駆け寄ってきた。慌てた様子で、額には汗が浮かんでいる。
「イザベラ様、大変申し訳ございません。料理の提供が遅れておりまして……」
「何ですって?」
私は眉をひそめた。せっかく良い雰囲気だったのに。いきなりトラブルを起こすなんて。誰が原因なのよ。私の完璧な計画に、水を差すつもり?
「異国料理の調理に手間取っており、予定よりも時間がかかってしまって……。料理人たちが慣れない調理法に苦戦しておりまして、それに食材の一部が予定と違うもので代用したため、味の調整に……」
「言い訳は良いから、早くしなさい! 参加者の方々を待たせないで!」
思わず声を荒げながら、指示してしまう。こんな簡単なことも、ちゃんとできないなんて。スタッフの質が低すぎる。
スタッフは申し訳なさそうに頭を下げて、急いで厨房へと戻っていった。
本当に、使えない人たちばかり。お姉様の時は、こんなトラブルなんてなかったはず。いえ、きっとトラブルは発生していたけど、私に見えないところで処理していただけでしょうね。今回は、私が指示して全てを見ているから、問題が目につくだけ。
ようやく料理が提供され始めた。
異国風の香辛料が効いた、色とりどりの料理。赤、黄色、緑、オレンジ――鮮やかな色彩が目を引く。東方の国の料理らしい、複雑な香りが漂ってくる。見た目は華やか。これなら、参加者も喜んでくれるはず。話題性も抜群。
「これは……何料理でございましょうか」
料理に手をつけた年配の貴婦人が、困惑した表情を浮かべた。料理を一口食べて、すぐに表情が固まる。
「見た目通り香辛料が、かなり強いですわね……」
別の貴族が、小声で囁く。咳き込みそうになるのを、必死で堪えているように見える。
「私の口には、少し合わないかもしれませんわ」
そっと、料理を皿に残す人の姿が見える。一口だけ食べて、あとは手をつけない。口元を拭って、水を飲む。
……え? どうして?
こんなに華やかで、異国情緒あふれる料理なのに。斬新で、目を引くのに。珍しくて、話題性があるのに。
でも、若い貴族たちは――そう、若い人たちは楽しそうに食べている。『珍しい味ですね』『面白いですわ』そんな声が聞こえてくる。ほら、やっぱり好評じゃない。年配の人たちは、ただ新しいものに慣れていないだけ。保守的なだけ。
「イザベラ様」
またスタッフが、さらに慌てた様子で近づいてきた。また顔色が悪い。何か、とんでもない問題でも起きたというの?
「何?」
苛立ちが声に出てしまう。次から次へと、どうしてこんなに問題ばかり持ってくるの。私を困らせるつもり? わざと?
「お、お客様から、料理についての苦情が……。香辛料が強すぎる、食材が新鮮でない、調理法が適切でないと……」
「料理を用意した者に謝罪させなさい! 私に報告する前に、さっさと対処して!」
私は小声で、厳しく言い放った。
本当に、どうしてこんなにトラブルばかり。私の指示は完璧だったはずなのに。「異国料理を提供しなさい」って言っただけなのに。それを実行するのが、そんなに難しいことなの? 全部、スタッフの対応が悪いせいだわ。準備不足。経験不足。努力不足。
問題は、これだけで終わらなかった。トラブルが続く。まるで呪われているかのように。
次に報告に来たスタッフは、顔面蒼白だった。
「イザベラ様……装飾の一部が落下してしまい、参加者の方がお怪我を……」
「何ですって!?」
思わず、声が大きくなった。周りの視線が、一斉に私に集まる。慌てて口を閉じる。どうして、そんなことに? 会場内で怪我人が出るなんて、最悪じゃないのよ。賠償を請求されるかも。いえ、確実に追求される。公爵家の名誉にも関わる。
「どうしてそんなことに!? 装飾の設置は、ちゃんと確認したんでしょうね!?」
「申し訳ございません……。設置は確認したのですが、想定以上の重量で、その確認が不十分だったようで……」
スタッフが深々と頭を下げる。
私は慌てて、怪我したという参加者のもとへ向かった。心臓がドキドキする。どうしよう、どうしよう。大事にならないように、うまく収めないと。
幸い、大きな怪我ではなかったけれど。額に小さな擦り傷ができていて、少し血が滲んでいる。スタッフが慌てて手当てをしている。でも、これは。
「大変申し訳ございませんでした」
丁寧に謝罪する。できる限り優雅に、できる限り誠実に見えるように。
でも、参加者の視線は冷たい。その目には、明らかな非難の色が浮かんでいる。周囲の貴族たちも、ひそひそと囁き合っている。扇子で口元を隠しながら、でもはっきりと聞こえるように。
「準備不足ではないかしら」
「安全管理が杜撰ですわね」
「やはり、経験不足なのでしょうか」
私のせいじゃないわよ。私は指示しただけ。実際に設置したのはスタッフなんだから。スタッフの確認不足が原因なのに。なんで私が、そんな目で見られなくちゃいけないの。私は悪くない。私は完璧な計画を立てた。準備する側が無能だっただけ。
不満はあるが、ここで出しても意味はない。顔に出さないように、必死で申し訳ないという表情でいる。でも、頬が引きつっているのを感じる。
取り巻きの友人たちも、困惑した表情を浮かべている。ヴィオレットは視線を逸らしている。他の友人たちも、なんだか私から距離を取ろうとしているように見える。さっきまでの賞賛の眼差しは、もうどこにもない。もう、最悪。どうして、こんなことに。
ようやく、音楽隊の演奏が始まった。
明るくて、賑やか。若い貴族たちは楽しそうに聞いている。リズムに合わせて体を揺らしていた。これで、少しは会場の雰囲気が変わってくれたら!
「これは……少し、品がないのではないかしら」
聞こえてきた声に、ハッとして視線を向ける。年配の貴族が、明らかに顔をしかめていた。あの方は、社交界で影響力のある婦人。その表情は、不快感を隠していない。これは、マズイ。
「パーティーの雰囲気に、合っていませんわね」
別の貴婦人も、不快そうな表情を隠さない。さらに影響力のある方も。
「まるで、酒場の音楽のようですわ」
そんな。酒場だなんて。これは流行の曲なのに。若い人たちに人気の、最新の音楽なのに。
私は動揺を隠して、笑顔を保とうとした。顔の筋肉が、こわばっているのを感じる。あの人達だけに合わなかっただけだから、大丈夫。若い人たちは楽しんでいる。いえ、楽しんでいるように見える。それでいいじゃない。時代は変わっていくのよ。古い価値観に縛られる必要なんて、ないんだから。年配の人たちの意見なんて、もう時代遅れなんだから。
そう自分に言い聞かせた、その時。
ゴボゴボゴボ――
突然、会場内に異様な音が響いた。
「なんの音? って、え!?」
聞こえてきたのは会場の中央。噴水の方から。そこに視線を向けると――
水量が、急激に増えている。噴き上がる水の勢いが、さっきの倍以上になっている。何が起こっているの。どうして、こんなことに。
「どうして……!?」
配管から、異常な量の水が噴き出している。制御が効いていない。水が天井近くまで噴き上がり、周囲に飛び散る。
「きゃあああああ!」
参加者の悲鳴が響き渡る。会場中に、恐怖の叫び声が広がった。
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「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
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